第14話 通知音。

次の日の放課後、学校の教室。

私の隣の席に、美月はいなかった。


体調が優れないらしい。


いつもなら「私も学校休めば良かったー」なんて思う場面だけど、今日だけは少しほっとしている。


今日は、美月と顔を合わせなくてもいいから。


冬の寒気のせいか、学校の空気は妙に乾いていた。


美月のいない世界は彩度が低い。


私は鞄を背負うと、モノトーンの廊下をひとり歩き始めた。


1人で帰るなんていつぶりだろうか。


少なくとも二学期の間は、ずっと美月と一緒に帰ってたからな。


学校の敷地を出ると、北風が空気を切る音だけが聞こえる。


…隣に、誰もいないとこんなに静かなんだ。


静寂を踏みしめながら、歩き続ける。


曇り空の下、アスファルトにコツコツと足音が鳴る。


分かれ道に差し掛かった時、ふと足を止めた。


このまま真っすぐ行けば、私の家。

曲がれば、美月の家だ。


美月の家、行くべきかな。


足が重い。美月と会うのが怖い。


けど、美月が体調悪いなら会いに行くべきなんじゃないかな…


きっと私がきたら美月も喜んでくれるし、もし今なら、引き返せるのかも…

美月とまだ直接顔を合わせていない今なら…


それだけ思って、下を向くと私は真っすぐ道を歩み始めた。


やっぱり、美月と会うのは怖かった。


やがて北風の音すらも聞こえなくなり、辺りは不気味なほどの静けさに包まれていた。


……


家の扉を開けると、玄関からは美月の香りがした。


それに、私の部屋でもところどころ物の配置が変わってるような…


…気のせいだよね。


私は自分にそう言い聞かせる。


やっぱり美月とのことで、少しまいってるのだろう。


家に着くと、何もしなくとも時間はあっという間に流れていった。


午後9時。


「…もう寝るか」


いつもならまだ起きてる時間帯だが、今日は異様なまでに身体がだるく、眠かった。


美月に対しての罪悪感。りせちゃんと過ごした幸福感。

そのどちらでもない、得体の知れないヘドロのようなものが、心に貼り付いている。


ソファに倒れこんだ身体をゆっくりと起こすと、フラフラした足取りでベッドに向かう。


ベッドに身体を預けると、即座に力が抜けていく。


そのまま、まぶたを閉じると、眠りに落ちていくのは簡単だった。






ピロン。


その小さな電子音が、夜の静寂を、そして深い眠りを切り裂いた。


私は、ベッドの上でゆっくりと目を開ける。


時刻は、深夜2時17分。


街灯の光だけが部屋に淡く差し込んでいた。


なんだか寒気と胸騒ぎがする。


私は震える指先で、そっとスマホの画面をつけた。


>愛ちゃん…ちょっといいかな…


画面越しでも分かるような弱弱しい文字。

ロック画面に浮かぶその通知は、美月からだった。


あまりにも場違いな時間帯に送られたメッセージ。


美月がこんな時間に送ってくることなんてなかった。


睡眠不足は肌の天敵だから、モデル活動に支障が出るといけないし、夜更かしできない…って話をしてたのを思い出す。


なのに、どうして今…


震える指でロックを解除しようとした次の瞬間、ピロンと音が鳴る。


>あ、起きてくれたんだ

>嬉しいなぁ


その言葉に、ドクンと心臓が鼓動打つ。


まだ既読つけてないのに、どうして私が起きてるって分かるの…?


身の毛がよだち、心臓がバクバクと音を立てる。


ピロン。


>愛ちゃん、何で私を避けるのかな


ピロン。


>というか、そもそもごめんって何?


ピロン。

>何か私に謝るようなことしたの?


ピロン

>例えば浮気とか?


ピロン

>まあそんなことするわけないか


ピロン

>だって愛ちゃんだもんね


ピロン

>愛ちゃんは私と一番仲良いし


ピロン


>聞いてる?

>こんな夜中だけど、おきてるの知ってるよ

>ねえ愛ちゃん

>未読ってなくない?

>愛ちゃーん

>ねえ へんじして


ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン────


通知は、一向に鳴り止まない。


得体の知れないものと遭遇したような恐怖だけが、私の身体を支配していた。


美月、どうしちゃったの?


身体中に汗をかいてるのに、内臓ごと震えるように寒い。


ピロポロリン♪


また通知音が鳴った。


けど、今度はLIMEじゃない。

スマホの設定していないはずの、聞いたことのない通知音だった。


画面に、見慣れないアプリの通知が浮かぶ。


【位置情報が更新されました】


……え?


そんなアプリ、入れた覚えない。


スマホは勝手にロック画面を解除すると、アプリを起動する。


恐怖におののいた気道がギュっと閉まり、息が苦しくなった。


何が起こっているの…!?


そして地図アプリのような画面が表示されて──

中央に赤い点がひとつ。


そして、その点の上に、見慣れた名前が出ていた。


「高野美月・オンライン」


なんで……?

どうして美月の位置情報が──私のスマホに?


意味が分からない。

理解が追いつかない。


けれど、画面の中の赤い点は、家のすぐ近くでゆっくりと動いていた。


まるで、何かを探すように。


身体中が冷や汗で濡れていく。


嘘だ。そんなはずない。

美月がこんな時間に、家の近くにいるなんて。


赤い点が、どんどん私の家に近づいてくる。


その度に、ドク、ドクと心臓がはやる。


ピロン。


また、通知音。今度はLIME。


ピロン

>うーん、もうすこしかな?


ピロン

>あ、みえてきた


ピロン

>もうつくよー


外からアスファルトを打つ足音が聞こえる。

廊下に面した窓から、影が映る。


次の瞬間だった。


コンコン。


「────────────っ!!!!」


私の部屋の窓がノックされる。


「来たよ、愛ちゃん」


美月の声だ。


すぐそばにいるんだ。美月が。


心臓が痛い。


何で?分からない。


「ほら、いるんでしょ?」


冷たい声で、私に問いかける。


こっちが聞きたいよ。


何でいるの?

何で私の家、分かったの?


私、美月に自分の家の場所なんて教えたことないのに───!




****



遂に、完全に亀裂が入ってしまった2人の関係。

恐怖の一夜が明けた時、愛は美月にどう立ち向かうのか。


次回──第15話 歪んだ対面、彼女の仮面(仮)





最後までご覧いただきありがとうございます!


美月と愛の結末が少しでも気になる方は⭐︎やコメントを残していただけると、大変励みになりますので、よろしくお願いします。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る