けがれなき町

パンチ☆太郎

第1話

 午後10時半ごろ

 女、浅野麗美は、高層マンションから、夜景に照らされながら、ワインをたしなんでいた。

 ワインクーラーには、いくつもの、ワインボトルがあり、それをたしなむのが日課になっている。

 ミンクのガウンを羽織り、カーテンを開けて、窓を眺めながら、グラスに口を付ける。

 鼻腔に、ブドウの香りが広がり、口元には、苦みが広がる。

 部屋の明かりは、あえて暗くしてある。その分、夜景が際立つからだ。

 インターホンが鳴った。

「はーい」グラスを静かに置き、それに出た。

「宅急便です」

 男の配達員が、荷物を届けに来た。モニターに映る緑を基調とした制服は、マンションの背景には浮いていた。

 配達員が来ること自体は、毎日あることなので、いちいち気にしているのではない。無意識の中で麗美の心に生じるものであった。

 しばらくすると、エレベータから上がってくる気配を感じ、玄関まで歩く。

 そして、そこに着くと、ゆっくりとドアを開けた。

 何かあったときのための一応の護身である。

 麗美は、張り付いたような笑顔で男に対応しようとすると、男は帽子をあげて、口の端吊り上がらせて、麗美を見た。まるで、獲物を狙う獣のような。そんな目であった。

「久しぶりだな。明美」

 男の知っている名で麗美を呼んだ。

 宛先に名前が書いてあるので、本名は知っているが、動揺を誘うためであった。

「あんた...」

 男は、荷物をそっと手渡した。

 片手で持つには、重く、両手で持つと少し軽いようなそんなサイズ感の荷物であった。

 ワレモノ注意と書かれている。

 中身までは分からないが、箱についているシールがグラスであることから、男はグラスのようなものを想像している。

 麗美は、思わず、それを手に取ってしまう。

 しまったと思った時には、すでに、手はふさがっていた。

 男は、麗美の腹に、包丁を押し込んだ。

 麗美は、驚きの症状を隠せなかった。

 随分押し込んでから、男は、包丁を抜いた。

 麗美は手元から段ボールを落とした。

 男は、立ち尽くして、腹からだらだらと血を流している麗美を押し倒した。

 さっきまで、吊り上がっていた口元は今度は歪んでいた。

「俺は、ストーカーじゃねえ!!」

 男は何度も包丁を突き刺した。

 しかし、人はそう簡単には死なない。

 下腹部には力が入らないが、上半身で必死に抵抗をする。

 麗美は恐怖におののいていた。

 腹の下が燃えるように痛い。

 男は必死で抵抗する麗美の腕や、足を何度も刺した。

 爪でひっかこうとしたりするが、ネイルがボロボロになるだけで、大した効果はなかった。

 しばらくすると、麗美は動かなくなった。

 ミンクのガウンは、素肌がむき出しでボロボロになっている。

 男は血の海の中で茫然としていた。


 午前9時

 とある高層マンションで、浅野麗美、28歳が死亡していることが確認された。麗美の彼氏が、家を訪れたことにより、玄関先で倒れている彼女を発見し、警察の通報した。顔が青白い。

 モニターには、配達員の顔が映っており、防犯カメラにも姿を確認できたことから、犯人はすぐに捕まる物だと思っていたが、警察は解決に難航していた。

 犯人は、明確な殺意をもって、彼女に近づき、殺害を行っており、死亡状況もそのままの事から、衝動的に殺害している。

 しかし、犯人の足取りはつかめずにいた。

 犯人の名前は、大塚智弘、56歳で、彼は彼女の通っているラウンジの常連客で、すでに、1000万近くは貢いでいた。

「警察は犯人分かってるんだろ!!だったら、大塚をさっさと捕まえろよ!!」

 麗美の彼氏、小畑誠二郎は、面会室でそう叫んでいた。

「我々も尽力しているところであります」

 捜査チームは殺害の動機を逆恨みによる、殺害と認定した。

「星は、被害者浅野麗美に対し、貸付金の返還裁判を行ったものの、敗訴し、更に、店に直接返還を求めたところ、ストーカー規制法の適用を受け、1000万円は、未回収になったとのことです」

「今すぐ!星をあげる!」

「はい!」

 しかし、逮捕することはできずに、上から、捜査を打ち切られることとなった。

「何故ですか、所長!」

 捜査チーム長、小田切はそういうが...

「上からの通達だ。星をあげれん以上、捜査規模は縮小するほかない!我々は他にも仕事があるのだ」

「小畑には、くれぐれも、このことを漏らすなよ」


 これだけの惨劇を、マスコミは、面白おかしなタイトルで取り上げた。

 有体に言えば、これは「ストーカー殺人」だが、マスコミは、犯罪の動機などを、深く掘り下げていった。

 そして、世論は、浅野麗美に非難が集まった。

「男をだまして奪った金で店を開くのが悪いね」

「因果応報」

「男をたぶらかして風紀を乱すような産業はなくなった方がいい」

 そのような声が集まり、いつしか人々は関心をなくしていった。


 ぼさぼさの髪の毛に、無精ひげ、近づけば何の匂いか分からないような、不潔な男が、その身分に見使わないような、ホテルに来ていた。

 そのホテルのとある一室に、悠然と入っていく。

「お疲れ。和久井くん」

 男は、ベットに寝転がり、脇に女の頭を抱えていた。目の前にいる男を知っている名前で呼ぶ。

「そこにアタッシュケースがある。中身を確認したまえ」

 開けると、見たこともないような札束が入っていた。

「今回は、特に有害だからね...それくらいの報酬も当然というものだ」

「ありがとうございます」

 和久井と呼ばれた男は、その場から去った。

「ねえ、あの人誰?」

 バスローブの髪が濡れた女が尋ねると

「君みたいなのを、掃除する人間だよ」

 男はそう言って、拳銃を女の額に突き付けた。

「え」

「バン」男はそう口にしてから、引き金を引いた。

 拳銃の乾いた音が鳴り、女は額から血を流して、動かなくなった。

「ふう、これだから、汚れた女は嫌いなんだ」

 そう言って、男は電話を掛けた

「俺だ。今すぐ掃除に来てくれ」


 

 

 

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