ぱろ☆さん、厩○事じゃないんですから

「やっと気づいたみたいね。そう、マスターがいないのよ」

「いや、わかったけど……何で? 寝坊ってわけじゃないよね、まさか病気?」

「――ポニ」


 わけがわからずにいると、ポニーさんが紙切れを渡してきた。どうやら走り書きのメモらしい。


「ええっと、なになに――」


***


特に連絡もせずすみません。冊子レクチャーノート

製本に関する件と、来週の幼稚園での

キッズショーの打合せで留守にします。

ノートの記帳は、くれぐれも忘れずに。

コンテストの演技指導はお休みします

ので、各自で練習してください。


※出来たらブログ更新もお願いします

※記事はストックから適当に選んでね


オルラム・サトルティ*の研究

ムトベパーム*の実践的活用について

ラショーモン・プリンシプル*とは?

イモーショナル・リアクション*

スライディーニ*の「紙玉コメディ*」


~マスター~


***


――いや、わかったけど。事情はわかったけど。


「あまりにも急すぎる!」

「うっかりしてたんでしょ。マスターも歳だから」

「そこはせめて忙しいからって言ってあげなよ、ぱろ☆さん」


 実際、マスターはかなり多忙な人だと思う、普段は全然そんな素振りはみせないけど。マジシャンとしての営業以外にも、このメモにあるようなマジックの教本制作やレクチャーで頻繁に出張してるし、ボクらのようなコンテストを目指す若手の指導もやっていたりする。実のところお店の方は半分道楽みたいなものらしく、だからあまりお客が来なくても気にしないのだとか。

 

 そんなことを考えていると亜希也が、


「そういや、ぱろ☆さんも非番だったんだろ。何でここに?」


と、コイツにしては至極まっとうな疑問を口にした。


「実は出張のことは、ちょっと前にマスターから聞いてたの。でもシフトは変わらず組んであるし、店休日のお報せもないから、アレ? って思って。で、気になって今朝スペアキーでお店を開けてみたら、そのメモを見つけたわけ」

「なーる。けどわざわざ紙のメモ? 電話でよくね?」

「マスターもアナクロな人だから。未だにスマホじゃないし、お店のブログだって、アタシがいうまではやってなかったわけだし」

「つーかよ、休業でいいじゃんか。何でおいら達だけで店回さなくちゃなんねーのよ、ハイ決まり決まり。今日はお休みデース」


やっぱ亜希也はバカだった。発注の関係で毎日届くことになってる食材とかどうすんだよ。店の食材腐らせてやったぜ、じゃないんだよ。バイト○ロも真っ青だよ。ただでさえ最近は物価が高くてみんな困ってるってのに。


 いちいちそんなことでボクが怒ってやるまでもなく、


「何言ってるのアキヤくん!」


と、ぱろ☆さんが先に眉を吊り上げた。


「急に休みになんかできるわけないじゃない。マスターはいつだって休業のときは大分前から告知してるでしょ。それなのに、ブロク見て来てくれたお客さんが休業の札を見たらどう思う? こういうちょっとしたことから、お店の信用に傷がついちゃうかもしれないでしょ?」


ああなんだろう。ボクは即物的な理由しか思いつかなかったけど、ぱろ☆さんはもっと、人に対する思いやりとか、そういう大きな視点から亜希也を叱ってる……ぱろ☆さん、何だかボク、自分が恥ずかしくなってきたよ。


「お、おぅ……悪かったよ、ぱろ☆さん。なんつーか、その、ぱろ☆さんがそこまで店のこと愛してるとは知らなかったぜ」

「当たり前でしょ。このお店が潰れちゃったら、暇しててもお給料貰える仕事がなくなっちゃうじゃない」


 ぱろ☆さん――何かキミ、期待を裏切らないよね。どんな期待かは口が裂けても言わないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る