『ホームシェアキーパー 』〜開かずの部屋と魔法少女〜

荒野の高等遊民5号

第2話

イラスト有(noteへリンク)

https://note.com/witty_gnu512/n/n6136bec0522f


「えっと、派遣会社の方ですか?」

扉越しに微かに聞こえた男性の低い声。


「はい。中野ひろ子です。今日から、

お世話になります」

それもまた、蚊の鳴くような声だった。


ドア一枚を隔てた会話。互いに姿は見えない。

佐藤優介は、膝を抱えたまま小さくため息を

ついた。


「僕の部屋には、入らなくていいです。

冷蔵庫の中身は減ったら買ってきてもらえ

れば。あとは洗濯と掃除……まあ、好き

にしてください」


「わかりました」

それだけ。

会話はそこで途切れた。


玄関ドアが少し開いたのでひろ子は恐る恐

る家の中に入ったが、優介は部屋にこもっ

たようでいなかった。


数日後

ひろ子と優介は優介の部屋のドアを隔てて

会話していたが、ひろ子は3日ほどで家の

中を把握した。


「あの、冷蔵庫、牛乳、なくなってま

したから……買ってきました」


「あ、ありがとう。お金後でテーブル

において置きますのでレシートおいて置い

て下さい」


「佐藤さんあと、食事おいて置きます」


返事はいつも通り。

沈黙が部屋の外と中に満ちる。


優介は部屋のドアを開け、廊下に置かれた

食事に目を落とした。


そこには買ってきた惣菜に混じって、

手作りの卵焼きが置かれていた。


(自分で、作ったのか?)


一週間後

「ねぇ」

勇気を振り絞るように、優介がひろ子に

声をかける。


「はい……」


「その……少女漫画、好きなの?」

ソファーのテーブルに置かれたコミックを

見た優介が声をかけた。


「は、はい」

ひろ子の声が少しだけ柔らかくなる。


「俺も、実は……魔法少女アニメとか、

好きで、それもよく見てた」


沈黙。

だが、その沈黙は少しだけ温かかった。

「ほ、ほんとに?…」


「チョットだけ話してもいい?」

「は、はい」


初めての食卓

キッチンのテーブルに向かい合って、

二人は黙々と夕食を食べている。

優介はカレーをすくい、ひろ子はサラダを

口に運ぶ。


「こうして誰かと一緒に食べるの、

久しぶりだ、何年ぶりだろう」


「わたしも。小学校から大学、就職し

ても、ずーと一人でした……」


言葉は途切れがちだが、不思議と辛くは

ない。何となく二人の波長が合った瞬間

だった。そこからはお互い心を開いた。


魔法少女の提案

「ひろ子さん」


「はい?」


「もしよかったら、さ……コスプレして

みない?」


「えっ」


「俺、裁縫とかできるんだ。昔から作って

みたかったんだよ、衣装。でも、着る人が

いなくて……」


ひろ子は目を丸くし、次の瞬間うつむいた。


「わ、わたしなんか、無理ですよ」


「いや、絶対似合うって。今のままじゃな

くてさ一緒に、ちょっと変わってみない?」


「変わる?」


「そう。体形も、見た目も、気持ちも」


ひろ子はしばらく黙ったまま、さっき読んで

いた少女漫画のヒロインが、勇気を出して立

ち上がる場面が思い浮かんだ。


「やってみたい、かも」


二か月後

一部屋をトレーニングルームにして、二人で

毎日、励まし合いながらハードなトレーニン

グを続けていた。


「すごい……俺、腹筋割れてきた!」


「わたしも…ジーンズ、ゆるくなりました」


汗を拭いながら、ふたりは思わず向かい合っ

て笑った。


三か月後

「じゃ、採寸するぞ。腕広げて」


「えっ……わ、わたしまだ太いですよ」


「いや、理想的だって。バランスいいよ」


優介は真剣にメジャーを当て、ノートに

数字を書き込んだ。

ひろ子の顔は真っ赤だった。


変 身

「これ、コンタクト。つけてみて」


「怖いです」


「大丈夫、大丈夫。俺だってさ、今日

……美容室行ったんだ、勇気出した」


部屋から出て来た優介は、以前の無精ヒゲ

もなく、柔らかい髪型に整えられていた。

ひろ子は目を見張った。


「すごい。誰かと思いました」


「ひろ子さんも、変われるよ。俺が

メイクするから」


鏡の前に座らされ、筆が走る。

頬に色が差し、唇に艶が灯る。


「わ、わたし……」


「アイドルみたいで可愛いよ」


その言葉に、ひろ子の目が揺れた。


数日後、コスプレ大会舞台の上

「ひ、ひとがいっぱい……!」


「大丈夫。俺がいる」


ステージに立つひろ子は、魔法少女の衣装

を身にまとい、カメラマンたちの光を浴び

ていた。震える手を優介がそっと握る。


「ほら、ポーズだ。勇気を出せ」


深呼吸。

ひろ子は両手を広げ、魔法のステッキを

掲げた。


「わたし、変われた!」


観客の歓声。

次々にポーズを決めるひろ子の笑顔は、

もう無口で暗い少女ではなかった。


審査結果発表

「――最優秀賞は……中野ひろ子さん!」


名前を呼ばれた瞬間、ひろ子は呆然と立ち

尽くした。駆け寄る優介。


「やったな!」


「夢……ですか?」


「夢なんかじゃない!」


ふたりは抱き合い、溢れる涙が抑えられ

なかった。ステージのライトが、彼らを

優しく包んでいた。


おわり

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