第3話

 失意の中、春陽が歩いていると、黒いスーツを着た男が、声を掛けてきた。

 いかにも、役員然とした態度であった

「山田...じゃないや、川村春樹くんだね?」

「は、はい...」

「私、こういうもんだが...」

 名刺には、衛生省・衛生管理部・部長・岡田和親と書かれていた。

「はあ、衛生省...」

 明らかな不審者だと思った、山田はそこから離れようとしたが、足を止めることになった。

「母親を殺したのは君だね?」

「な、何の話ですか?」

「ははは。ここには誰もいないし、隠さなくてもいい。むしろどんどん言ってほしいんだ」

 ますます怪しいので逃げようとするが、男は、春陽の腕を掴んだ。

「実はあの死体、見つかって警察が捜査してるんだけど、捜査を打ち切ることになったんだ?何でか分かる?」

 春陽はかぶりをふる。

「それはね。僕たちが、辞めるように指示したからさ」

 言っている意味が分からず、戸惑っていると、男は、優しく微笑みかけた。しかし、目は笑っていなかった。安心させようという努力は買うが、春陽には恐怖しか感じなかった。

「まるで信じられていないようだね。まあ、世間にはまだ秘密にしてる段階だから当たり前なんだけど...」

 続けて岡田は言う

「僕たちはね。学校で言う風紀委員みたいなことをやっているんだ。学校では風紀委員ってどんなことやってるの?」

「先生の代わりに、細かいことまで注意してきます...」

「そうだよね。それをそのまま当てはめると、法律や治安を守るのは、警察がやってくれるんだけど、それ以外の風紀は我々に一任されているんだ」

 何を言っているか分からず、茫然としている。

「まあ、子供には、難しい話だよね。言えないこともあるし。それはそれとして、君は、この町の風紀を知らず知らず守ってくれたことになるんだ」

 母親を殺したことと何の関係があるのだろうか

 確かに自分は、母親を殺している。

 河川敷で自転車をこいでいる母親を殺したのだ。

「春陽。お母さん遅くなるから、ご飯、お父さんとチンして食べてね」

「どうしたの?」

「ABeLaの取材に行くの」

 ABeLaとは、テレビ局傘下のネットの放送局であった。

「お母さん...」

「なあに?お母さん急いでいるの?」

「こんなことやめてよ...」

「誰があなたを生んだと思ってるの?私の人生は私のものなの...」

 そらは何度言っても耳を貸さなかった。

「そんなの気にすることないのよ...」

 帰ってくる返事はそれだけであった。

「ああああああああああ!!!」

 自転車をこいでいるそらの後頭部に、衝撃が走った。

 そらは、自転車から転げ落ち、地面に、肘をすりむいた。

 頭からは血が出ている。

 そこをすかさず、何度も殴打した。

 手に持っているのは、木の角材だった。

「やめて!やめ...やめて、春陽....」

 春陽は規制をあげながら、木材で何度も母親を殴打し、ついに動かなくなった。

「お母さん?お母さん!!」

 母親は冷たくなっている。

「何で、何で冷たいの....」

 春陽は急に冷静になった。

 春陽は母親を担ぎ上げると、浅瀬の川を歩くために、靴下を脱ぎ、制服のズボンをまくり上げた。

 そして、川の中に生い茂っている草の中に母親を置いた。

 すると、鳥の群れが、母親めがけて大量に飛んできたのだ。

 春陽は、引き返し、そのまま帰ることとなった。

 

 家に帰り、電話がかかってきた。

「もしもし?ABeLaの者ですが、山田そらさんはいらっしゃいますか?」

「いいえ。母親はまだ帰っておりません」

「そうですか。お母さんが見えたら、連絡するように言っといてね」

 もちろん、二度と連絡することはなかった。


「だからね。君は誇らしいことをしたんだ。山田そらの懸賞金は確か」

 男はスマホを見た。

「うん、まあ、それくらいが妥当だよな。いやあ、ホントにありがとう。お礼にこれを受け取ってほしいんだ」

 岡田は持っているアタッシュケースを、春陽に渡した。

「中身を確認してほしい」

 見ると、見た子もないような札束があった。

「何ですか?これ...」

「見ての通りお金だよ。今回はレアケースなんだけどね。彼女には懸賞金が掛けられていたんだ」

「どうして、母に..?」

「君と同じ思いだよ」

「僕と?」

「うん。お母さんは、言うなれば、町の風紀を乱す存在なんだ。だから殺す」

 岡田ははっきりと告げた。

「協力してくれないか?」

「協力?」

「うん。君みたいに親が風紀を乱す存在だったせいで、苦しむ人がたくさんいる。その人たちを救いたいんだ。君はもう、普通の人生を歩めない。でも、その人を減らす方法を一緒に模索していかないか?」

 岡田は、掴んでいた腕を離し、手をやさしく包んだ。

「了承してくれるなら、身分の保証となる物を、一式持ってきてくれ。あ、準備だけしてくれればいいよ。僕が迎えに行くから、明日返事をくれ」

 男は去っていった。


「おはよう、春陽君。例の件、考えてくれたかい?」

 岡田はにこやかに言った。

 すると、玄関から父親が出てきた。

「おい、保険証なんて持って行ってどうしたんだ?」

 岡田と父親の目が合った

「あんた、誰や?」

「わたくし、衛生省の岡田と申します」

「衛生省?」

「たしか、あなたも抹殺対象に入ってましたね」

 岡田は間髪入れずに、父親に拳銃を向け、太ももに撃った。

「があああああああ!!!」

 そして、春陽に拳銃を手渡した。

「さあ」

「え」

「今撃てば、我々の仲間ですよ。彼は、風紀を乱すものですから」

「春陽....やめてくれ...俺を助けてくれ...」

「大丈夫。罪に問われることはありません。父親を撃っても。撃たないと、あなたも抹殺対象になるかもしれない」

「な、なんで...」

「風紀を乱すものを肯定するのも、同罪だからです」

 春陽は、うずくまっている父親に拳銃を向けた。

「一度母親を殺したんです。一人も二人も同じですよ」

「春陽...お前...そらを...」

 父親は、ショックのあまり泣き出しそうになった。

「ああああああああ!!」

 春陽は叫びながら、父親の脳天を撃った。

「腕がしびれてませんか?」

 岡田は能天気に言った。

「大丈夫です」

 

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