第10話 特別な思い出?

「あ、そうそう。俺んちはこっちね」

「山手の住宅街? さすが、お金持ちだなあ」

 

 澄斗が指差した先には、閑静な住宅地がある。

 駅裏の緩やかな坂を登った先だ。広々した敷地に大きな一戸建てが立ち並び、爽やかで優雅な界隈が広がっている。


 親が会社役員でお金持ち……ということは小学生の頃から何度も聞いたことがあったけど、それはどうやら事実らしい。

 

(つくづく生きる世界が違うというか、なんというか……)


 ふと、現実に立ち戻ったような気分になる。

 

「ていうかさ……澄斗はなんでここまでしてくれるわけ? 僕ら、そんなに仲良くもないのに」 

「え゛っ……?」

 

 今日の朝からずっと考えていたことをストレートに投げかけてみると、澄斗の喉からなぜかくぐもった声が聞こえてくる。

 これまた学校では絶対に聞くことができないような澄斗の声だ。


 びっくりして振り返ると——……今度はひどく物悲しげな顔をした澄斗がいた。


「な、なに……その顔」

「面と向かって『仲良くない』なんて言われると、さすがにショックすぎる。ダメージすごい……」

「うわっ、ごめん……! で、でもさ、うちの高校は小学校のとき一緒だったメンバーなんて珍しくもないし、僕ら学校じゃほとんど話さないだろ?」

「んー、確かに俺から話しかけても冷たくあしらわれてる気はしてたけど、それはそういうコミュニケーションの取り方なんだと思ってた。いわゆるツンデレってやつかと……」


 ちょっと呆気に取られてしまう。

 これまでの僕の態度を、ツンデレと思えていたとは……


「て、ていうか。なんで僕が澄斗相手にツンデレしなきゃいけないんだよっ」

「そうだけどさぁ……」


 おいおいどうしたんだ? 

 陽キャ軍団を率いているように見える澄斗が、僕に「仲良くない」と言われたくらいで落ち込んでしまうのか?


 いつもは元気いっぱいな大型犬が尻尾ごとしゅんとなっているイメージが澄斗の背後に透けて見える気がする。

 

 わけがわからなくて、僕はまたしてもどぎまぎしてしまった。

 

「そ、それに澄斗、いつも派手な陽キャメンバーといるだろ? 僕とは全く違うタイプの仲間がいっぱいいて、ワイワイしてて楽しそうじゃん」

「それはそれ。俺、小六ぶりに郁也と同じクラスになれて、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ?」

「よく覚えてるな……あ、でも御子柴くんとか、ああいう明るくて元気な人たちのほうが澄斗と気が合うだろうし」

「だからそれとこれとは関係ないって! 郁也は俺にとって特別なの!」

「…………え?」

 

 ”特別”という、これまたひときわ重たい言葉が飛び出してきて、僕はぽかんとなってしまった。


 そして澄斗も、自分の口からまろびでた言葉に驚いているような顔をしている。


(え? あれ? 僕らって……そうだっけ。仲良しエピソードとかあったっけ……!?)


 僕が忘れているだけで、実は澄斗との間にものすごい青春友情ストーリーがあったのか? 


 もしあったとして、それを僕だけが忘れている? そんな薄情なことがあっていいのか……!?


 とはいえ、なにも思い出せない。

 僕にとって六年生時代の澄斗は、できない僕をダシにして自らの有能さをアピールするいやなやつ——という記憶が優っている。

 修学旅行は違う班だったと思うし、日常で大した接点などなかったと思うのだが……


 ちら、と澄斗を見上げてみる。すると澄斗は眉根を下げて、「そっか、覚えてないのかあ……」といってしゅんとしてしまった。


「あっ! えーと……、その、ごめん! あの頃の僕は自意識過剰っていうか、自分のことしか考えられない心の狭い児童で……!」

「えぇ? なにいってんの、そんなことなかったって!」

「で、でも僕は……あの頃けっこう澄斗のことが苦手だったし…………あっ」


 またしても正直すぎる発言をしてしまった。僕の不器用さは、こういうところにも現れてしまうのだ。


 ふたたび冷や汗がたらたらと背中を伝うのを感じつつ、おそるおそる澄斗を見上げてみる。


 すると澄斗は、しばし唇をむずむずさせていたが、堪え切れないといった様子で噴き出した。

 

「あはははっ……! 郁也って、ウソつけないんだな……あはははっ、そっか、苦手だったんだ俺のこと」

「ご、ご、ごめん……!! 悪気はない……いや、悪気しか無いように聞こえたかもしれないけど、今はそんなことなくて!」

「そ? 今は俺のこと苦手じゃない?」

「……正直、今朝までは苦手だった。でも、僕に手を差し伸べてくれたり、うちで色々話してみると楽しかったし……今は、苦手とは思わない、かな」


 途切れ途切れに、今心にある想いをとつとつと言葉にしてみる。

 澄斗はずっと目元に笑みを浮かべて、僕が最後まで話し切るのを待っていてくれた。

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