ProofLeader
垂直双極子
物語改変鎮圧部
0.
世界は犠牲で成り立っている。
物語改変鎮圧部の任務は物語に現れた怪物を制圧し、物語の改変を鎮圧すること。化け物が世界に解き放たれるという失敗は彼らに許されていない。
「
ライヒの眼前には半壊した洋館が立っていた。壁や天井は崩れ落ち、部屋の中が顕になっている。
「ミステリー小説。連続殺人が起こるってやつだ」
スナイパーを担いだ女性──ホーワが答えた。
「もうここで二人が死んでるから、私たちを派遣する事になったらしい」
緊急派遣か。緊急派遣手当が出るから悪くない。その上、高難易度派遣手当も出るだろうから数日の食費は浮くだろう。
「詳細は?」
「エンド級が一匹。人型。自然治癒持ち。武器は斧。あらゆる攻撃に距離という概念が存在しないとのこと」
「は?」
攻撃がどこまででも届くということだろうか。それならば無茶苦茶な話である。
「狙撃ポイントを探してくるから、それまでに慣れておけ」
「俺は咬ませ犬かよ」
ライヒの嘆きも虚しく、ホーワは「状況開始」と宣言して洋館と反対の森の中に向かった。仕方なくライヒは洋館に足を踏み入れ、覚悟を決める。
それを視認した洋館の殺人鬼は斧を持ち上げ、真っ直ぐ振り下ろした。ただ虚空を裂いたはずのその攻撃は、壁や床を真っ二つに叩き切った。
◇
あらゆる攻撃に距離という概念が存在しない。
この文言で考えられる中で二番目に最悪な特性だった。殺人鬼が斧を振る。間合に入っていないのに攻撃が飛んでくる。
避けなければ切られるので、理不尽としか言いようがない。
息も上がってきたし、姉さんの弾薬もおそらく尽きかけている。
『ライヒ、五発だ。あと五発でけりをつける』
ライヒは無線から流れてきたホーワの声に「
『3、2、1で始める』
殺人鬼が斧を振り上げたので、ライヒは刀を構えた。おおよそ六歩分の距離。間合いには入っていない。しかし、その斧が振り下げられた瞬間、洋館の壁が抉れ、天井が落ちた。
『──3』
有体な表現で言えば斬撃であるそれを間一髪で避け、ライヒは距離を詰める。距離を詰めてしまえば斬撃も意味をなさない。ライヒの一振りを、殺人鬼は斧の柄で受け止める。
『──2』
斬撃の優位性を排除したなら勝てるか、その問いはもちろん否。今ですら力任せに刀を弾き返されそうなほどに身体能力に差がある。ホーワの支援射撃があってようやく五分といったところだ。
しかし、五発毎のリロードで支援射撃が途切れれば防戦一方の状態になる。この化け物がそのことを理解できるほどの知性を持っていることも、厄介としか言いようがない。
『──1』
「化け物が」とライヒは呟き、ホーワの初弾までどうにか耐えようと力を込める。
ドスッと音が鳴ってからコンマ数秒遅れて「パアァン」と銃声が鳴り響いた。足を狙ったが避けられたようだ。本当に避けたのか、勘がいいだけなのか分からない。
ライヒは力を受け流しながら足を払うが、殺人鬼は地面に手をつき、回し蹴りをしながら二発目の銃弾を避けた。ライヒは予備動作の大きいそれを難なく避ける。
三発目は体を支えていた腕をかすめた。しかし、そんなことを気にもせず殺人鬼は逆立ちの状態から斧の刃をライヒの顔に叩きつけようとする。髪の毛の端が散ったと思うと、ライヒの後ろの壁が抉れ、崩れ落ちた。
四発目の銃声。弾丸は着地地点をしっかりと捉た。右足から血飛沫が上がる。殺人鬼が体勢を崩し、しゃがみ込んだところに刀の切先を叩き込むが、受け止められた。
そんな無理な体勢から、殺人鬼は後ろに飛ぶ。頭が合った場所に五発目の銃弾が通り過ぎ、銃声が聞こえた。「これすら避けるのかよ」と小さく呟きながら、ライヒは地面を蹴って殺人鬼の心臓に狙いを定める。
最後のチャンスだ。外しはしない。
刃先が胸に届く瞬間、ライヒは無意識に体を引いた。殺人鬼は刀に斧を引っ掛けて力任せに薙ぎ、斬撃がライヒの眼前スレスレを通り過ぎる。刀が鋭い音を立てて地面を転がった。
「はは。なんだよそれ」
普通の人間ならば、そんな動きができるはずがない。殺人鬼は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
床に寝そべりながら殺人鬼は斧を持ち上げ──それが振り下ろされることはなかった。
血飛沫が舞い、殺人鬼の頭が爆ぜた。
「お前に知性がなかったら、俺はきっと負けてたよ」
六発目の銃声が、森の洋館に鳴り響く。
『よし弟子、帰るぞ』
「姉さん」
『ん?』
「ナイスショット」
昔から物語は生活の一部だった。
任務として物語の中に入り、化け物を倒し、金目のものや食料を持って帰ってくる。数年前に任務として物語改変鎮圧部で暮らすようになってからはそれが当たり前の日常だ。
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