《人間ムカデもどき》③
「アンナくん、ボクはね、いわゆる天才霊能発明家なんだよ」
私の前に突然現れた、いい歳してボクっ子をしている年齢不詳の白衣の女が言う。
ここは、新島心霊事務所の看板を掲げている、住宅街から少し離れた場所にぽつんと立つ、とある民家だった。
白衣とスーツのダブル不審者に連れられ黒塗りの高級車に乗せられ、スーツの方の不審者が運転する車で屋敷と言って差し支えのない大きな和風の家に連れてこられて、大きな庭を歩いて、応接間に連れてこられて、黒壇のテーブル越しに私と新島は対峙している。
「そのメガネだけでも分かっただろ?」
「……それは分かりましたけど」
そうだ、この家につくまでの間、私は彼女に与えられたメガネをかけていたが、事実そこに幽霊の姿は全く見当たらなかった。
「このメガネをかけると、幽霊が見れなくなるんだ。とっても便利なメガネだろ?」
言いながら彼女がメガネをとると、幽霊が白衣の肩越しに見えた。またかけると、すぐに消える。
「ついでに言うと、さっきキミが使った札もボクの謹製だし、ユイナくんの証言を元にそろそろキミに霊感が目覚めると予想してカレンくんに周囲を張らせたのもボクだ」
「……あなたは何者なんですか」
「だから、天才霊能発明家で、新島心霊事務所の所長の、新島サキコだって」
「そうじゃなくて」
「じゃあキミはボクよりもうまく自分を説明できるのかい?」
「……ごめんね、所長はこういう人だから」
私の傍らで、立ったまま旭さんが言う。
「で、その天才の新島サキコさんが、何の用なんですか」
「単刀直入に言おう。同じく天才の御原アンナくん」
その言葉に私は面食らった。
「て、天才」
「そうだ、天才だよ。キミの霊能力は天才的だ。でなければ初めてであの札を使いこなせるはずがない」
思わず頬が緩みそうになるのを必死に堪えながら、続きを促す。
「あの札はユイナくん、キミのお姉さん用に完全にチューニングされていて、ここ一年ボクが探した霊能力者のなかで使いこなせる人間は誰ひとりいなかった。キミを除いて、誰一人としてね」
「……それで、何が言いたいんですか」
「簡単なことだよ。キミには、ボクたちの手伝いをお願いしたい、それだけさ」
「……それだけって言われても、それはつまり、さっきの化け物みたいなやつを倒す手伝いをしろってことですよね」
「うん、そうだよ。簡単だろ?」
「……まあ、難しくはなかったですけど」
「じゃあ、頼むよ」
「いやです」
「なんで」
「怖いから」
「大丈夫だって、そこののっぽが札貼ったあとは全部やってくれるからさ」
「私、子どもですけど。一五歳ですけど」
「だから?」
だからと来たか。
目の前の白衣は、どうやら常識が通用する相手ではないようだった。
「旭さんはどう思いますか」
「……わたしはまあ、アンナちゃんがいいなら別に」
「大人でしょあなた」
「二七です」
「ちなみにボクは二九だよ」
ろくでもない大人しかいなかった。
「霊能力者のセカイに年齢もクソもないのさ。それとも、アンナくんは気にならないのかな? ユイナくんが失踪した件について」
「……それは」
言葉が詰まる。
「ユイナくんはとある案件を処理している間に、唐突に失踪した。そして、彼女が失踪した後に、倒すべきだった悪霊も、依頼者ともども、どこかへ消えた。あるいはもしかしたら、そいつを倒すことが出来たら、ユイナくんは――」
「……それは、憶測ですよね」
「ああ、憶測だ。だけど、事故や事件で死んだよりも、キミを捨てて逃げたよりも、遥かに素晴らしい憶測だと、そうは思わないか?」
ああ、素晴らしい憶測だった。涙が出るくらいに、素晴らしい憶測だった。
「連中の中には、人を年単位で行方不明にするような奴らもいるんだよ。神隠しってやつだね。そんな可能性に、賭けてみないかい? ボクだって、あいつがそう簡単にくたばるタマでもなければ、仕事を途中で投げ出すようなやつでもないことくらい知ってるんだ」
「……私だってそうです。姉さんがそんな簡単にくたばるようなタマじゃないと思ってますし、私を捨ててどこかに逃げるほど無責任じゃないって、知ってます」
「なら、一緒に探そう」
今にも泣き出しそうな私に、彼女は手を伸ばす。
駄目だと思った。
こいつはただ、自分を良いように利用しようとしてるだけだと脳内でアラートが鳴っている。だけど、それでも。
「それに、もしも、もしもだよ? もしもユイナが本当に死んでいたとしてもだよ? それでも、この仕事を続けていたらさ――」
ああ、駄目だ。
「……姉さんの霊に、会えるかもしれない、ですよね」
こいつの手を取っちゃ駄目なのに。
駄目なのに、気がつけば私は、ボクっ子アラサー白衣霊能者の手を握っていて。
かくして私は、御原アンナは、新島心霊事務所に、入所したのだった。
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