読み返す

益田ふゆつぐ

読み返す

 住まいを整理した。

 小さな物置の奥から読み終わって以来仕舞い込んでしまった本が何冊も現れた。

 仕舞う場所に困ったハードカバーの書籍だったり、雑多な資料本だったり、表にある本棚に仕舞うには内容がイマイチだった文庫本も隙間に詰め込まれて、束の間掃除の手が止まる。

 そんな中から一冊、ふと読み返したい衝動に駆られた書籍があった。

 「怪談生活(著・高原英理)」という本で、著者が収集した怪談や奇談の類だけでなく、古い文献からの引用も多くあり江戸から現代までの怪談を広く取り扱ったエッセイだ。

 この本を購入したのは挟まっていたレシートによると2017年の7月30日のこと。

 どうやら私の中で定期的に怪談ブームが起こるらしい。ちなみに今はYouTubeで怪談を聞くのを楽しんでいる。推している怪談師もいる。

 それはさておき、記憶を辿ってみると私の最初の怪談ブームは小学生の時分だったように思う。

 学校の怪談ブームが世間で巻き起こっていた頃合いだっただろうか。それとも、教室に置かれていた怪談本を読んだことがきっかけだっただろうか。

 その辺りは定かではない。

 家族やその知人に「怖い話はないか」と聞いて回っていた。芳しい成果は得られず、空振りに終わって落胆したことだけは妙に生々しく思い出されるのが少し不思議だ。肝心の怪談は殆ど憶えていないのに。

 ただ、「怖い話を聞かせて」とせがんだわけでもないのに聞かせてもらった話を今日ひとつ思い出した。

 せっかくなので、ここに記そうと思う。


 聞かせてもらったのは、私が小学生の低学年だった頃。

 暑かったことは憶えている。きっと夏だろう。夏休みかもしれない。私はその時、朝からずっと家にいて小ぶりなスイカを貰ったからだ。

 くれたのは近所に住んでいるお小言の多い口煩いおばあさんで、正直なところ子供達は私も含めて煙たがっていた。

 そんなおばあさんは毎朝畑仕事に行く。その畑は我が家のすぐ傍にあって、庭でボール遊びをしていてうっかり畑へ飛んでいってしまうことが幾度もあったものだ。

 その日、私は一人きりだったのだろうか。

 家族の気配はなかったような、そんな静かな日だった。

 私が縁側にいると、野良着のおばあさんが現れて、小さなスイカを私に手渡した。

 家族の居場所を聞かれた気もしたが、その辺りはよく憶えていない。

 私がスイカを貰ってあたふたしているのもお構いなしに、おばあさんが私に問いかけた。

「坊主頭の子、友達におるか」

「……おらん」

 唐突な質問に面食らった私に構わずおばあさんが話す。

「朝、畑で仕事しよったら、ひょこひょこかくれんぼみちょうなことしよるけぇ、やれん。スイカあげるけぇ、一緒に食べて友達になって遊んじゃりんさい」

 得体のしれない子供と友達になれと言われて、何と答えるのが正解なのか分からず黙ってしまった私に構わずおばあさんは帰って行ってしまった。

 特にこの話には後日談もなく、おばあさんは相変わらずだったし、私も今日まですっかり忘れていた。スイカがどうなったかも全く思い出せない。

 おばあさんが見た子供は何だったのだろう。

 そんなことを考えてみる。

 記憶にある限り、おばあさんの畑は背丈の高い野菜を育ていたわけではないはずだ。大根とか白菜を大量にお裾分けしてもらったことを憶えているし、飛び込んでしまったボールを探すのはいつも楽だった。

 それにかくれんぼというが、どんな風に隠れていたのだろう。そもそも隠れる場所などあるのか。

 件のおばあさんとも没交渉となり、今となっては訊いてみることも難しい。いつか私の祖母との茶飲み話の一つとして語られたのだろうか。


 古い記憶を辿るのは少し苦しい。

 もう会えない人のことを思い出し、もう行けない場所のことも思い出す。しかも記憶というのは不思議なもので、思い出そうと四苦八苦してもだめなのに、よく分からないきっかけで、よく分からないことをつぶさに頭の中に映し出したりもしてしまう。

 今回、おばあさんから聞かされた話を思い出したのも、よく分からない出来事がきっかけだった。きっと怪談を取り扱った本を読んでいたので、素地は脳内にあったのだろう。

 きっかけは職場で掃除をしていた時。

 床に血痕があった。大事件になるような量ではない。

 ぽつん。

 そんな感じで一滴だけ、床に落ちている。誰か鼻血でも出したのか。そんな具合だった。私はそれを雑巾で拭き、きれいになったことを確認して別の場所の掃除を始める。

 あちこちを色々と掃除し終え、抜けがないか確認してからその場を離れようとした時、床の一点に赤い汚れを発見した。

 血の跡だ。一滴。ぽつん、と。

 はて。しっかりと拭いたはずだが。

 もう一度、血を拭き取ってその場を離れた。雑巾の別々の場所に引き伸ばされた赤い汚れが残っている。

 掃除が終わって同僚に先程の血痕のことを話した。休憩時間のちょっとした茶飲み話程度のつもりだったのだが、同僚はあっけらかんと答える。

「ああ、あの部屋ね。そういうこと前もあったよ。気にしないで大丈夫」

 同僚に話を聞いて、次に血痕を発見したら天井もチェックしてみようと思っていたら、どういうわけかスイカを貰った時のことを思い出したのだ。

 案外、私達の周りではこういったことが起こっているのかもしれない。起こったことは、今日の私達のように誰かと誰かが茶飲み話として消費していくのだろう。

 そして、ある日の何気ない瞬間に、ふと思い出すのだ。

 仕舞い込んだ本を見つけて、読み返すように。

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