第19話 彼女の本性(プロローグ)

ピンポーン


私は、親友の美月の家のインターホンを鳴らす。


その日は、いつにも増して肌寒かった。


吐く息がふわりと白く揺れる。

思わず、首元のマフラーをきゅっと掴む。


LIMEを既読スルーしたこと、まだ怒ってるかなぁ…と思わず不安になる。


記憶がフラッシュバックするたびに、罪悪感で胸が痛い。


居ても立っても居られなくて謝りたくて来ちゃったけど、流石に迷惑かな…?


頭の中で不安がぐるぐる駆け巡る。そもそも出てくれないんじゃ…


だが、ほどなくして、ガチャリとワインレッドの扉が開いた。


「いらっしゃい、愛ちゃん!」


にこり、と満面の笑みで美月が迎える。


今日はピンク色のフリル服に、水色のスラックスを着ていた。


モデルらしい長い脚と抜群のスタイルが、彼女によく映えている。


相変わらず綺麗な女の子だ。

いつも会っているけれど、私服姿は未だに見慣れない。


「えへへ、今日はちょっとお洒落しちゃった。お家デートなのに…やりすぎかな?」


「そんな事ないよ!ジャストフィットしてるし、何よりすごく可愛い!」


「…ふふ。なら良かった。愛ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいなぁ」


頬を緩めた彼女は、私を家へと手招く。

その顔には、怒りを微塵も感じられなかった。


良かった、いつもの──私の大好きな美月だ。

ほっと安堵して、美月の家へと足を踏み入れる。


あれ…でも、私美月の家に行くなんてのにどうして美月はそのことを知っていたのだろう?


まあ、今はそんなこと気にしなくてもいいか。


そう思うと、美月の二階建ての家を見上げる。


相変わらず、大きな一軒家だな。


白い外壁は午後の日差しを受けて柔らかく輝き、二階の窓からは薄いレースのカーテンが揺れ、家全体がどこか静謐な空気感を醸し出している。


郊外とはいえ、こんな立派な家はそうそう住めるものではない。美月に小さな羨ましさを感じると、玄関で靴を脱いだ。


「お邪魔します…」


「別にいいよ、そんなにかしこまらなくて。親もいないんだし」


家の中は電気が消され、外から柔らかな日差しだけが差し込んでいた。


外見同様に整頓されていたその内装は、生活感を感じない。なんだか、ドラマのセットのように感じる。


なんだか美月の優しい雰囲気に流されてしまいそうだが、やっぱり親友である以上、謝罪はしっかりすべきだと思った私は、口を開く。


「あ、あの、今日は美月にちゃんと謝んなきゃって思って…」


「んー?昨日のこと?」


「そ、そう。美月を傷つけちゃったんだし…」


「気にしないでよ、もう怒ってないから」


その声色はどこまでも穏やかで、優しかった。

なぜだろうか。その言葉に全身の毛穴が粟立ち、体温が引いていくのを感じる。


そんな私を他所に、美月は淡々と告げる。


「じゃあ2階にある私の部屋、行こっか」


「!」


「この前、愛ちゃんが来たときは少し散らかってたんだけど、今はきれいにしてあるから。楽しみにしてて」


「うん!期待してる」


私たちは、家の奥にある狭い階段を上る。

2階にある2つの扉の内、階段に近い方のドアノブに手をかける。


「はい!ここが私の部屋だよ」


キィ、と音を立てて彼女が扉を開く。


さぞかし美月の雰囲気に合うお洒落な部屋なのだろう。

そんな私の期待と幻想は、一瞬にして砕け散る。


「え………?」


私の目の前に広がった光景は、ただただおぞましいものであった。


壁に貼り付けられたのは6枚の大きなモニター。

そこには、私の家のリビング、私の部屋、お風呂、トイレ、脱衣所が映り込んでいた。


もう一枚のモニターにはGPS。

愛ちゃん❤️と書かれたピンがこの家を指していた。


そしてそれ以外の壁の隙間は、びっちりと私の写真で埋め尽くされている。


どこを見ても私、私、私。

美月とツーショットで写っている私、一緒に撮ったプリクラの私、遠足の私、小学校の卒業写真の私、幼稚園の頃、運動会で転んで大泣きしている私、学生証の私、赤ちゃんの頃の私、お風呂に入っている私、


──私、私、私私私私私私私わたし私私私、、、


言葉が出なかった。


私はただただ立ち尽くしていたが、次第に腹の奥からどろどろとした嫌悪感が込み上げてくる。


「…うぅっ、おぅええぇっ」


思わず催して床に吐き出す。

ホコリひとつない清潔な床を吐瀉物が汚していく。


ピンク色の照明に照らされたメルヘンなこの空間が気色悪かった。


悪い夢でも見てるのかと思ったが、これは現実だ。

これが、親友の部屋。


「愛ちゃん、大丈夫?」


美月は、私の背後に立つとそっと私の背中を撫でてくる。

その手は子供を気遣う母親のようにどこまでも柔らかく、包み込むようであった。


光のない瞳が私を見つめる。

ドクン、と心臓が跳ねる。ドク、ドク、ドク、ドク。


心臓が低く強く鼓動を鳴らす。


隣に立つ親友は、もはや親友ではない。

それでも、私は彼女を未だに親友だと思いたかった。





****


遂にひび割れた2人の友情。

愛は美月に問いかけるも、美月はもう笑えなくなっていた。


次回──第20話 美月の拒絶、愛の依存



最後までご覧いただきありがとうございます!


美月と愛の結末が少しでも気になる方は⭐︎やコメントを残していただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします!


本日もう一本投稿します!

完結まであと4話!(予定)

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