第五話 敵か?味方か?謎の転校生現る
よく晴れた朝。澄んだ空気が満ちる、ここは市立
明らかに異質な雰囲気をまとった彼は、その大きな身体と長く伸びた手足に、寸分たがわぬよう仕立てられた、真新しい制服を着込んでいた。それは疑いようもなく、妥当曲中学校の正規の制服であるが、なぜかそこらを行く他の男子生徒とは懸け離れたものに見える。まるでカタログモデルが写真から飛び出してきたかのように、違う世界の匂いを感じさせた。
切れ長な目の奥の、冴え冴えとした眼光、スッと真っ直ぐ通った鼻筋、固く結んだ口元は、彼の怜悧な性格をそのまま表しているようだ。そんな美しい顔を、長めの前髪が斜めに覆って、どこかミステリアスな風も醸し出していた。
「あれ、見かけない顔よね?」
「誰かしら?」
「ちょっと素敵じゃない?」
その時、美月は背後に馴染みのある気配を感じた。しかしもう何をするにも遅すぎた。濃紺の制服のスカートが下から無造作に跳ね上げられる。
「おっと、今日は緑色かあ」いかにも頭の悪そうな声が響く。先ほどの男子生徒の余韻を一瞬で吹き飛ばす、最低の声だった。
美月は心の中で(ミントグリーンよっ!)と反論しながら、そのまま追い抜いて走っていく少年に向かって罵声を飛ばした。
今日も元気に登校する
謎の男子生徒はそんな武に特段反応は示さない。だが、その視線だけは、武の背中を刺すように追っていた。
教室でも女子生徒たちが謎の男子学生についてあれこれ噂話をしていた。そのすべてが好意的なもので、クラスの他の男子生徒にとって面白いものではなかったが、武にはまったく関係なかった。武は早くもその日の給食のメニューについて考えていた。今日はデザートにプリンが付くはずだ、と。その記憶力の一部でも勉強に流用できたら、と両親がこの時の武の頭の中を覗いたら嘆いたかもしれない。
担任教師が入ってくると、教室の喧騒がおさまった。彼は入り口を開けたまま、教卓まで歩いていき、全体を見渡す。この時点で察した女子数人が、アッと、声には出さず口を丸くした。担任は入り口の方へ目配せする。すると、朝のあの男子生徒がすました顔でやってきた。
教室は女子生徒の黄色い歓声に包まれた。もう担任教師の存在など意に介さず、近くの席同士でペチャクチャとおしゃべりしている。担任はそれをしばらくは呆れた顔で見ていたが、タイミングを見て日誌で教卓を叩くことで落ち着かせた。
「あ~、今日からクラスの仲間が一名増えることになった」そう言って、その男子生徒を見やる。「おい、黒板に名前を書いて、簡単な自己紹介をしてくれ」
男子生徒は「はい」と小さいが、よく響く声で返事をして、チョークを手に取った。黒板によく指導された形跡のある、正確な形の文字が縦に並ぶ。
篠原 零
そう書き上げて、クラスメイトに向き直ると、表情は崩さずに話し始めた。
「
たったそれだけの、淡々とした自己紹介だった。にもかかわらず盛大な拍手が巻き起こった。主に女子生徒から。
美月もいっしょに拍手をしながら、転校生をまじまじと見つめていた。美月にはどうにも引っかかるものがあった。なんの根拠もない。ただの直感である。けれどもその篠原零からは、どこかただ者ではないオーラのようなものが、たしかに感じられるのだ。それが通学路ですれ違った時と同じように、美月の視線を惹きつけた。
そして、武はその美月の様子に気付いていた。なにか面白くない感情がふつふつとわき上がってくる。
その時初めて、武はこの転校生を ”敵“ と認識したのだった。
それから武は事あるごとに零へ突っかかっていった。と言っても通常の座学の授業では武にはなすすべがなく、嫌味な当て擦りをするのがせいぜいだった。それを口にする度に、もともとそれほど高くもなかった女子からの好感度が下がっていった。
