コジロー観察日誌 ―レオパのワイとあるじ♀―

にしあふ

第1話 あるじ♀は朝が弱い

ワイはレオパ。名前は「コジロー」。

あるじがそう呼ぶ。最初は気に入らんかったけど、慣れたらまあまあ悪くない。条件反射ってやつや。餌が来る合図やからな。


ケージの中の気温は三十度ちょい。

ヒーターは問題なし。ワイのお気に入りウェットシェルターにも水は充分ストックされとる。


ただな――あるじ♀、起きるのが遅い。


壁の時計が八時を回っとるのに、部屋はまだ静かや。

スマホのアラームが何回も鳴っては止まる。

そのたびにワイの尻尾が小さくピクつく。音のバリエーションが多すぎるんや。


鳥の鳴き声、電子音、最後にはなぜかラップ。

朝からラップて。落ち着かへん。


ようやく寝室のドアが開く。

髪ぼさぼさ、片手にスマホ。

「おはよ、コジロー」

声は寝起きでガラガラ。

ワイは動かん。レオパ界では、“餌が見えるまで省エネモード”。これぞ正義ってもんや。


冷蔵庫からペットボトルを取り出す。

その動きが、コオロギの箱の前で止まった。


「……ごめん、コオロギ在庫ないや」

ワイ、無言。


視線だけで訴える。

あるじ♀は視線を避けて、冷蔵庫を開けた。


「えっと……冷凍庫にミルワームあったはず」

あるやんけ。最初からそれ出せや。


底面ヒーターの端っこで解凍。さらにカルシウムの粉をふりかける。


トングでワームをつまんで、ワイのケージに近づく。

温度差でガラスがうっすら曇る。

「はい、コジロー。お待たせ」

差し出されたワームが、ヒーターの光に反射して光る。

ワイは一拍置いてから、カプッと食いついた。


うん、悪くない。けど解凍が甘い。


「おいしい?」

人間はなんでも喋りかけてくる。答えを求めてへんくせに。

ワイはもう一匹、ワームをねらう。


あるじはスマホを見ながらコーヒーをすすってる。

スーツの袖にカルシウムの粉がついてるのをワイは知ってる。

出勤前の支度が慌ただしいのも、いつものことや。

“観察対象:ヒト・メス・二十代後半。職業不明。生態は不規則”


「コジロー、今日は帰り遅いかも」

ワイ、まぶた半分閉じて聞いとるふり。

レオパ的リアクションとしては、これが最上や。


テレビの音が流れる。ニュースで天気予報。

『本日も晴れ。気温は二十六度まで上がるでしょう』

あるじ♀が「やったー」と言う。

ワイはケージの温度計を見て思う。

“ワイの世界は、すでに三十度やけどな”


あるじ♀が玄関に向かう。

バッグを持ち、靴を履きながら「じゃあ行ってくるね、コジロー」

その声には、ちょっと笑いが混じっとる。

昨日、仕事で落ち込んでたのをワイは覚えてる。

だから今日のその声を聞けただけで、まあええ日や。


ドアが閉まる音。

静けさが戻る。


ワイはゆっくりと岩に登って、尻尾を丸める。


本日の観察記録

 ・あるじ♀は今日も寝坊

 ・コオロギ:買い忘れ

 ・代替案:ワームで代用。

 ・被害:大きな問題なし。

 ・あるじ♀:寝坊からの、慌てて出動


……ただ、次の仕入れは頼むで。

あの解凍ワーム、腹冷えるんや。

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