公私渾動
@itokasane
パターン1:平行の屍
「お前、全部を看取る女神なんだろ?ちょっと付き合えよ」
女神に生まれながら人に堕ちようとした愚か者は、不敵な笑みを浮かべながら私にそう言った。その役目に疲れたからこそ引きこもっていたというのに、全く女神使いの荒い女神もいたものだ。
「それで、こんな辛気臭い墓に連れてきて、何のつもり?」
「そう言う割には従順じゃないか」
コイツ、知っているくせに白々しい。かつてリブーターだった私は、万華教での安全と引き換えに要監視処分を受けている。それを薔薇園のお気に入りという立場を使って連れ出したコイツに、私が歯向かえる筈もなかった。歯向かうのも面倒くさかった、と言うべきかもしれない。
「初めから自分の意思なんて無い私に、反抗でも求めてたの?」
「…それで言うなら意思を求めたかったな。人類史を潰そうとしたお前に意思も主体も無いとくれば、潰される側はたまったもんじゃない」
ますますわからなかった。見たところ墓参りに来たようだが、そもそもコイツに参る墓なんてあったのか。資料で見たコイツには、今を共に生きる仲間は居ても、失った仲間など居なかったはずだ。そんなもの、作ってはいなかったはずだ。
「『お前に墓参りする相手なんているのか』って顔だな」
「そりゃそうでしょ。私の知るアンタは、聖里の次男以外に気を許してなかった」
「その私は、紙の中の私だろ」
当たり前だ。私とコイツに接点なんか無い。共通の敵に、一度立ち向かった。思いつく関わりなんて、それくらい。それ以前に敵対していたわけでも、それ以降に仲良しこよししていたわけでも無い。「模倣の女神」と言う資料に、一度目を通したこと。他に浮かぶのはそんな一方的なもので、それをコイツが知る由も無かった。
「探偵、なんだっけ」
「まあな。最も、今はお前たちの戦争の後片付けに東奔西走してるが」
「どうでもいい」
「だろうな」
そろそろ、腹が立ってきた。皮肉を言いにきた?戦争を引き起こした集団の一角である私に。多くの命を奪った癖して、すました顔で自分の世界に浸る私に。でも、私の知る紙の中のコイツは、そんなしょうもない女ではなかった。
「お前、女神であることに誇りとか持ってるか?」
静かで、そして急だった。墓に花を供える手を止める事なく、視線も向けぬまま、私にそう問いかけた。本当に意図が読めなかったが、ここまできたら乗ってやろう。そして飽きたところで勝手に帰ろう。らしくもなくそう考えた私は、話半分で質問に応じることにした。
「そんなもの無い……と思う。女神として生まれたから面倒ばっかだった。でも、人間に生まれたらもっと面倒だったろうね。精神的に疲れるのはどっちかって聞かれたら、前者だろうけど」
「どっちつかずだな。私も人のことを言えた立場じゃないが」
「人のことって、ここに居るのは女神二柱だけでしょ。私に人として生きろとでも言うつもり?」
こう返したのは素直な疑問だったのか。無意識に間違いを訂正しようとしたのか。はたまた皮肉か。それは私にすらわからなかった。
「生きてるのはな。でもここには、女神二柱よりも人間の屍の方がずっと多い。おっと、『屍じゃなくてもう骨だろ』なんて揚げ足を取るのはよしてくれよ?萎えちまう」
「…とっくに萎えきった私に、そう言うんだ。そもそも墓参りなんてテンション上げるものでもないのに。案外性格悪いんだね」
「萎えてないお前がちょっとでもこの世に居たんなら、一度拝見してみたかったな」
「それは無理な願いでしょ。私はこの有様だし、私を生み出したあの子も、もう居ないんだから」
「それは『私がもう元気になることはありません』って意思表示か?」
「お好きに解釈してどうぞ」
「んじゃ勝手に」
なんて、生産性の無い会話だろうか。こんな話をしてコイツが楽しんでいるようには見えないし、別に私も楽しくない。私たちには時間がほぼ無限に用意されているのだから、「時間の無駄だ」と感じないだけ幸せなのかもしれない。
「こいつは、私が弟子達以外で唯一、万華教以外でも同じ時を過ごした人間だった。ほんの少しの間だけどな」
目の前の墓石に水をかけながら、まるで独り言のように語り出した。よく見てみると、「薔薇園家之墓」と書いてある。ここに眠っているのは、万華教の関係者らしい。
「聖里の次男以外にも居たんだ。あそこで仲良かった人」