零は実際、このクラスの誰よりも優秀だった。自分から積極的に授業に参加するというわけではないが、教師の質問に完璧な回答を寄越した。転校生の実力でも見てやろうかと、少々難解な問題を出されても、ものともしなかった。午前中の授業が終わるころには、女子だけでなく、男子からも一目置かれるようになっていた。
こうなると武にはなおさら面白くなかったが、まだ勝算があった。五時間目の授業はグラウンドでサッカーなのだ。武は近頃、その増進された無尽蔵の体力で、クラスで一番のサッカープレイヤーになっていた。本職のサッカー部員ですら舌を巻いた。どうせあんなのガリ勉野郎だ、徹底マークして恥をかかせてやる――武はそう決めた。
武は大急ぎで給食を平らげると、勢いよく教室を飛び出していった。念には念を入れて、昼休みのうちからウォーミングアップをしておこうという魂胆だった。
美月はそんな武の様子を不思議に思いながら眺めていた。基本的には誰にでもフレンドリーな武が、あのような態度を取るなんて、幼い頃からずっとそばにいる美月にも初めての光景だった。武も自分と同じように、零から何かしら怪しいニオイを嗅ぎ取っているのかもしれない、と考えた。まさか自分がずっと零を観察していたことに、武が嫉妬しているだなんて、つゆほども思わなかった。
ところで肝心の零はというと、彼も給食を手早く片付けると、昼休みに話しかけようと待ち構えていたクラスメイトをうまくかわして、どこかへ消えてしまった。やはり少し不審な点があると美月は思った。今後も注意していようと決意するのだった。
そして、やってきた体育の授業なのだが、武はサッカーでも手も足も出なかった。持ち前の体力で徹底マークこそできるが、圧倒的な技術力の差でどうにも太刀打ちができなかった。零にボールが渡ると、ぺったり張り付いた武を華麗にドリブルでかわし、正確なシュートをゴールに叩き込んでいく。その様は、まるで幼稚園児を相手にするプロサッカー選手のようで、武が反則まがいに手を伸ばしても、触れさせてすら、もらえなかった。ついに体育の授業のキングだった武が、グラウンドに突っ伏した。武の自尊心はもうズタズタだった。
それから毎日、武は無謀な挑戦を続けていった。体育以外でも、音楽、美術、技術、家庭科と、どれも武は得意というわけではなかったが、なんとか光明を見出そうと挑んでいった。そして無様に轟沈していったのだった。それで素直に負けを認めて、相手を称賛でもすればよかったのかもしれないが、情けない負け惜しみのセリフなど口にするものだから、学級内での武株はストップ安の状況だった。
そんなある日の昼休み、武はこの日も午前中惨敗し、給食をヤケ食いしたあと自分の席でふて寝していた。もう気分はとことんまで落ちきっていた。そこに――腕時計からブザーが鳴り響いた。
武はパッと身を起こし、美月の方を見る。美月も武を見ている。ふたり目を合わせ、頷きあって教室を飛び出した。
武にとっては待ちに待った出動だった。地球の平和を守ること、もはやこれだけが武の存在意義、プライドの要だった。街を破壊する宇宙人へ、すべての鬱憤をぶつけてやろうと思っていた。
「ギッタンギッタンにしてやるぜ!」
「今回も新手の宇宙人兵器じゃ。見たところロボットタイプじゃな」研究所に着くと、待ち受けていた博士がすぐに説明を始める。巨大モニターには見たことのないロボットが映り、手当たり次第にビルを蹴飛ばしていた。
「敵は一機だけですが、どうしますか?」美月が尋ねる。
「一機とはいえ未知の相手じゃ。レスナーB、ロンダーR、二機で当たるぞ」博士が指示を出す。「まずはロンダーRが出撃、その場で待機してレスナーBの到着を待つんじゃ」
「えーっ、俺ひとりで大丈夫だと思うけどなあ」武がボヤく。
博士はそんな武を無視して、美月に念を押す。
「けっして一機だけで先走ってはイカンぞ。武くんはお前がしっかり抑えるんじゃ」
「わかりました」そう言うと美月は格納庫へ駆けていく。その後ろを武がついていった。
