マフラー、半分こ。

神田 双月

マフラー、半分こ。

 放課後の帰り道。

 空気は冷たくて、息を吐くと白くなる。

 冬が本気を出してきたな、と僕――**成瀬悠(なるせ・ゆう)**は思った。


 手袋もしていない指先がかじかんで、ポケットの中で丸まる。

 そんな僕の横で、**藤咲紗月(ふじさき・さつき)**が鼻を赤くして言った。


 「さむっ……! ねぇ成瀬、マフラー貸してよ」


 「は? 自分のつけてるじゃん」


 「これ飾り用。あったかくない」


 「飾り用のマフラーってなんだよ」


 「可愛さ優先に決まってるでしょ」


 そう言って、紗月は僕の首元をじーっと見てくる。

 あ、やばい。この目は――


 「ね、半分ちょうだい?」


 出た。得意の“甘え上手攻撃”。


 「いや、無理だろ。首ひとつしかないんだから」


 「じゃあ、くっつけばいいじゃん」


 「はぁ!?」


 そう言うと、紗月は一歩近づいて、僕のマフラーの端を引っ張った。

 そして器用に自分の首にも巻きつける。


 「ほら、これで半分こ。あったかいでしょ?」


 距離、近い。

 顔、近い。

 息、白い。

 ……ていうか、心臓の音うるさっ。


 「お、お前な……」


 「なに? 顔真っ赤だけど、寒いの?」


 「お前のせいだろ……!」


 「え、嬉しい♡」


 完全に遊ばれてる。

 だけど、マフラー越しに伝わる彼女の体温は、嫌じゃなかった。


 ***


 僕と紗月は、中学の頃からの幼なじみだ。

 いつも元気で、うるさくて、なのにどこか憎めない。

 気づけば、高校に入ってもずっと一緒に帰っている。


 でも最近――どうも意識してしまう。

 ちょっとした笑顔とか、さりげない距離の近さとか。


 今日みたいに突然マフラーを巻かれると、

 もう心臓がもたない。


 「ねぇ、成瀬」


 「ん」


 「もし私が風邪ひいたら、責任取ってね?」


 「いや、なんで俺が」


 「だって、マフラー貸してくれなかったせいでしょ?」


 「いや今、こうして半分こしてるだろ」


 「じゃあ風邪ひいても、看病してね」


 「……お前な」


 「んふふ、約束だよ」


 にやっと笑うその顔に、反論できなくなる。


 ***


 しばらく並んで歩いていると、

 商店街のアーケードから流れてくるクリスマスソングが聞こえてきた。


 「もうすぐクリスマスだねー」


 「そうだな」


 「プレゼント、なに欲しい?」


 「急に聞くなよ」


 「いいじゃん。友達として聞いてるの」


 (友達として……ね)


 「じゃあ、紗月は?」


 「んー、そうだな……」


 彼女は少し考えてから、僕を見上げて言った。


 「マフラー、ちゃんと“自分専用の”が欲しい」


 「え、今のじゃダメなのか?」


 「半分こもいいけど……やっぱり、全部巻きたいじゃん?」


 その言い方が、なぜか胸に刺さった。


 「……そっか」


 僕はマフラーの端を軽く引っ張って、彼女の顔を覗き込む。


 「じゃあ、俺が選んでやるよ」


 「ほんと?」


「クリスマスプレゼントな」


「ふふっ、ありがと。楽しみにしてる」


そう言って笑う彼女の頬に、雪の粒がひとつ落ちた。


***


次の日。

僕は放課後、街の雑貨店でさんざん悩んだ末に、

赤いチェック柄のマフラーを選んだ。


次の朝、校門の前で待っていた紗月にそれを差し出す。


「はい、これ」


「え、なにこれ?」


「昨日言ってただろ、“専用のマフラー欲しい”って」


「……まさか本当に買ってきたの?」


「文句ある?」


「ない。……けど」


紗月はマフラーを手にして、少し黙ったあと、

小さな声で言った。


「じゃあ、これ巻く代わりに――」


「代わりに?」


「今度は、私からプレゼント渡していい?」


「お、おう」


「じゃあ、目閉じて」


「は?」


「いいから早く」


渋々目を閉じると、次の瞬間。

頬に、柔らかい何かが触れた。


――……え?


「……メリークリスマス、成瀬」


目を開けると、紗月が真っ赤な顔で立っていた。


「お、お前今――」


「今のは! プレゼントだから! 一回限定!」


「……いや、心臓止まるかと思った」


「ほら、ちゃんとマフラー巻いて。風邪ひいたら私のせいになるじゃん」


そう言って、彼女は笑った。

その笑顔は、冬の空よりもあたたかかった。


マフラーを巻きながら、僕はそっと呟いた。


――来年も、半分こでいいや。

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