第9話
タクシーで、和久井たちを追いかけている、小田切の元に電話がかかってきた。
「もしもし、所長...」
「小田切か、今どこにいる?」
「沖縄です。今、星をあげようとしているところです」
「刑事ドラマじゃあるまいし。何でそんなところにいるんだ。さっさと帰ってこい」
「この間起きたホステスの殺害事件と、群馬のトラックの飲酒運転の事故の手掛かりになるのかもしれないのですよ」
「それが何だって言うんだ。今すぐ帰ってこい」
「上からの指示ですか?」
小田切はいつになく真剣な面持ちで尋ねた。
「上じゃない。俺からの指示だ」
「どうしてですか?」
「ふふ。お前は星をあげたいと躍起になっているようだが、俺らにはそんな気持ちはさらさらないのさ....!」
小田切は所長の言葉を聞いて絶句した。あまりの言葉に、口を閉じるのも忘れるほどであった。
所長は小田切に言葉を待たずに続けた。
「市民の感情になって考えてみたまえ。ゴミが手を患わずに、葬り去れたのだ。喜ぶものがいても、悲しむもの何て一人もいないだろう」
「なぜ....」
それだけを言って、小田切は震えながら紅潮していた。怒りなどという言葉では表せないほどの憤りを、全身で感じていた。
「警察だって人間なのだ。感情があって当たり前だ。丁稚奉公をするのは、公人として当然の責務であるが、例えばだが、救いようもないクズ中のクズに情けを掛けようとする人間など一人もいないだろう?分かるか小田切。和久井を逮捕したとて、間引きをする担い手が増えるだけで、ますます困るのは我々なのだ。なので、今すぐ帰れ」
「和久井っていったい何の話ですか?私が追っているのは大塚ですよ」
「大塚と言うのは偽名だ。これで分かっただろう?私が言えることはこれまでだ。お前がそれ以上勝手な行動に出るのなら、それ相応の覚悟ができているとみなすからな」
そう言って電話を切った。
「一体何の話ですか?」
小畑は、小田切に尋ねた。
「大丈夫です。なんでもありません」
「そうですか、そのような態度に出ましたか」
岡田は、所長から報告を受けていた。
未知はようやく一本道を抜け、沖縄の中心街に来ており、いよいよ目的地に到達しようとしているが、その前に現行犯逮捕されれば、いくらこちらが権力を使おうとも、和久井と春陽の牢獄生活は免れないだろう。
殺害に対する意識は、もう二人とも取れかかっているのだ。つまり、彼らは、逮捕されなければいくらでも殺してよいという境地に陥ったのだ。
そして、その上に、感情の面でも、売女は殺さねばならぬという、覚悟以上に強い意志でもって、銃やナイフを握っているのだ。
凶器を握るというのは思いを握ることでもあり、思想を握るということでもある。
つまり、理性やちょっとしたきれいごとを掛けようとも彼らは、銃やナイフを握ることをやめないということだ。
感情のままに殺すというフェーズは超え、大義のために殺すというのが、彼らの行動原理になっている。
ただし、逮捕をされてよいかと言われるとそれは別で、彼らは正しいことをしているのだから、逮捕されるいわれはないのだ。
女たち4人は、リゾートホテルに来ていた。男たちを侍らせており、酒盛りをしながら、本能に忠実に肉体と肉体をぶつけていた。
沖縄到着から数時間が経過していた。
岡田たちは、そのリゾートホテルに、チェックインし、そのままホテルで待機することになった。
一方の小田切小畑もそのホテルにチェックインすることにした。リゾートホテルの部屋の確保など、小畑にとって造作もない事だった。
すると、体型に似合わない高価なスーツに身を包んだ小太りの中年男がフロントのスタッフにものすごい剣幕で迫った。
「おい、隣の部屋の女どもの声がうるさいぞ!少し黙らせてきてくれ!!」
すると、岡田は自然な動作で、その中年男に言った。
「すいません。因みにどの部屋でしょうか?」
「俺は、302号室だ」
「それであれば、こちらの部屋と交換していただきましょうか?」
フロントのスタッフは、二つの部屋の鍵を見比べた。
「グレードは同じなので、問題ありませんが...」
「騒音問題が解決されればワシはどうでもよい」
フロントのスタッフは事務的な態度はおくびにも出さずに、それを処理した。
「この度は申し訳ございません。それではごゆっくりお過ごしください」
男は満足そうにその場を後にした。
「あの御仁みたいな人にためにも、早く掃除してあげないといけないねえ」
岡田はそうつぶやいた。
「うちらさー今世界で一番幸せじゃない?」
酒臭い息を吐きかけながら、仲間たちに言った。
男たちは用を終えると、すぐさま、帰っていったのである。
「ていうか、あの男たち、プレイちょっとたんぱくじゃなかった?」
「それな」
髪を振り乱しながら、女たちは果てていたが、それは演技だという。女がかわいい声でよがり声を出している時はたいていは、絶頂に向かっていないのだ。それでも、可愛い声を出そうとするのは、単純な男はそれで満足し、自信を付けるからだ。
そして
「俺は、あの女を百回いかせたことがあるんだよ」
と自慢げに言うあはれな男を肴に酒を飲むことが楽しみで仕方がないらしい。生まれたままの姿で、滑稽な姿を演じ、それに本人が気が付かないとは、まさに「裸の王様」そのものであった。
男は女の事で、数を競い、女は男の事で、質を競うというのが彼女らの持論と言うか、結論であった。
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