「いいや。別に仲良くもなかったし、こいつと一緒に万華教に居たわけでもない」
そう言うと、彼女は掛けていた眼鏡をポケットに仕舞い、空を見上げながら語り続けた。私も、しゃがみながらそれを聞いていた。
「今から、十五年ぐらい前か。アテもなく歩き続けてた私に道を尋ねてきたのが、この薔薇園夜織だった。そいつは御三家の一員として万華教に所属しながら、ただ一人快楽の女神を追って旅をしている変人だった」
「…快楽の女神を追って?」
「ああ、訳が分からないだろ?誰が好き好んであのサイコ女に関わるか。でも、こいつは違った。快楽の女神が生み出すカオスにこそ可能性を見出して、奴を追い続けていたんだ。それで、旅をしている者同士、たまたま出会った。そこで終わる筈だったんだ。私と夜織の関係は。道を聞かれたヤツと聞いたヤツ。それだけの間柄でな」
「出てきちゃったんだ、快楽の女神」
そう言いながらなんとなく視線を向けると、彼女は何をするでもなく、墓石の前に棒立ちしながら話していた。日光で目元はよく見えなかったけど、どんな目をしているかは想像しないことにした。
「そういうことだ。夜織は大層喜んでいた。『やっと出会えた』ってな。だが、快楽の女神の琴線に触れたのは、最初から夜織じゃなかった。その時の私は、私を生み出した世界全てに不貞腐れててな。どうにも私の力は快楽の女神にも特別に映ったみたいだが、その力の持ち主は根っから荒んでるときた。『この子で遊びたい』。ちょっとした思いつき。飽き性の子供が『このおもちゃが欲しい』って漠然と思うような、その程度の感情の起伏。快楽の女神の動機としては、十分過ぎた」
「それで死んだんだ、この人。快楽の女神が、アンタで遊ぶために」
今度は、視線を向ける気にならなかった。
「勿論、夜織は御三家の血縁。幻師としての実力も、人よりはあった。だからこそ、抵抗する手を一つ一つむしり取られるように、無抵抗で一思いに逝った方が何倍も楽だろうに、こいつは戦って死んだ。結構粘ってたから、当時の私の気分次第では、助けられたかもな」
「罪悪感とか、無いの?」
人間みたいなことを、聞いた。人の心なんて、持ち合わせていないのに。
「じゃあお前は?同じ立場に立った時、罪悪感を感じるか?」
「無論だよ」
彼女は、誰にも聞こえないような声で一瞬笑った。空耳かもしれないけど、そんな気がした。
「そういうことだ。その後私は見逃された。快楽の女神も、一旦は夜織を殺す所を見せて満足したんだろう。何を考えてやがったかなんて、わからないしわかりたくもない。暫く呆然としてたんだが、夜織をそのままにしておくのはなんとなく気が引けてな。こいつの遺体を届ける事を目的に、私は万華教に向かうことにした。そうして、お前の言う聖里の次男と出会ったんだよ」
彼女は再び眼鏡を掛け、そのまま片付けを始めた。やりたいことをやって、話したい事を話して、満足したといった所だろう。でも私は、全くすっきりしていなかった。
「それで、結局何が言いたかったの?その話を私にして、何になるの?」
帰ろうとする背中に問いかけると、彼女は振り向くことなく答えた。
「何もないよ。ただ、どっかの世界線には、愛を持つお前も居たかもなってことだ」
「はぁ?」
「夜織の遺体を持ち帰った私に、薔薇園の当主はえらく興味を示したんだ。私はそいつの家族を見殺しにしたってのに。私と夜織が仲間だったと勘違いしたのか、私の力に惹かれたのかは分からん。そいつも今はとっくに寿命で死んでるからな。私は薔薇園を見殺しにしたことで薔薇園に気に入られた。それでも、お前と同じだ。罪悪感なんて未だに湧いてこない。それでも、そんな私でも、今は三人の弟子に囲まれてる。何より大事に思ってるし、あいつらの側は居心地がいいと思ってる。愛情を、抱いてるんだ。あの荒んでいた模倣の女神がな。だから最果て、お前も。一人の人間を愛し、一人の人間に一喜一憂する未来が、いつか来るかもしれないぜ?」
そんな未来、来る訳ない。そんな可能性もありはしない。断言できる。私が「最果ての女神」として生まれる運命にある以上、それはどこまでいっても絵空事、机上の空論だ。なのに。私はこの日の会話を、ずっと忘れられずにいる。私と彼女の線は、いつか交わるとでも言うのだろうか。
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