第2話
和久井はアタッシュケースを、開けると途方もない金額を見た。
夢のようであった。
和久井は、大塚智弘と書かれた免許証と、バケツとライターをもって、ベランダに出た。
ほこりが被った古い換気扇が、不快な音を立てている。
胸ポケットから、煙草を一本出して、それを吸った。
煙が、吐かれた。
免許証をバケツの中に入れ、油をかけて、火を放った。
それで燃えるのかという疑念はあるだろうが、和久井は、燃える免許証を眺めていた。
和久井が住んでいるアパートは、古く、部屋には、風呂はついていなかった。
何日かに一回風呂に入っている。
金を得ても、心は一向に満たされなかった。
「妻は、妻はどこに行ったのですか?」
「現在捜索中でして....」
「早く見つけてください!!」
男は泣きながら、叫んでいた。
その後ろで、中学生くらいの少年が、父親をなだめていた。
「お父さん。お母さんは絶対見つかるよ...」
「お前に俺の苦しみが分かるか!!」
男は息子に怒るが
「俺だって、お母さんが帰ってこなくて心配だよ....でも、刑事さんだって、探してくれるんじゃないか。すいません刑事さん」
「すまない。力及ばず...」
「そら....早く帰ってきておくれよ...」
男は泣いていた。
捜索本部では...
「部長...それってどういう意味ですか?」
「だから、死んでるんだよ。山田そらは...」
「じゃあ、旦那さんが悲しむから、そんなことを言わないんですよね!」
若い刑事は半ば混乱していたが。
「お前にわかりやすく言ってやろう。上ははぐらかせと言ってるんだ...」
「冗談ですよね」
「本気だよ」
「そんなことをすれば、警察の信用は地に落ちますよ」
「くくく...お前は、本当に何も知らないんだな」
「え」
「まあ、いいさ。そのうち分かることだからな。くれぐれも世間に公表するような真似はするなよ」
世間では、山田そらの行方不明を報道していた。世論は、当初は警察を非難していたが、徐々にその火は収まっていくこととなった。
山田そらは、とある河川敷の草の中で、バラバラになって発見された。近隣住民がそれを発見し警察に通報。
死体の身元が山田そら、本名川村そらだと判明する。
しかし、警察は、それを家族に報告せず、そのまま処分したのであった。
川村そらは、元AV女優で、この日は、ネットの番組のインタビューを受ける予定だったことが、判明している。
その日の晩に連絡も何もない夫が、警察に捜索願を出した。
それから、すでに2週間はたっていた。
しかし、いまだに何の進展もない捜査に夫は憤りを感じていたのだ。
そればかりか、息子がやけに落ち着いていることも気に入らなかった。
川村そらの息子の名前は春陽と言った。
中学2年生であった。
「行くときはいってらっしゃいでしょ!」
母親のそのような声を2週間も聞いていない。
春陽は、母親を愛していなかった。それどころか憎んでいるのだ。
憂鬱なまま学校に向かった。
「いたっ」
靴箱で、上履きに履き替えようとすると、痛みが生じた。
靴底を見ると、画びょうが刺さっていたのだ。
誰かが刺したのは間違いない。それに、刺した相手はおおよそ見当はついているが問い詰めたところではぐらかされるだけだ。
そして、教室に入ると、黒板のとあるところに、印刷した紙が貼ってあった。それを見て、春陽は、静かに怒った。
黙々とそれを剥がしていく。
母親の交尾をしている写真であった。
その横には、チョークで、山田春陽の母親と書かれていた。
名前は川村だが、同級生からは特に男子からは、山田と言われている。
母親の芸名が山田そらだからであった。
体育の教師も時々
「山田...じゃなくて、川村!」と言い間違えることがあった。山田で定着してしまっているのだ。
なぜ、それが発覚しているのかというと、川村そらが、積極的に前に出ているからであった
「AV女優は、恥ずかしくない!勝手に他人の家庭の価値観に口出しするな!」
これが基本的な理念であった。
しかし、息子にとってはいい迷惑極まりない。
とはいっても、川村は自らAV女優だと名乗り出ているわけではなく、どこからか情報が洩れ、それがたまたま伝わっただけであった。
そして運悪く、息子の同級生にそれが知られてしまい、毎日このような目に逢っている。
学校を休みたいと言っても、父親がそれを許さなかった。
「だって、お母さんがAV女優だったんだもん」とは死んでも言えない。春陽はただただやり過ごすしかできなかった。
そんな母親がいなくなったのだ。
母親が行方不明となってから、心配するものも徐々に増えてきたが、やはり、いじめが収まることはなかった。
「え、あの黒板に書いてあることってホントなの?」
クラスメイトの向井という男が、ニタニタと笑いながら、春陽に聞いた。
それを無視すると
「おい、聞いてんのかよ!そう言って、春陽の尻を蹴った。春陽は前に倒れこんだ。
「だせえな。ははは。お前には、ほこり被ってる方が似合ってるよ」
そう言って笑っていた。
母親が死んでも、毎日こんなことを言われなければならないのか...
春陽はそれに耐えることしかできなかった。
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