第15話 調査官の静かな敬意
(都内・ビジネスホテル / 深夜)
無機質なデスクライトだけが、
彼女の「
食べ終えたコンビニ弁当の
だが、冴の集中は、一切途切れていなかった。
目の前には、積み上げられた
彼女は、最後の一行を書き終え、
インクは、変わらず「朝の
(……
冴は、冷え切った指先を、熱いコーヒーカップで温めた。
麗奈との
それは、彼女の感情を
もう、守るべき「
あるのは、憲法第十四条(法の下の平等)という一点のみを
(……私は、勝つ)
(……麗奈。あなたがいなくても)
その時、枕元のスマートフォンが、短く震えた。
留守番電話センターからの通知。
冴は、それを
どうせ、
彼女は、完成した準備書面を束ね、明日の提出に備え、
***
(議員会館・別館 / 同時刻)
天羽麗奈は、
『桐谷 冴』
コールはしたが、彼女は出なかった。
(……そうよね。出るはず、ない)
麗奈は、
麗奈は、留守番電話のボタンを押した。
何を、言えばいい。
『ごめんなさい』か。
『
『
「……私だ」
漏れた声は、自分でも驚くほど、乾いていた。
「……大法廷の準備、進んでいると思う。……あなたの
「……」
「……冴。……体に、気をつけて」
それだけを言い残し、麗奈は通話を切った。
二人の間には、もはや、お互いの健康を気遣う、事務連絡のような言葉しか、残されていなかった。
***
(最高裁判所・調査官室 / 翌々日)
場所は、霞が
桐谷冴の準備書面は、静かに、その「
部屋の名札は、シンプルに『
最高裁判所調査官・
彼は、裁判官ではない。
判決を下すのは、十五人の大法廷裁判官だ。
御子柴の仕事は、その十五人が判断を下すための、“
彼は、イデオロギーにも、感情にも、そして政治にも関与しない。
彼は、この国で最も優秀で純粋な、「
御子柴は、分厚い「桐谷準備書面」を、音も立てずにめくり始めた。
彼の執務室は、古い紙の匂い(嗅覚)と、研ぎ澄まされた
一時間。
二時間。
御子柴の表情は、
だが、その指先だけが、冴の論理(かいだん)をなぞるように、リズミカルに机を叩いていた。
(……見事だ)
御子柴は、心の中で呟いた。
地裁の「違憲」判決。高裁の「違憲状態」判決。
どちらも、
だが、この書面は、違う。
(……憲法二十四条(婚姻の自由)を、あえて
御子柴の目が、冴の論理構成の核心を見抜いた。
(……十四条(法の下の平等)一本。そして、
「……論理の“
御子柴はそう呟き、対照するようにもう一つのファイルを開いた。
(……ひどい)
それは、高裁の主張を、ただコピー&ペーストしただけの、
論理も、熱意も、何もない。ただ「
御子柴の仕事は、「どちらが正しいか」を判断することではない。
両者の論理を「整理」し、裁判官に「判断材料」を提示することだ。
だが、彼の「
御子柴は、内線電話を取った。
相手は、彼の上司である、
「……首席。御子柴です。……例の、同性婚大法廷の件」
「……」
「ええ、双方、書面が
「……」
「……いえ、論点は明確です。……ただ、一点、申し上げます」
御子柴は、冴の書面を、指先で
乾いた、良い音(聴覚)がした。
「桐谷弁護士の主張は、ラディカル(急進的)なものでは、ありません。むしろ、
受話器の向こうの上司が、息を呑む気配がした。
「
「……承知しました。では、レポートの起案に入ります」
御子柴は、電話を切った。
彼は、まっさらな文書ファイルを開き、タイトルを打ち込んだ。
『大法廷回付事件(令和〇年(ワ)第〇〇号) 調査官報告書』
彼の「
***
(都内・某所 / アパートの一室 / 同日夜)
その頃。
一人の男が、安アパートの
部屋には、つけっぱなしのテレビ。
ワイドショーが、例の「大法廷回付」のニュースを、面白おかしく報じている。
『……というわけで、この同性婚訴訟、ついに最高裁の、それも大法廷で審理されることになったんですが……』
男は、そのニュースを、
(……同性婚、だあ?)
(……ふざけやがって)
その時、画面に、
『原告の、佐々木美緒さんと、小野寺結衣さんです』
男の手が、止まった。
(……みお?)
男は、画面に
間違いない。
かつて、自分が「
(……あの、アマ……!)
(……
(……テレビなんかに、ヘラヘラと
男の目が、濁った
彼は、冴が勝ち取った「保護命令(紙切れ)」のことなど、とうに忘れていた。
男は、壁に貼られた、数年前の、美緒の
『……見つけた』
男は、震える手で、スマートフォンを取り出した。
『???』という登録名。
「……俺だ」
男は、低い声で言った。
「……ああ、見つけた。……例の、アマだ」
「……」
「……ああ。……“
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます