第16話

男は、二人が歩いて行くのを密かに尾行していた。

喫茶店「サフラン」の前を何気なく通りかかったとき、あの怪しい二人組が店から出てくるのを目にしたのだ。

どこで見掛けたのかは思い出せなかったが、この二人の顔には確かに見覚えがあり、すぐにショッカー戦闘員であると確信した。

それからすぐに、この戦闘員達の企みを突き止めるために後を付け始めたのだ。

男は、日々、世界の平和を守るため、悪の組織と戦っていた。

近頃は、組織の勢力が日に日に拡大し、世界全体がじわりと闇に覆われつつあるのを感じていた。

この男は、数か月前にこの小さな町へと移り住んできたばかりだった。

だが、そんな町にもすでに“怪人カエル男”の影が潜んでいることを突き止め、その住処をようやく見つけ出したところだった。

カエル男がどのような侵略を企んでいるのかはまだ分からない。

しかし、一般人の女性が一人、喫茶店で働かされているようだった。

あの「サフラン」という店は、ショッカーの秘密アジトの一つなのかもしれない。

そう考えれば、先ほど店から出てきた二人の男は、やはりショッカーの戦闘員に違いない。

戦闘員達は歩きながら、何かを話していたが、男は距離を取っていたため内容までは聞き取れなかった。

地球侵略の計画を練っているのだろうか――そう思うと、歯がゆさがこみ上げる。

それでも、今のところ彼らが悪事を働く様子はない。

男は焦る気持ちを抑え、ただ静かに尾行を続けた。

戦闘員たちは、「サフラン」から10分ほど歩いたところで立ち止まり、短い言葉を交わしたあと、二手に分かれた。

男はどちらを追うか一瞬迷ったが、見たところ少し弱そうな方を選び、距離を保ちながら尾行を続けた。

弱そうな戦闘員は、分かれた場所からさらに5分ほど歩き、「サンハウス」と書かれた二階建てアパートの階段を上がっていった。そして、二階の一室――表札のないドアを開け、中に入っていった。

男は、ドアが見える位置の電柱の陰に素早く身を隠した。

そこからじっとその部屋を監視を続ける。

突入すべきか?

男は迷っていた。

先ほどは敵が2人だったため、正面からの交戦を避けたのだ。

いくら下っ端の戦闘員といえども、今の自分の力では苦戦は免れない。

だが、今なら一人かもしれない――。

一人であれば、負けるはずがない。

数分間、心の中で激しい葛藤を繰り返した末に、男はついに決意した。

――突入する。

その瞬間だった。

弱そうな戦闘員が、再びドアを開けて出てきてしまった。

男は反射的に電柱の陰へと身を引き、息を殺した。

戦闘員は、どういうわけか服装を変えて出てきた。

色の濃い細身のブルージーンズに、黒のTシャツ、黒いスニーカー。

その姿は、先ほどよりも幾分かショッカー戦闘員らしく見えた。

これから“任務”に向かうのだろうか?

戦闘員はアパートの階段を降りると、先ほどと同じ道を引き返し、再び商店街の方へと歩いていった。

男は距離を保ちつつ、足音を殺して後をつけた。

戦闘員が商店街に入り、まず向かったのは、スポーツ用品店「ムトウ」だった。

店は前面がガラス張りの店舗となっており、男は近くの電柱の陰から店内の様子を探ることにした。

戦闘員は、店に入るなり店員に何かを尋ねているようだった。

しかし、店員はすぐに申し訳なさそうに首を横に振る。

戦闘員の方も、何かを諦めたように小さく頭を下げると、店の奥へと進んでいった。

それで出てくると思いきや、その後は、店内を一回りし、色々なスポーツ用具を見始め、時折商品を手に取りじっくりと品定めする場面もあった。

結局、「ムトウ」には30分程滞在して何も購入せずに店を後にした。

それから戦闘員は、商店街のちょうど中心にある「シマシマ」というおもちゃ屋に向かった。

「シマシマ」は、この商店街で唯一のおもちゃ屋だ。

周囲の小さな店舗群に比べると、やや大きな店構えで、白とピンクの縞模様の外壁が通りの中で浮いて見えた。

入口の上には、少し色あせたサンタクロースの人形がぶら下がっている。

店の1階部分はガラス張りになっているが、ガラス面のほとんどはキャラクター玩具や新作ゲームのポスターで覆われており、内部の様子はほとんど伺えない。

通りを行き交う人々がごく普通におもちゃ屋を素通りしていく中、男だけが電柱の陰でじっと機をうかがっていた。

戦闘員が店の中へ姿を消すと、男は一度深呼吸をして、わずかに遅れてその後を追った。

男が店に入ると、入り口のすぐ近くにレジがあり、温和そうな中年女性の店員が「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎えてくれた。

男は軽く会釈を返しながら、すぐに戦闘員の姿を探した。だが、入口から見える範囲にはその姿はなかった。

「シマシマ」店内に入るのは初めてだったが、外から見える以上に奥行きがあり、無数のカラフルなおもちゃが大人の背丈を超える棚に整然と並んでいた。

この店の広さと高い棚があれば、敵に気づかれずに尾行できる。

男は息を潜め、ゆっくりと通路を移動しながら戦闘員の姿を探した。

何組かの親子連れとすれ違いながら店の奥へ進み、ついに反対側の棚の前で、戦闘員の後ろ姿を発見した。

男は、一つ手前の棚の隙間からそっと様子をうかがった。

戦闘員は、ある商品のパッケージを手に取り、真剣な眼差しで説明書きを読み込んでいる。

男には、その手に取っているおもちゃが地球侵略にどう繋がるのか今一よく分からなかった。しかし、あの真剣さから判断するとショッカーにとって余程重要なものなのだろう。

だが、戦闘員はしばらくすると、あっさりその商品を棚に戻し、隣の商品に取りかかった。

その後も、戦闘員は黙々と玩具を手に取り、パッケージを見ては戻す行為を延々と繰り返した。

そうして約4時間。

店の端から端まで調査を終えた戦闘員は、結局、何一つ購入せずに出口へ向かった。

男はこの戦闘員の不可思議な行動に困惑しながらも、再び尾行を開始した。

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