第3話 1-3 故郷への旅 2

キャラバンの車輪は夕暮れ時、開けた草地に停まった。目の前には鬱蒼とした森が広がり、風が木々を揺らす音がどこか寂しげに響く。道は開拓されていたが、夜に進むのは危険だ。


この開けた場所は、キャラバンが一夜を過ごすための休息地となった。先に来た商隊の焚き火の跡が残っている。馬車は風を防ぎ、旅団を守る壁のように並べられた。


護衛のパーティーは全部で八人。怪我人が一人出たが、まだ戦える。リースは書簡を届ける任務で同行しているため、特に役割はなかった。


しかし、料理を作れるのはキャラバンの主人の妻だけで、リースは進んで彼女の手伝いを申し出た。


大きな鍋を鉄の枠に吊るすと、キャラバンの主人の妻、メーラが食材を選び始めた。


「でも、ちょっと残念ね……水がもっとあれば」


彼女の声には惜しむ気持ちが滲んでいた。新鮮なスープはキャラバンにとって贅沢な食事だった。


普段、キャラバンの食事は途中の店で買った質の悪い茶色いスープを元に調理される。それを長旅の間に増やしていくのだ。


きれいな水は貴重で、川の水を沸かしてもリスクがある。大都市でなければ、誰も生水を飲もうとはしない。


「大丈夫ですよ」


リースはそう言うと、鍋に近づき、手を掲げた。


「水よ」


小さな水の塊が彼の手の上に現れ、徐々に大きくなった。十分な大きさになると、鍋に落とし、また新しい水の塊を作り始めた。かつてのパーティー仲間、アーニャが教えてくれた非言語魔法を思い出しながら。


だが、リースは魔法を極める才能がなく、アーニャは教えるのをやめた。少年はため息をつき、彼女を思い出した。彼女の周りには星が漂うように魔法が漂い、軽くハミングするだけで十以上の魔法が同時に現れ、戦争を起こすかのような強大な力を放っていた。


リースは自分の不甲斐なさに小さく笑い、内心で自分を嘲った。


鍋が水で満たされると、少年はかがんで火を起こした。


「この火の量じゃ、鍋全体がすぐには沸かないわね」


メーラは食材の箱を整理しながら言った。ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ローリエ、燻製肉がリースの手で慣れた手つきで切られた。


スープの出汁用の骨はなかったが、燻製肉で十分な風味が出る。メーラの手で調味料が振りかけられ、夕暮れの広場に香ばしい匂いが広がった。


リースは鍋の下にしゃがみ、指を火に向け、魔法の力を込めて炎を大きくした。スープは暗くなる頃にちょうど出来上がった。


食事が配られ、人々は輪になって座ったが、護衛のグループは交代制のため、全員が揃うことはなかった。


「メーラ、めっちゃ美味い! 最高のスープだよ!」


あちこちから称賛の声が上がった。特に、キャラバンの主人でメーラの夫、キロンからの声が大きかった。


「そんなことないわよ、ダーリン。リースが手伝ってくれなかったら、こんなの作れなかったわ」


「いや、僕なんて食材を切っただけですよ。あとは全部メーラさんが調理したんです」


リースは照れくさそうに答えた。それを聞いて、キロンは笑いながら続けた。


「でも、お前、魔法も使えるんだろ? この旅では毎日新鮮なスープが作れるくらい水が確保できるな!」


「新鮮なスープ」という言葉に、キャラバンの皆が笑顔を見せた。資源は貴重だからだ。


普段は前の食事の残りを新しい食材と煮込み、水を足すため、味は日を追うごとに落ちていく。


だから、「新鮮なスープ」という言葉は皆にとって嬉しい響きだった。


鍋の下の火は徐々に弱まり、夜にはオレンジ色の光がチラチラと揺れるだけになった。


この季節、風は暖かく、肌を刺すような冷たさはない。


皆が眠りにつく中、リースは焚き火のそばに座り続けていた。遠くで薪がパチパチと鳴り、彼はただじっとそれを見つめた。夜番の必要はないのに。


「よお、リース」


薄い布の服をまとった大柄な男が近づき、彼の隣に腰を下ろした。


「ハンサムさん」


少年は答えて微笑んだ。その目は、馬車での険悪な雰囲気とは違い、友好的な光を放っていた。


「あいつら、随分ひどいことをしたみたいだな」


ハンサムの声には、はっきりと同情が滲んでいた。


「ええ、仕方ないんです。僕が弱いせいで、パーティーを何度も危険な目に遭わせちゃいましたから」


ハンサムは長いため息をついた。ヴィクターと比べれば、リースはいい子だ。こんな子がヴィクターのような奴と組んだのは、本当に不運だった。


「惜しい奴だよ、リース。お前がヴィクターのパーティーに入った初日から、こうなる運命が見えてた」


「初日からですか?」


「ああ」


ハンサムの目は心配の色を帯びていた。立派なパーティーのリーダーとして、彼は周囲を気遣い、ここまでやってきた。だから、リースがそんな理由で追い出されたことに苛立ちを感じていた。


「これからどうするんだ?」


ハンサムはそう尋ね、薪を一つ火に投げ込んだ。パチッと音がして、火花が舞った。


「アッシェンブルクに帰ったら、冒険者を辞めます」


「それから?」


ハンサムがさらに尋ねた。


「その先はまだ考えてないです。しばらくそこで暮らして、答えを見つけるつもりです」


「いい考えだな、リース。時には心を休めることで、意外な答えが見つかるもんだ」


「はい」


リースが答えると、ハンサムは立ち上がった。暗い夜空に星が輝く中、彼は遠くを見やった。


「お前はいい冒険者だ、リース」


そう言い残し、ハンサムは去った。


リースは揺らめく焚き火を見つめた。夜遅く、暖かい風がそよそよと吹く。それはまるで誰かの息遣いのようだった。彼の影が地面に長く伸び、薪が割れる音が響く。

それは心にできた亀裂のようだった。

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