第23話

「冒険者すごい」

 初めに出たのはそんな感想。

 だって、5mもある穴なのに、びょーんって飛んで、途中の岩の少し出っ張ったところを足場に、もう1回びょーんと飛んで、手を穴の上にひかけて、片手で体をぐんっと引っ張り上げてあっという間に昇っちゃったんだよ?

 しかも、私を抱っこした状態で!

「お前、なんでこんなところに、迷子になったのか?」

 男の人が私の顔を見た。

 20歳になるかならないかの、結構なイケメンさんだ。うす茶色の髪に、うす茶色の瞳と派手な色は持っていないのにも関わらず華がある。

 この世界に生まれてこの方、エルフの顏しか見てなかったから新鮮。

 エルフって男でもイケメンっていうより形容するなら美人なんだよね。中性的なの。細いし髪はみぃんなプラチナからブロンド。人によっては青みががかったり、桃色がかったりしてるけど色素薄め。瞳も青とか緑とかばっかり。

「ん?エルフかと思ったら、お前人間か?」

 男の人が私の耳に視線を向けてから驚いた顔をする。

 人間じゃなくてエルフだよと訂正するべきか、それとも人間のふりをするべきか分からない。……エルフだと言ったら耳が短いエルフだとバカにされるだろうか。ならばいっそこのまま人間だと思われていた方が……。

 思わず俯いてしまった私を、男の人は抱きしめて背中をトントンと優しく叩いてくれた。

「ああ、そうだよな。どんな事情があるか分からないが、こんな森の奥深くは怖いよな。エルフなら近くに村でもあるだろうが、人間の村はずっと遠くにしかないもんな」

 ポンポンとリズムよく叩かれる背中。

 それから、ぎゅっと抱っこしてくれる男の人のぬくもり。

 ……そういえば、私、村ではこうして誰かに抱きしめてもらったことがなかった。

「うっ……」

 どうしよう。感情が抑えられない。

「うわぁーん、わぁーん」

 大きな声を上げて泣き出した。

「大丈夫だ、もう大丈夫だぞ」

 うん。きっと本当にもう大丈夫なんだ。

 ”子供”の私は”大人”に保護された。

「ああ、頑張ったな。よく生きてた」

「うわぁーん、わぁーん」

 生きてたことを認めてもらえた。

「頑張った……うん、頑張ったんだよ……」

 誰も味方のいない環境で。

 生きていくためにいろいろなことを我慢して。

 それから村を出て、一人で生きていこうと頑張って。頑張って。頑張って。

「ああ、そうだな。がんばったな。寂しかったな。辛かったな。もう大丈夫だ」

「うあぁーあぁぁぁぁぁぁぁっ」

 次から次へと溢れる涙。

 ただ、静かに一人で生きていこうとしていただけなのに、命を狙われて……。

 生きていることさえ許されない存在だってすべてを否定されて。

 本当はもう死んだ方が楽なんじゃないかなって。精霊がいなければすべてを諦めていたかもしれなくて……。何とか踏ん張って、頑張って……。

「わ……私、生きてて、いいの」

「ああ、当たり前だ……っていうか……」

 急に男の人の声が低くなった。

「まさか……親に捨てられたのか?」

 捨てられたというよりも、私が親を捨てて逃げたんだ。

 と、強がって見せるものの、私は捨てられたのだ。前世の記憶と今の感情とがごちゃ混ぜだ。

 今度は声もあげずに涙がただ落ちる。

 気が付けば、ぎゅっと男の人のシャツを握り締めていた。

「くそっ、なんてひどいことを。……こんな場所に子供を置き去りにしたのか!死ねと言っているようなもんじゃないか……」

 びくりと肩が震える。

「あ、いや、違うぞ、お前の親はきっと、そう、お前を護ろうと穴の中に入れたんだろう。このあたりは魔物がたくさん出るからな、あの穴にはどうやら魔物は入らないようだし」

 何を言っているんだろう。

「そう、お前は捨てられてなんかないぞ?」

 すごく下手くそに慰められてる。

 そんなすぐに分かる嘘……。

 だいたい、私はおむすびのように穴には転がり落ちたんであって、親に入れられたわけでもないし。

 おかしくなって涙が止まった。

「まぁ、とにかくだ。どうせ人間のところに行く途中だったしな。お前を人間の街まで連れてってやる」

 ん?人間のところに行く途中?

「俺の名はヴァルだ。お前は?」

「私の、名前?」

 短耳だとか無能だとか呼ばれた記憶しかない。

 名前はあるはずだ。父親が名づけを拒否しても、母がつけてくれたはず。だけど、私の記憶には残っていない。

 ふわっと、髪の毛が風で揺れた。

「ふわり……そう、私の名前はフワリ」







 


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