第三話 投げ技勝負!?レスナーB vs ロンダーR

 目覚まし時計のけたたましい最初の”ジ“が鳴った瞬間、長い手が伸びてきてスイッチを切った。いつになく爽快な目覚め。轟武とどろきたけるはまだかなり時間に余裕のあることを確認したものの、もう横たわっていることができず、勢いよく跳ね起きた。そのまま部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。台所で朝餉の支度をしていた母親は、何事かとギョッとしたが、目をらんらんと輝かせてそこに立つ我が子を見て、すべてを了解した。

「すぐにごはん用意するから、先に顔を洗ってきなさい」

 朝食をたらふく詰め込んだ武は、手早く学校へ行く準備を整え、「いってきまーす」と声を掛けると、家から飛び出していった。ここ最近の妙にくたびれていた武を心配していた両親は、今朝の武の様子に喜んだが、一方でこいつまたなにかやらかすのでは?という嫌な予感が脳裏をかすめていった。


 轟武復活ッッ、轟武復活ッッ、轟武復活ッッ!頭の中で歓喜の雄叫びがこだまする。これまで過酷な訓練で溜まりに溜まっていた毒が、すべて裏返ったかのような、まるで生まれ変わったような気分だった。武の成長期の肉体が、ついに今の環境に適応したのだろう。漲るエネルギーが自然と足を動かして、特に必要もないのに駆け出さずにはいられなかった。

 市立妥当曲だとうきょく中学校の通学路を行く子どもたちは、疾走していく武を見て、自分たちが時間を間違えてしまっていると勘違いした。もしかして遅刻寸前なのでは?ちょっとマズイのでは?と。先を行く武に急かされるように、彼らもまた、慌てて駆け出していく。ここだけ時間が早送りにされたような、そのおかしな気配を察した周囲の住人たちは、皆手近な時計に目を向けた。

 自分がそんな事態を引き起こしているとはつゆ知らず、武は走っていく。そんな武の例の獲物が、いつもよりずっと手前で視界に入ってきた。武はそのまま勢いを殺さず一気に距離を縮めると、抜き去り際にスカートをめくり上げる。己がそれを目にすることも出来ない、そんな行為に一体どんな意味があるのかは分からないが、どうしてもやらずにおれない衝動が彼をそうさせるのだ。ちなみにその日公開されたのは目にもまぶしい純白だった。

「武、ほんともう、許さないんだから!」いつもより怒りを帯びたその声。やるならせめてあんたが見なさいよ、と思ったのかどうなのか、プチッとキレた相原美月あいはらみづきはすでにずいぶん先へ行ってしまった武を追いかけて走り出す。

 いつもの通り校門に立って登校してくる生徒たちを待ち受けていた生活指導教師の前を、猛スピードで通過していく武。そしてそれを追うように美月も駆けてくる。そんな中でもしっかりと「おはようございます」と挨拶し、軽く会釈をしていく美月はさすがである。唖然として見送る教師だったが、その後、他の生徒たちも次々と校門を駆け抜けていった。すぐに腕時計を確認するが、まだまだ時間には余裕がある。一体全体何が起こっているのかと、教師は首をひねるのだった。


 授業中も武の目は冴えていて、午前中居眠りすることはなかった。しかしそれでおとなしく授業を聞いているはずもなく、周囲にあれこれちょっかいを出したり、意味もなくおかしな質問をして笑いを取ろうとしてきたり、実に面倒くさい状態であった。これなら寝ていてくれたほうがずっとマシだ、と教師たちは思ったが、彼らの職業倫理がそれを口にすることを留めていた。

 武のエネルギーの爆発が最も現れたのは三時間目の体育の授業だった。その日はサッカーで、武はボールのあるところどこにでも顔を出した。ポジションや戦術などお構いなしで、フィールドの端から端まで、休むことなく走り続けてチームの勝利に貢献した。

 ただその元気も昼休みまでで、その日欠席の生徒の分まで腹いっぱい給食を食べ、校庭で級友と走り回ると、五時間目には電池が切れたかのように穏やかな眠りに入った。六時間目もそのまま変わらず、一日の授業が終了したのだった。


 放課後は美月といっしょに相原総合ロボット研究所へ向かう。その途中二人の間にある諍いが勃発していた。

「ロンダーRもいいけどさ、闘いは俺に任せておとなしくしといたほうがいいんじゃないの?」武は何気なくこう口にした。

「そんなわけにはいかないわよ。敵がこれからも一体だけで現れるとは限らないでしょう?」

「そんなのぜんぶ俺がぶっ飛ばしてやるさ」今日一日絶好調だった武は本気でそう思っていた。もはや自分とレスナーBに倒せない敵などいるはずがないと、高を括っている。そしていらぬ一言。「それにさあ、ロンダーRってなんか頼りねえんだよなあ。この前もボロボロだったしさ」

