第24話 暴露の夜、利益相反
(都内タワーマンション )
インターホンが鳴った。
冷たい電子音が部屋の空気を切り裂く。
天羽麗奈は、モニターに映る見知らぬ男の卑劣な笑みを見つめた。
男がカメラ越しに突きつけたのは、一枚の写真。
そこには、彼女と桐谷冴が、このマンションに時間差で入っていく姿が写っていた。
(……白洲さん、ではない)
(……これは“取引”の顔じゃない。“攻撃”の顔だ)
血の気が引いていく。
政治的勝利の昂揚は、このたった一枚の写真によって足元から凍りついていった。
『……先生と桐谷弁護士の“ご関係”について、少しお話を伺えますか?』
麗奈は無言で通話ボタンを切った。
心の中で音もなく崩れ落ちる。
世界が、音を立てて割れた気がした。
***
(翌朝 午前五時)
夜が明けるのを待つまでもなく、「暴露」はすでに広がっていた。
インターネットの海が、そのニュースで汚れていく。
午前五時、駅の売店に並んだ新聞の見出しが、すべてを物語っていた。
> 『独占スクープ! 天羽議員と桐谷弁護士、禁断の同棲!』
> 『婚姻平等法案は“個人的情実”か! 司法と立法の重大なる利益相反!』
記事の内容は陰湿で、しかし驚くほど正確だった。
二人が判決の夜も、病院騒動の夜も、同じマンションに帰宅していたこと。
桐谷冴が天羽麗奈の“個人的パートナー”であることを隠したまま、訴訟の弁護団長を務め、国会の参考人として立っていたこと。
それは単なるゴシップではなかった。
明確な意図を持つ、政治的な暗殺だった。
***
麗奈は自室で、その記事を冷たい指先でなぞった。
(……誰が、これを?)
鷲尾ではない。あの人は倒れた。
(鷲尾派の残党? いいえ)
タイミングが良すぎる。
鷲尾派を「介護法案」で取り込もうとした、まさにその直後だ。
(……私の、ライバル)
鷲尾という“重し”が消えた党内で、次の実力者の椅子を狙う別の派閥。
彼らが麗奈を失脚させるための最大の爆弾として、このスキャンダルを投下したのだ。
***
(午前七時 ビジネスホテル・冴の部屋)
桐谷冴はスマートフォンの画面を見つめていた。
顔から血の気が失せている。
彼女の「純粋な論理」は、いまや「汚れた情実」として日本中の嘲笑の的になっていた。
(……やられた)
(……判決を前にして……)
そのとき電話が鳴った。
発信者は「天羽麗奈」ではなかった。
「弁護団事務局長」だった。
「……もしもし」
『……桐谷先生。記事は見たか』
「……ええ」
『日弁連から、非公式に連絡があった』
冴は息をのんだ。
『記事の真偽は問わない。だが、たとえ虚偽であったとしても、“疑惑”が報じられた時点で……我々が十五人の裁判官に訴えかけているものは何だ?』
冴は言葉を失う。
『“法の公正”だ。その訴え自体が、今や“不公正”の目で見られている』
「……私の論理は、私情とは関係ない」
『分かっている! だが世間はそうは見ない。弁護士会は、君に訴訟の公正性を担保するため、この裁判から辞任するよう勧告している』
沈黙。
(……私が降りろ、と)
(……私がいると、判決に傷がつく……)
***
(同日午前 大和民政党・党本部)
天羽麗奈は無数のフラッシュの中を無表情で進んでいた。
「天羽先生、記事は事実ですか!」
「利益相反だ! 議員辞職を!」
罵声とシャッター音の津波をかき分け、彼女は党紀委員会の重い扉を開いた。
部屋の中は静まり返っている。
そこに鷲尾の姿はなかった。
代わりに、彼女のライバル派閥の長が冷たい視線で待っていた。
「天羽くん」
その声は吐き捨てるようだった。
「言い訳は聞きたくない。党の品位と秩序をどれだけ傷つければ気が済むんだ」
麗奈は黙って立ち尽くした。
「鷲尾先生が不在のこの時を狙った卑劣なスキャンダルだ!」
(……違う。仕掛けたのは、あなたでしょう)
全てを悟る。
ライバル派閥はこの記事を、彼女を処分するための大義名分として使ったのだ。
「先生方」
麗奈はようやく口を開いた。
「……この記事は——」
「黙れ!」
ライバル議員が一喝する。
「君は個人的な情実で国の法を動かそうとした!」
「……それも、同性の弁護士と“不正常な関係”に陥ってまで!」
麗奈の表情が凍る。
「党として、君をこれ以上庇うことはできん」
***
(同時刻 ビジネスホテル)
冴のホテルのテレビが、党紀委員会の中継を流していた。
『——天羽麗奈議員に対し、党内からは除名や離党勧告を求める声が高まっており——』
冴は、記者たちにもみくちゃにされる麗奈の姿を、ただ見つめていた。
(……あの人が、あんな顔を……)
(……私の、せいだ……)
メールを開く。
弁護団事務局長からの「辞任勧告」だった。
> 『判決が出る三週間後まで、君は姿を消してくれ』
(……そうか)
(……私が消えればいい)
(……この訴訟から、麗奈の人生から、消えれば……)
全てが終わった。
司法の道も、政治の道も、そして二人の愛の道も。
いま、この瞬間、完全に塞がれた。
***
そのとき。
麗奈のスマートフォンが、党紀委員会の控室で震えた。
同じ瞬間、冴のスマートフォンもホテルのベッドの上で震えていた。
発信者は、同じ名前だった。
「ニューズ・フロント紙 白洲乙葉」。
メッセージは、短かった。
> 『——私はこの“スキャンダル”は書きません。』
> 『——ですが、世論はいま、あなたたちの“答え”を待っています。』
> 『——逃げないでください。私も、あなたたちの“公の言葉”が聞きたい。』
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