第6話

向かいに座っている銭形は、そこまで話すと、うつむいたまましばらくじっとしていた。その姿は、体の中を通り抜ける痛みを、静かに堪えているようにも見えた。

川島は、何と声を掛ければいいのか分からず、沈黙の中に身を潜めていた。

銭形の話によれば、彼はインターポールの銭形警部で、永遠の好敵手だったルパン三世を失ったらしい。しかも、それはインターポール内部の誰かによるものだという。つまり、アニメの登場人物が自分の目の前に座っていて、アニメのような事件が現実に起きているというのだ。常識的に考えれば、そんなことはあり得ない。だが、銭形の言動からは、それが冗談や演技であるようには到底思えなかった。

もしかすると、何らかのショックで精神的に不安定になってしまった人なのかもしれない──。

川島はそんなことを考えていた。

しばらくして、銭形がようやく口を開いた。

「誰もが皆、生まれながらにして正義の心を持っているなら、どうして世の中に悪党がいるんだろうな」

小さくつぶやくと、うつむいたまま、ふーっと息を吐き、鼻をすすった。

「銭形さん……?」

「俺は、ルパンと通じてインターポールの極秘情報を流していた──そんな濡れ衣を着せられて、首になった」

銭形は顔を上げずに言葉を続けた。

「だが、もうインターポールなんてどうでもいいんだ。正義の心を踏みにじるような組織に、未練なんかあるものか」

その声には、怒りとも悲しみともつかない震えがあった。

やがて銭形は、ゆっくりと顔を上げた。その顔は、先ほどよりも青白く見えた。

川島は、銭形の悲痛な姿を見つめるうちに、この人を少しでも助けてあげたいという気持ちになっていた。

しかし、どうすればこの苦しみを和らげられるのか、答えは見つからない。『ルパンや銭形警部なんて、アニメの中の話ですよ』──そう言えばいいのだろうか。だが、今できることは、話の内容を否定することではない。この銭形という男の語ることを、最後まで受け止めることだ。

そうすれば、ルパンやインターポールという言葉が、彼にとって何を意味しているのかが、きっと見えてくるはずだ。

「あの……銭形さん。いくつか質問をさせてもらってもいいですか?」

「ん?ああ、構わん。ただし、質問に答えたら、こっちからも一つ質問をさせてもらうぞ。」

「え、ああ……いいですよ」

「じゃあ、まず僕の方から。そのインターポールの本部というのは、どこにあるんですか? この近辺ですか?」

「いや、この町じゃない。俺はインターポールを首になったあと、自分の身を守るためにここへ移ってきた」

「では、そのインターポール本部はどこにあるんですか?」

川島は、答えがすぐに返ってくるものと思っていた。

しかし銭形は、眉間にしわを寄せ、少しのあいだ黙り込んだ。

「それが……思い出せんのだ」

「えっ? 思い出せない?どういうことですか?本部がある都市の名前を忘れたってことですか?」

「うーん……そうではなくてな。日本のどこかにあることは確かなんだが、それがどこだったのか、まるで霧の中のように思い出せんのだ……。次元、お前、覚えていないか?」

「えっ、だって今の話の中でインターポールのことも色々と言っていたじゃないですか?そこで、その…、ルパンが殺されるのを見たんでしょう?」

川島は、思わぬ肩透かしを食らい、身を乗り出すようにして問い返した。

先程の話では、インターポール本部でのルパンとのやり取りを、あれだけ詳しく話しておいて──その場所は分からないというのか……。

銭形は、きっと不幸な出来事にあった可哀そうな人なのだろう。だが、自分が真剣に取り合っても仕方がないのかもしれない…。

「うーん、俺にも分からんのだ。本部の建物内部のことは鮮明に思い出せるんだが、その本部がどこにあったのかだけが、どうしても思い出せなくなってしまった。」

「銭形さん、本当にインターポールなんてあるんでしょうか?」

「もちろんだ!」

銭形は、川島の少し小馬鹿にしたような言い方が気に障ったらしく、低い声で言い返した。

「俺はインターポールの捜査官として、ルパンを追って世界中を駆け回っていたんだ!」

「じゃあ、なんで本部の場所が思い出せないんですか?普通そんなこと、あり得ないでしょう」

「それはだな……。たぶん、インターポールを退職すると、本部の位置が分からなくなるように仕掛けられているんだ」

「仕掛け?それって、どんな仕掛けですか?」

川島は、どうにか銭形の話を受け止めようとしていた自分が急に馬鹿らしくなり、胸の奥に苛立ちが込み上げてきた。

「そもそもインターポールの本部って、日本にあるんですか? 確か……外国、フランスとかじゃないんですか?」

「いや、表向きはフランスにあることになっているが、本当は日本にあるんだ。それは間違いない」

銭形はそう言いながら、確信に満ちた顔で何度もうなずいた。

「だから頼む、次元。インターポール本部の場所を一緒に探してくれ。そして――ルパンの仇を取るんだ!」

「あなたが思い出せないものを、僕にどうやって手伝えというんですか?」

銭形は、その問いが聞こえなかったかのように、唐突に話題を切り替えた。

「それじゃ、次は俺が質問をする番だ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る