ハンガーの警告灯が回転しながら赤い光で格納庫を染め、警報が高らかに響き渡った。作業員たちの退去を促す機械音声が流れる。ロンダーRの周りに渡されていたメンテナンスデッキが旋回し、前方の通路をあける。ロンダーRは台座ごとレールをスライドし、壁際の発進カタパルトへ向かう。
「ロンダーR、相原美月、出ますっ!」
声に合わせるように、カタパルトは高速で射出された。
その時、市内で一番大きな駅前のロータリー広場で警報のサイレンが唸りをあげた。同時に中央の噴水付近への接近を禁じる機械音声が延々繰り返される。普段は人通りの絶えないこの場所も宇宙人ロボットの襲撃を受けて、閑散としている。多くの人々が駅舎内から通じる地下街に退避していた。それでも一部、この状況でも秩序を維持する警官や、駅員たちがこの放送を聞いていた。彼らは、いったい何が起こるのかと、遠巻きに噴水を眺めていた。
すると噴水が地面ごと持ち上げられていく。下からは鉄の柱のようなものが四本、それを支えていた。かなりの高さまで上がった時、目の前で閃光がはじける。光の束が膨れ上がり、あたりへ拡散していく。それに遅れて耳を引き裂くような金属音と、重い衝撃が襲ってきた。人々は手で耳をふさぎながら、そちらへ目を向ける。そこには、優美にそびえ立つ巨大な女性のシルエット、ロンダーRが現れた。
博士の指示に従って、その場でレスナーBを待つロンダーR。まもなくレスナーBも閃光と轟音の中、その巨大な姿を現した。
「出てくるところ初めて間近で見たけど、なんかムダに派手じゃない?」美月が武に通信する。
「そうか?俺見たことないからわかんねえや」
「光とか音とか、もっとなんとかなるでしょ」
娘のいらぬ発言を遮るように、博士からの通信が両機に入る。
「そろったようじゃの。敵は現在、そこから六百メートルほど北西へ進んだ場所で暴れておる。すぐに向かうんじゃ」
敵の宇宙人ロボットは見るからに今までとは違う雰囲気をまとっていた。全体は深い灰色で統一されている。どこかが目立って大きかったり、威圧的に尖っていたりなどということもなく、無駄なものを極力削ぎ落としたかのような、均整の取れた、シャープな形状をしていた。ただ一点、丸い頭部に人類と似た表情の意匠があるのだが、その口から左頬へ向けて、真っ直ぐ一本の傷痕のようなものがつけられている。 ”スカーフェイス“ それが宇宙人にとってどのような意味を持つのかはわからなかったが、その傷が、このロボットがいままで襲ってきたものとは違うという印象を与えた。
しかし、その印象はこれまでの、まあ武は無理だろうが、美月ならば感知できたであろうというものである。今回のふたりは完全に慢心していた。武は宇宙人の兵器群あいてに連戦連勝であるし、この出撃を学校での屈辱の気晴らしくらいに考えていた。美月にしても、ロンダーRの戦績は散々なものであるのに、武のレスナーBと待ち合わせての行動ということで、気が緩んでしまっていた。それは出撃後のムダな会話からも察せられよう。
レスナーB、ロンダーRが敵宇宙人ロボットの正面に無警戒に並んで立ったその時、大きなしっぺ返しを食らうことになる。
敵宇宙人ロボットはレスナーBの一歩前に立ったロンダーRに猛然と襲いかかったのである。完全に虚を突かれた美月はとりあえず組みつこうとロンダーRの頭を下げた。そこへ鋭い飛び膝。鈍い音とともに崩れ落ちるロンダーR。その美しい頭部は無残にも完全に破壊されてしまっていた。
「なっ⋯⋯ !? 」突然の出来事に言葉が出ない武。
その間に宇宙人ロボットは十分な距離を取り、レスナーBを迎え撃つ準備をしている。闘い慣れた手練の動きだった。
「やろう、よくもロンダーRをっ!」
レスナーBは気を取り直すと、いつものように宇宙人ロボットへ突進していった。瞬時に間合いを詰めて相手の片足を取りにいく。だが、敵宇宙人ロボットはレスナーBが低く飛び込んだその瞬間、腹ばいになって動きを封じた。レスナーBの頭部が地面に押さえつけられる。