「この前は最終調整前に無理やり出撃しなくちゃならなかったからでしょ!」さすがに美月もカチンと来て強く抗議する。「もう完璧に仕上がったから、次敵が来たらバンバン投げ飛ばしてみせるわよ」

「投げ飛ばすねえ⋯⋯」武は疑いの眼差しを向ける。

「投げ飛ばすわ。この前だって最初はうまくぶん投げられたんだから。完調のロンダーRの前に立っていられる敵はいないわよ」美月は武に煽られてつい大きなことを言ってしまう。

「まあ投げ技だったら俺のレスナーBだって得意だけどな」と武は挑発するようにこう言った。

「なによ、投げってのは力任せでやるもんじゃないのよ。レスナーBはすごいけど、乗ってるのが武じゃどうせたいしたことないわ」もう美月も止まらない。

「なにおう、そんなに言うなら見せてやろうじゃねえか。研究所に着いたら勝負だっ!」


 毎日武が厳しく鍛え上げられている研究所のワークアウトルーム。そこにはスパーリングの出来るスペースも設けられている。緩衝素材のマットが敷き詰められており、美月もそこでよく稽古していた。

 研究所に着いて、真っ直ぐそこへやってきた二人は、道着を着用して向かい合っていた。

「俺はこんなもの着たことないけどな。まあちょっとしたハンデだ」武は大口を叩く。

「その調子がいつまで保つかしら?」と自信ありげな美月。

「へん、吠え面かかせてやる!」武はそう言うと腰を落とした。

 美月はそんな武には付き合わず、丁寧で美しい所作で、まずは一礼。それを見て武も慌てて直立し、無作法な礼を返す。二人の視線が交差し、アイコンタクトで試合が開始された。

 無造作に手を前に出し突っ込んでくる武。美月はその武の両腕の袖をつかみ、引き込む。そこで武の腹を蹴り、相手の勢いをそのまま殺さず後方へと投げ飛ばした。あの闘いでも披露した、得意の巴投げである。

 華麗に宙を舞った武は、勢いよく背中から落ちた。一瞬呼吸が止まる苦しさと、簡単に投げられてしまった恥ずかしさで、顔が赤くなるのが自分で分かる。しかし間髪入れずに起き上がると、またも真っ直ぐに美月に向かっていく。

 大柄な武はそのまま愚直に手を伸ばし、奥襟を取りにいくが、美月には簡単に捌かれる。美月は武の左袖をつかんで内へ絞り、同時に右袖もつかんで、再び両袖の組手になった。武の動きが一瞬止まる。その瞬間に美月は右手で相手の袖を高く掲げ、引きつけながら前方へ素早く踏み込む。武の身体が前のめりになったその時、腰を低く沈ませて、左足で踏み出した勢いで一気に左回転。釣り上げられた武の身体は、人形のように宙に舞う。見事な袖釣込腰であった。

 それからも武は何度も無謀なトライを続けたが、その度にマットに強く叩きつけられた。もはや先ほどまでの大言は消え失せて、荒い呼吸音だけが響いていた。美月も最初は気持ちよく投げ飛ばしていたが、どれだけ投げられても向かってくる武の気持ちの強さに、内心舌を巻いていた。武の闘志は少しも衰えを知らない。マットに這いつくばる度に真剣さが増していき、ギラリと目を光らせて立ち上がる。このまま延々と続けていけば、先に体力が尽きるのは自分ではないかと戦慄した。

 ――そんな時である。スピーカーからブザー音。敵の宇宙人が攻めてきたのだ!


 急いでパイロットスーツに着替えた二人は博士のもとへ向かう。博士はいつも通り巨大モニターの前で所員たちに指示を飛ばしていた。その前に並んで立った二人に頷きを返す。

「今回の敵は最初にやってきたのと似たタイプの宇宙怪獣が一体じゃ」博士はモニターに映るそれに目を向けながら言った。

「一体なら余裕だぜ。レスナーBだけで十分だよ」武はそううそぶき、格納庫へ急ごうとする。

「いや、待て。見た目は似ているが、なにがあるか分からん。二体とも出撃じゃ」博士は武を引き止めて言った。続けて指示を出す。「敵の現在地がちょうど二ヶ所の射出ポイントの中間じゃから、それぞれ分かれて挟み撃ちにするんじゃ」

