第10話

 なので、彼女らにとって、ドバイでのパトロンを捕まえたというのは一種のステイタスになるはずだったが、これ以上にない屈辱を味わわされる羽目になったのだ。

 AV女優、キャバ嬢、パパ活、ラウンジ嬢、彼女らにはこれらの特徴があった。彼女らは、お互いの素性を知らなかったが、同じ地獄を潜り抜けた仲間として、慣れ合うことになった。

 今はお酒に酔っているが、酔いがさめると、また、疑心暗鬼に陥るのだ。互いが互いを見下しているのではないかという疑念が彼女らを襲う。

 それが何よりの我慢ならないのだ。見下されるくらいなら、死んだほうがましであった。

 しかし、道場はしてほしいという何とも矛盾した気持ちを抱えている。ややこしい生き物だ。

 

 その会話を岡田たちは、隣の部屋で盗聴していた。

「何とも下劣な生き物なんだろうねえ。女と言うのは...」

 岡田が3人に聞こえるようにつぶやいた。

「まあ、だからこそ殺し甲斐があるというものだが....」

「どうやって殺すのですか?」

 春陽は純粋に尋ねた。純朴な少年からは想像もつかないような内容の言葉だが、その言葉が空気を別のものに変えたのだ。

「そうだねえ」

 岡田はうつけたような表情になるが、それは何も退屈だからというものではなく、このようなことを考えなければならない自分の立場と言うものに思うところがあり、しかし、それを口に出すのは憚れるので、そのような表情を一時的に作り出すことによって、自分の中の職業的倫理観をいくばくか保つものになっているのだ。

 

 岡田の職業的倫理観は、一度国家のために尽くすと決めた以上はどんなことがあってもやり遂げなければならぬということだ。

 中止と言う選択肢はないが、他の物を犠牲にしてまでは、殺すということも岡田には考えられなかった。

 一度自分についてくると決めてくれたものに対しても、最大限の配慮をしなければならない。

 闖入するには、まず、鍵を開けなければならない。他の部屋に侵入するにも、窓を開けてもらうしかないのだが、ここは、302号室だ。

 それに、小田切小畑に部屋の場所が割れているため、簡単に近づくことはできないのだ。

 それすなわち、小田切に権力を使えば、隣にいる部屋の女の正体を調べることに造作もないということで、ターゲットが割れているということもある。小田切たちの目的はおそらく、現行犯で和久井を捕まえることであろう。

 小畑の恋人は和久井によって殺されており、そして、つい先日、小畑が殺しに向かった現場で、ターゲットを乗せた車を運転していた従業員が殺されているのだ。

 小田切小畑がいない場所で、彼女らを一匹残らず殺さなければならない。

 さて、どう殺してくれようか

 岡田はいい方法を思いついた。

 

 小田切小畑は、岡田たちが不審な動きをしないかを、ドア側と窓側から見張っていた。

 向かいの建物から侵入してくる見ないなスパイ映画でありがちな展開は起こらないだろう。

 このホテルは海を一望できることを謳っているので、この横長のホテルで向かい合う部屋はないのだ。

 すると、帽子とデカいカバンを背負い、ビザの箱のようなものを持った男が、女たちの部屋を尋ねた。


 岡田は、早速、ウーバーイーツで、女たちの部屋にピザを宅配することを決めた。

「まあ、仲間に連絡しただけなんけどね」


「ウーバーイーツです」

「え、誰か頼んだ?」

 ろれつの回らぬ声で、女が話しかけた。

「たのんれないお」

 さらにろれつの回らない女が返答した

「何ピザですか?」

「マルゲリータになります」


 その声を聞いた、小田切は外に出た。

「警察ですが、それは誰に頼まれたものですか?」

 ウーバーイーツの男は、慌てながら

「たしか、この部屋だったと思うんですけどねえ」

「失礼ですが、そのスマホを見せていただけますか?」


 岡田はその言葉を聞いて外に出た。

「すいません。ピザまだですか?」

「ああ、こちらですか....」

 302号室から、岡田が出てきた。

「303号室ですねえ。ここは」

 岡田は冷静に言うと、304号室から出てきた小田切は、じゃあ、問題ないですか?と尋ねてきた。

「ええ。ありがとうございます」配達員はそれで去っていった。


 女たちは酔いも冷めてきたのか、お互いのことを語り始めた。

「私の家母子家庭でね。まあ、母親が男にだらしなかったから離婚したんだけど、あんたも若いうちに男を売らないと損するよって言われて。お金もなかったし、母親は暴力ふるってくるからそこから抜け出したくてホストに行くことになったの」

「私の家は、普通のサラリーマンと普通の主婦って感じで、お姉ちゃんがすごい賢かったからそれなりに私も期待されてたんだけど、私勉強できなかったの。でも、推しと出会って、人生が変わってから、私は押しに人生をささげることに決めたんだあ。先生にも親にも友達にも褒められたことなかったけど、初めて推しが私をほめてくれたの」

「でも、そんな生活ずっと続くわけないじゃん。将来どうしよかな」

「私も作品売れないとどんどん過激なことをやらないといけないからなあ」

「日本ってどんどん貧しくなってるから、パトロンたちもけち臭くなってるのよ。だから、ドバイに行ったんだけど、あっちではかわいい子しか必要とされてないの...」

「私たちってどう生きていけばいいんだろうね」


 その会話を聞いていた岡田は口角をあげながらつぶやいた。

「安心していいよ。すぐ楽にしてあげるからね」

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