第8話
小田切と小畑は、大塚逮捕の為に協力し合うことを誓った。
警察は、捜査から外れた事件を執拗に追うことはないと言っていたが、それは、普通の刑事の話で、小田切はそうではないらしい。
「市民が不安を覚えている以上は何としても犯人を逮捕したいと思います」
本音にも建て前にも聞こえる言葉であった。小田切は、愚直であり、組織人であり、人であったのだ。
お役所特有の傲慢さを感じさせず、むしろ市民の声に寄り添おうとする、職務を全うしようとする姿勢が見て取れた。
何か打算があるのかもしれないが、協力してくれるのなら、小畑にとってこれ以上心強いものはなかった。
すると、空港に勤めている、友人から連絡があったという。突然の吉報に、小畑と小田切は胸を躍らせた。
「今、大塚らしき男が、空港の近くを歩いているとのことです」
「なぜ...」
「さあ、高跳びでもしようってことですか?」
「分かりません。とにかく急ぎましょう」
大塚こと和久井は、成田空港から、那覇に飛ぶらしいことが分かった。
小畑と小田切も急いで飛び立つことになり、物理的移動速度の限界に苛立ちながら、それを感じさせない表情で、小畑は、小田切に言った。
「チケットをちんたらと取ってても、和久井に逃げられるだけです。行き先は分かっているのなら、すぐに向かいましょう」
「どうやって?」
「プライベートジェットですよ」
「さすがお金持ちですね」
和久井は怪しまれないように普通の格好で、飛行機に乗った。
小畑と小田切は、数少ない協力者に頼りながら、和久井を逮捕するというミッションに挑むということに武者震いしていた。
「どうして、空港の方が突然連絡をくれたのですか?」たまらず、小畑は尋ねた。
「私たちは、講道館柔道の出身でしてね。特に志が高い者同士は、稽古を積んできたいわば、仲間です。柔道は利他の精神で動いていますからね。困ってるときはお互い様ですよ。まあ、助けられている方が言うセリフじゃないですけどね」
「とんでもないです。助けられているのは私の方ですから」
「いえいえ、これは警察官としての立派な責務ですから。小畑さんが何も言うことはないですよ」
「助けていただいた方に何と言ったらいいやら」
「私が、酒でも奢っておきますから。それより、那覇に着いた後の事の方が大事です」
小畑と小田切は、まっすぐに前を見つめて、和久井を逮捕するために、拳を握りしめた。
和久井に数分遅れて、那覇に到着した。
「絶対現行犯逮捕してやる」
きれいな海に囲まれ、島の精錬された空気が、都会から来た者たちの肺を新鮮なものにした。
すると、一台の黒い車が、うららかな道を悠然と過ぎ去っていくのを、小田切は見逃さなかった。
「あれが、衛生省の車です。すぐに追いかけましょう」
小畑は空港に来る前に、タクシーを手配していた。
「あの車を追いかけてくれ」
「なんでそんなことをしなきゃならんのですか?」
小田切は警察手帳を見せた。
「時間がないのです。お願いします」
「は、はい」
小畑は視線の端で車をとらえていた。絶対に逃がさんと誓うがごとく
「沖縄はいいですねえ。始めて来ましたが、まさか仕事で来ることになろうとは...」
苦笑いしながら、自嘲気味に岡田が呟いた。
隣には、和久井が座っている。
そして、左隣には、春陽が座っていた。
「春陽君。初対面の人がいるから緊張気味かい?大丈夫。この人役人じゃないから、そこまで偉そうじゃない。まあ、人生の先輩だから敬った方がいいことには変わりないんだけどね」
春陽と和久井が対面してからすでに、数分が経過しているが、一向に顔を見ようとはしていなかった。
そんな空気を和ませるかのように、岡田は言うが、とてもそんな雰囲気にもなれなかった。
これから4人の人生に終止符を打つのだ。これまでに、何人もの人間の人生を終わらせてきたが、一人一人に時間を割いていたが、今度は4人を一気に葬るのだ。
一人二役で、どうやって殺すのか、作戦も立てていない。一人一殺でもいい気がしているが、岡田と運転手の男はあくまでサポートに徹すると決めていた。
「お邪魔虫が来ているねえ」
岡田は後ろを振りながら言った。
眼の端でタクシーをとらえていたがそれが追跡者であることを見抜いていたのだ。
春陽と和久井も振り返る。
「山脇君。もうちょっとスピード上げれる?」
「はい」
山脇は法定速度を少しオーバーして走っていたが、アクセルを踏みたし、タクシーとの距離を作ろうとしていたが、それは叶わなかった。
「やっぱりね。ついてきてるじゃない」
「どうしますか?」
「うーん。どうしようかね。今更、引き返すわけにはいかないしねえ」
岡田は顎に手を当てながらさらに言った
「この前みたいに、都合よくトラックとか突っ込んでくれたらいいんだけどね。そういうわけにはいかないし。はーあ。邪魔者もぶっ殺せるようにしてくれたらいいのにな」
山脇は運転席から、役人然とした言葉で言った。
「それは、殺しが目的になる観点から禁止されています。我々がこの権力を与えられているのは、この国を浄化させるためであり、ひいては、日本の未来のためです。ですから、未来を奪う行為は、この国にとって、損失になるだけでなく...」
「いやいや、冗談だから。山岡君はまじめだなあ」
「山脇です」
「そうそう、山脇君だった」少しも申し訳なさそうな態度を取らず、岡田は淡々と告げていく。
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