ここからの攻め手はないと判断した武は、舌打ちしながらレスナーBを力まかせに敵の体の下から抜け出させる。再び距離を取った両者。レスナーBはまたも愚直に突っ込んでいった。今度は両足を狙って組みつきにいく。しかし宇宙人ロボットは、そのあからさまなレスナーBの動きをやすやすと先読みし、上から圧力を加えてレスナーBの頭部を再び地面に押しつけた。
「なんというテイクダウンディフェンスじゃ !? これでは容易には攻められんぞ」モニターの前で頭を抱えた博士が嘆き声をあげる。
その後、何度仕掛けても同じだった。レスナーBの行動はすべて事前に潰されて、地面に這いつくばらされた。もはや手の打ちようがなく、とうとうレスナーBは一歩も前に出られなくなってしまった。睨み合う二体のロボット。そしてついに、宇宙人ロボットが前に出る。
左右のパンチを丁寧に突きながら、レスナーBの左脚へ強烈な蹴りを叩き込む。金属が軋む鈍い音があたりにこだました。それから何度も何度も蹴りを食らい、ついには膝をつくレスナーB。倒されるのは時間の問題だった。絶体絶命 !? レスナーBがやられてしまっては、誰が平和を守るというのだ?
闘いを見守るすべてのものが絶望しそうになったその時――宇宙人ロボットの背後に新たな影。
気配を察して振り返る宇宙人ロボット。その視線の先には見慣れぬ巨大ロボットが一体、静かにたたずんでいた。
全体的に細身のシルエット。しかし肩幅が広く、腕が長い。頭部は人間の顔の意匠に、目の部分は、おそらくメインカメラを保護するためであろう、ゴーグルのようなシールドに覆われている。ベースのカラーはパールホワイトで、腰回りは深いグリーン。機体の各所に細かくオレンジの差し色が散りばめられていた。そして最も目につくのは胸に大きく描かれた王冠をかぶったゴリラと、その下、腹部の虎のペイントである。
武も美月も、この意外な乱入者の動向を固唾をのんで見守っていた。宇宙人ロボットの反応を見るに、敵の仲間ということはなさそうだが、現在のレスナーB、ロンダーRの機体状況でこの正体不明機の登場は、不安を感じずにはいられなかった。
遠い間合いで対峙する宇宙人ロボットと謎のロボ。右構えと左構え。ジリジリとした睨み合いが続いたが、先に動いたのは謎のロボだった。素早いステップで飛び込むと左右の拳を真っ直ぐ飛ばす。宇宙人ロボットはそれをかわしてパンチを返すが、すでにその場所に敵の姿はない。謎のロボは前後に小刻みなステップを踏みながら、宇宙人ロボットの膝関節を狙って蹴りを放つ。これをかわして踏み込む宇宙人ロボット。だがその時、後ろに下がりながら、謎のロボが左のパンチで相手の頭部を撃ち抜いた。
前のめりに崩れ落ちる宇宙人ロボット。ピクリとも動かない。ただその一撃で、すべての機能が停止してしまったようだった。
呆然と見つめていた武の目には、そのほんの数秒の攻防が、スローモーションのように映っていた。言葉はなにも思い浮かばず、ただその光景が頭の中で何度もリピートされた。
「お前たちのような闘い方では、この先通用しないぞ」
謎のロボの外部スピーカーから声が響く。機械で加工された無機質な音声だったが、その言葉が武と美月の胸に深く突き刺さった。
沈みゆく夕日へ向かって去っていく謎のロボ。膝をついたレスナーBとうつ伏せに倒れているロンダーRのそばで、両機のパイロットはその背中を無言で見送っていた。
なんか変な子どもとおじさんと犬も今回ばかりは言葉がない。ただ静かに、その様子を見守っていた。変なおじさんの目はうっすらと潤んでいるように見えた。
ありがとう、謎のロボ。君のおかげでこの町の平和は守られた。しかし一体何者なのか?敵か、味方か、謎は謎のまま、次回へ続くのだった。
闘え!レスナーB、負けるな!ロンダーR、この星の平和のために。
第五話 完
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