「了解しました」と姿勢を正し、格納庫へ向かう美月。武はチェッと下唇を突き出すが、特に抗弁することもなく美月の後ろをついていった。


 ハンガーの警告灯が回転しながら赤い光を放ち、ブザー音がけたたましく鳴り響く。作業員たちの退去を促す機械音声が流れる。レスナーBとロンダーRの周りに渡されていたメンテナンスデッキが旋回し、前方の通路をあける。両機の台座はそのままレールを移動して、壁際の発進カタパルトへ向かう。

「レスナーB、轟武、発進します!」

「ロンダーR、相原美月、出ますっ!」

 声に合わせるように、カタパルトは高速で射出された。

 その時、市内で一番大きな神社に設置された駐車場にサイレンが響き渡る。緑に囲まれ、街の喧騒からは隔絶された神域の静謐は、無機質なその音に引き裂かれた。駐車場内から速やかに立ち去るようにとの機械音声が繰り返し流れる。その場にいたごく少数の人々は、何事かと不安に思いながらも、慌てて鳥居をくぐって境内へと避難した。

 そんな人々が見守る中、駐車場中央の広く取られたスペースに鉄の柱のようなものが突き出てくる。あれは何かと皆が注目した瞬間、迸る閃光。白い光の束が天を貫く。それから少し遅れて金属が軋むような、耳を刺す轟音がやってきた。と同時に、人々の細めた目に映る荒振る巨大な影、鋼鉄巨人レスナーBがそこに立っていた。


「博士、到着しました」武は通信を送る。

「よおし、レスナーBはそこから真っ直ぐ西へ向かうんじゃ」博士の指示。「それで移動中の宇宙怪獣をちょうどロンダーRと挟み込むように捕捉できるはずじゃ」

「了解!」武は返答するとすぐに西へと進路を取る。操縦席のモニターで足元の状況を確認しながら、慎重に歩みを進めていった。


 その頃美月のロンダーRも敵捕捉予定ポイント目指して東進していた。美月も足元には十分気を使っていたが、身が軽い分レスナーBよりもスムーズに進んでいた。

「この分だと先に現場に到着するのは私ね」画面に表示されているレーダーを確認しながら独りごちる。博士は挟み撃つと指示したが、美月はレスナーBに合わせて速度を調節しようとは思っていなかった。彼女の身体には武との勝負の熱がまだ残っていたのだ。自分が先に到着して、さっさと敵を倒してしまったら⋯⋯。悔しがる武の顔が目に浮かぶ。きっと自分とロンダーRのことも見直すだろうと考えて、口元がわずかに綻んだ。


 敵の宇宙怪獣は一番最初に現れた個体と似ていたが、細部が微妙に異なっていた。まず体色は黒に近い茶色で、短い二本の足と太い尻尾でバランスをとって立っている。手は全体と比べればやはり小さく見えるが、以前の個体よりは機能しているようで、破壊したビルの残骸を持って投げつけたりしていた。前回最も特徴的だった頭部の大きな牙は控えめになり、その向きも前へ突き出すのではなく、上から下へと伸びていた。前の個体は突進して刺す形状だったが、今度は掴んでから噛み付くためのものなのかもしれない。

 掴もうとしてくるのなら、自分にはむしろ好都合だ、と美月は考えた。どうせ知能は大したことないだろうから、組み手争いでは絶対勝てる。優位な組み手を作ってすぐに投げ飛ばしてしまえばいい。先ほどの武との試合と似たようなものだ。

「おい、美月や、慎重にいくんじゃぞ。レスナーBと合流する時間を稼ぐ気で当たるんじゃ」博士は心配そうに助言する。

「今回はロンダーRの状態も完璧です。行けますっ!」美月は博士の言葉を突っぱねる。力強く足を踏み出し、一切躊躇わずに相手に接近していく。レーダーの光点ふたつがみるみる近づいて、ついに重なり合った。

「反抗期かのぅ⋯⋯」博士は通信機が拾わないような小さな声で、力なくボヤいた。


 美月が目論んだ通り、宇宙怪獣は特に抵抗を試みることもなく、あっさり接近を許し、優位な形で組み付くことができた。あとはぶん投げて上を取ってタコ殴りにするだけだ。道具着用の武との勝負とは違い、使える技は限られるものの、問題はないだろう。やりようはいくらでもあるのだ。武同様、無警戒な相手の右脇にロンダーRの左腕を差し込んで、もう一方の手を敵の左腕に伸ばす。宇宙怪獣の重心を崩し、相手の股の間で左脚を跳ね上げる。これでどんな奴でも宙を舞う――はずだった。宇宙怪獣の身体は大地に根が生えたようにびくともしない。美月は思い違いをしていた。こんな形状の物体の重心が、いつも想定していた人間相手と同じなわけがないのだ。

 自分の技が通用しない――一瞬不安がよぎったが、ロンダーRは隙を見せず、すぐさま敵と向かい合う形に戻した。ならば、と細かい足技で相手を動かす作戦に切り替える。宇宙怪獣の短い足に、ロンダーRのスラッとした足を飛ばしていく。刈る、掛ける、払う、もうがむしゃらに足を出すが、すべて通用しない。宇宙怪獣のあの尻尾が、三本目の足となって攻撃を無効化するのだった。

 この間、敵はまるでロンダーRを見定めるかのように手を出してこなかったが、ついに美月の技が尽きたその瞬間、長い首を伸ばして、ロンダーRの肩周りに鋭い牙を突き立てた。爪の生えた手はロンダーRの両腕を掴んで動きを制している。

 絶体絶命!ロンダーRの操縦席では警告音がけたたましく鳴り響く。モニターの各部機能チェックが真っ赤に染まっていく。このままではいずれ操縦席まで牙が貫いてくるだろう。通信機からは博士の悲鳴のような声が聞こえてくる。もうダメだと思った――その時だった。

 ついに姿を現したレスナーB。地響きをあげながら駆けてくる。またも危ういところでの登場だった。

「もう、遅かったじゃない」美月もさすがに今度は憎まれ口を叩いた。

「わりいわりい、なんかやけに道が歩きにくくってさ」武が言い訳する。レスナーBの通ってきた道は、避難のために乗り捨てられた自動車など、障害物が多かったのだ。武はなるべくそれらに触れないよう、慎重にここまで歩いてきた。何台かはやむを得ず踏みつぶしてしまったが、その請求がどこへ行くのかは武には関心のないことだった。

 「それにしても」武は状況を確認して言った。「ずいぶん苦戦しているみたいだな」

 宇宙怪獣は現れたレスナーBに対処するために、ロンダーRを無造作に投げ捨てた。衝撃にうっと息を漏らす美月。通信機が伝えてきたその声が武の怒りに火をつけた。

「やろう、絶対に許さねえからな」宇宙怪獣と対峙しながらレスナーBはジリジリと距離を詰めていく。

 レスナーBは打撃が届く距離まで近づくと、一気に加速した。身を低くして相手の懐に飛び込む。ロンダーRの時と同じく、ここでの相手の抵抗はなかった。がっぷり四つに組み、タイミングを計る。敵がじれて牙を突き立てようと首を伸ばした瞬間だった。素早く動き出したレスナーBは牙が到達する前に敵の背後を奪取する。

「やっぱスーパーロボットはパワーが肝心なんだよ」と叫びながら、力任せに宇宙怪獣の身体を持ち上げ、そのまま真っすぐ後ろへ、脳天から叩きつけた!

 大地が爆ぜ、粉塵が舞い上がる。見る者すべてが息を呑んだ。

「おお、なんと豪快なぶっこ抜きのスープレックスじゃ!」たまらず博士は巨大モニターの前で歓声を上げた。所員もどよめく。

 大きなダメージを食らってうつ伏せになる宇宙怪獣の背中に、すぐさま馬乗りになるレスナーB。敵頭部の横側を左右のフックで殴り続ける。もはやどうすることもできない宇宙怪獣の全身から力が抜けていった。

 

 ほとんど沈みかけた暗い夕日の残滓を浴びて、立ち上がるレスナーB。武はすぐに降機し、すでに下にいた美月のもとへ駆け寄っていく。

「な?レスナーBも投げ技得意だって言ったろ?」武は鼻をこすりながら自慢気に話す。

「ふん、あんなの力任せじゃない」美月は武の態度にムッときて、ついこんなことを言ってしまう。

 ああだこうだと言い合う二人を、影から見守るなんか変な子どもとおじさんと犬。

「喧嘩するほど仲が良いと言いますからねえ」と変なおじさんはひとり頷きながら、隣の変な子どもに話しかける。

「あ~あ、妬けるよなあ」と変な子ども。

 変な犬は吠えもせず、その様子を静かに見守っていた。

 今日も街の平和は守られた。壊れた車はきっと行政がなんとかしてくれる。


 闘え!ロンダーR。闘え!鋼鉄巨人レスナーB。我らの暮らしを守るために。


 第三話 完


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