消せない名前

をはち

プロローグ:旧校舎の囁き

校舎の三階、廊下の果てに、その教室は息を潜めている。


「旧3年2組」。


戦後間もない頃に建てられた木造の校舎は、時の重みに耐えかねたように軋む。


床板は一歩ごとに悲鳴を上げ、歪んだ窓枠からは隙間風が忍び込む。


天井には雨漏りの染みが、まるで知られざる大陸の地図のように広がり、


薄暗い教室に不気味な模様を刻んでいる。


二十年前、ここで起きた事件――ひとりの生徒の自殺。


それ以来、教室の扉には重い錠がかけられ、誰も足を踏み入れることはなくなった。


生徒たちの間で囁かれる噂だけが、校内の闇に漂う。


「夜になると、誰もいないはずの教室から、黒板を叩く音が聞こえる」と。


乾いた、規則正しいその音は、まるで誰かがそこにいることを訴えているかのようだ。


月明かりすら届かぬ夜、旧校舎の廊下に立つと、冷たい空気が吹き抜ける。


どこからともなく、かすかな囁きが聞こえてくる。


それは風の音か、それとも、教室の奥でまだ彷徨う何かの声か――


扉の向こうで、消せない名が、静かに息づいている。

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