第5話
葵らんの訃報があった。
しかし、人々は、数日もすると、興味を失っていた。
だが、その熱を絶やさないものがいた。
その一人が、小畑である。
「ここ数日で人が死にすぎている...」
浅野麗美、山田そら、葵らん。
一体、何が起きているのか...
葵らんを殺し終えた後の、春陽は、肩で息をしていた。
しかし岡田は、その様子を気に留めようともしない。
静寂の中、車は走る。
いろいろ気になることはあるが、それを聞く体力はなかった。
「うーん、車が邪魔だなあ。磯ヶ谷くん。全員ひき殺して行ってよ」
梅田から、抜ける車道で岡田は運転手の磯ヶ谷に言った。岡田とは違い質実剛健という言葉が似合う男だ。
岡田は、役人として、真面目に仕事をしようという努力は買うが、それ以外の部分では、別に評価しようとは思わなかった。
仕事ができるから、ついてくる部下がいるのだろうと、春陽は思った。
「無茶を言わないでください」
しかし、磯ヶ谷のような真面目なタイプが、一番危険であることを、春陽は、今までの経験から知っている。
車が走って、何分かしてからようやく言葉を発することができた。
「次、どこに行くんですか?」
「そうだな。次は、難波かな」
「難波...また殺すんですか?」
「うん。今日はどんどん殺してもらうよ」
「どうして、今日?」
「はは。もうたくさんだって顔してるね。拳銃が重かったかな?まあ、でも君、まだ迷ってるでしょ?」
「え」
「顔を見れば分かるよ。父親と母親と葵らんを殺しただけでは、まだ十分とは言えない。もっともっと殺してもらわないと...まあ、安心してよ。次は、磯ヶ谷くんもついてるから」
「よろしくお願いします」
磯ヶ谷は、丁寧に言った。
磯ヶ谷と春陽は車を降りた。
上下黒のスーツに、ピカピカの革靴。装飾品の類は見つからない。肌は黒く、焼けた肌が似合う男であった。
短髪で、長身に、スーツがパツパツになるほどの筋肉が備わっていた。
「行こうか。川村君」
「はい」
二人は、商店街から抜けたラブホ街を歩いた。
ある、ラブホの前に行くと、ずかずかとそのまま入った。磯ヶ谷からは、役人特有の傲慢さは見受けられなかった。
しかし、この時ばかりは、当然の如く、土足で他人の土地に踏み入ることに少し抵抗を覚えた。
ホテルには靴を履き替える場所などないのだが、磯ヶ谷は受付もせずに、中に入った。春陽はその背中を追う。
どこに向かっているかなどの会話はしなかった。
ただ銃を構えている。
磯ヶ谷は、部屋の前に着くと、何人かの男が部屋の前で待機しているのを見た。
「あ、こんにちは...今、AV撮影中でして...」
男たちは、磯ヶ谷と春陽をただの通行人だと思っているのだろう。しかし、磯ヶ谷は、男たちに向かって、指先を向けそのまま喉に当てた。
「がはああ」
男たち数人はその場に倒れる。
「また、始末書だ...」
磯ヶ谷はポケットから、小さい針金を取り出し、それをなれた手つきで鍵穴に刺し、カチャカチャと音を鳴らし、ドアノブに手を掛けた。
そして、春陽に目配せをする。
春陽は内ポケットに手を突っ込んだ。
「だ、誰や!!撮影の邪魔や!!」帽子を被り、ポロシャツを着た男は、叫んだ。恐らく監督であろう。
ベットには全裸の男女がいた。
磯ヶ谷は、無言だった。
春陽は、銃を構えている。引き金を引こうとしているのだ。
すると、次の瞬間、監督の首から、血が噴き出した。
「きゃー!!」
女は叫んだ。
「川村君は、女の人を撃ってください」
教師が生徒に指示するような口調で言った。
「は、はい」
春陽は、女の心臓を狙ったつもりが、右乳房に当たった。
女はメロンのようなものを持っていたが、それが、白い液体となって出ていった。
何だ、あの白い液体は...
女を殺すことに余計な思考が入ってきた。
後で説明されたが、女の名前は、紫吹ジュンと言った。
Kカップで、名をはせたが、それは、度重なる豊胸による結果であった。
白い液体の正体は、脂肪によるものである。
一発目は、何とか脂肪まみれの乳房が守った。
春陽はもっと距離を詰めなければならないと思った。
しかし、春陽は、両足を思いっきり開いて、腰を落として、両手で銃を構えている。
移動するときは、キャタピラのように動かなければならない。
全身を大の字にして構えている。
これは、相手が武器を持っていないからいいものの、それ以外では、的が大きいので余裕綽々で殺されることになる。
「ふーふー」
磯ヶ谷が男優を殺し終えた後で、春陽は荒い呼吸をしながら、紫吹ジュンを撃った。
二人は部屋を出た。
磯ヶ谷は電話を掛ける。
そして、車に戻るまで、磯ヶ谷は、春陽の肩を貸した。
「おつかれさま」
「は、はい」
「あれが女の正体だ」
「え」
「あの白い液体さ...あれは脂肪。つまり、豊胸を繰り返してああなったのさ。あそこまで来ると醜い..」
それ以降磯ヶ谷は、何も言わなかった。
小畑は、知人の警察や、興信所、引っ越し業者、防犯カメラをジャック、弁護士や不動産屋など、情報を得るためには、金を惜しまなかった。
そして、その結果、一人の男が、ホテルのスイートルームに招かれているのを知る。
その男は、まるでホームレスのような恰好をしている。
「この男が....大塚....」
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