第3話 お漏らし

 森の中を歩きながら、ヤノトにこれからの方針を教えてもらった。

 まとめるとこんな感じ。


 ①まずはこのまま歩いて森を出ます!

 ②平原が広がっているので、とりあえず近場の町までまた徒歩で移動します!

 ③町に着いたら馬車に乗ってお城まで移動します!

 ④王様に会います!

 終わり!


 ヤノトの名誉のために言っておくが、実際はもっと詳しく説明してくれたんだ。

 ただ悲しいかな。お兄さんこの世界の新参者だから、地名とか町の名前とか言われても覚えられないんだよ。


 なんならさっき聞いたこの国の名前すら忘れてしまっている。

 聞き直すのも恥ずかしいし、誰かが勝手に言ってくれるのを祈ろう。



 そういえば俺はこの世界で何をすればいいんだろうか。

 勇者として世界を救う。的な大まかな目的がある、というのは伝えられた通りだが、具体的に何をしろというのはさっぱり分かっていない。


 やっぱり王道だと"魔王を倒す"みたいなアレなのかな。



 ―――集結した5人の世界に選ばれた勇者、

    そして異なる地より訪れし、ただ一人

     闇の力に魅入られた6人目の仲間―――――



「その名もキョウスケ...ふふ、ふふふ」


「楽しそうだね、キミ」



 おっと、口に出てしまっていたようだ。イヴが心底愉快そうに話しかけてくる。

 でも実際楽しいとも。


 これから待ち受ける数々の素晴らしい仲間との友情(推定)。

 好敵手、因縁の宿敵との戦いの日々――――

 想像しただけで武者震いが止まらない。








 違和感






 そうだ違和感だ。まるで自分が自分でないような、

 何か決定的なズレを感じる。



 ...なんで俺はこんなに戦いたがってるんだ?




 思えばおかしいところはちょっと前からあった。


 自分の能力を"なんでも作れる"と仮定した際、

 真っ先に剣を作り出すのも今考えると変だと思う。

 ...いやそれはギリギリあり得るか?



 それを抜きにしたとしても、俺はゆとり世代のバチバチ現代っ子だ。


 この世界における戦いがどんな規模かはまだ聞いていないが、世界を救うという使命がある以上生半可な覚悟で臨めるものではないはず。


 命を落とすかもしれない。

 それすら救いに感じるほどの途方もない苦痛を受けるかもしれない。



 ...もしかすると、人を殺めることにもなるかもしれない。


 というのはそういう、本来恐怖の対象であるはずなのだ。

 いくら俺が元運動部だとはいえここまで好戦的に育った覚えはない。



「.......」


「...?キョウスケさん、どうかしましたか」



 イヴ達と出会ったとき、俺が凄く落ち着いてると感心していたことを思い出す。

 実際、自分でも驚くくらい冷静だった。



 そんなことを思いながら額に汗を滲ませ、歩みが止まった俺にヤノトが近づいて声をかけてきた。


 何でもない、と言ってやりたいが言葉が喉から出てきてくれない。



「イヴさん、キョウスケさんの様子がおかしいです。」

「漏れそうなのか?」

「冗談言ってる場合じゃないですって!」



 会話が遠く聞こえる。


 そんなことはどうでもいい、どこまで考えたのだったか。


 そうだ、冷静だったってことだ。



 ヤノトは俺が錯乱し、最悪暴走するかもしれないと言っていた。

 そりゃそうだろう。普通に考えると気が付いたら見知らぬ土地にいて、そこは世界そのものが違う。帰りたいと思って帰れる場所ではない。

 愛しい家族や友人とも、もう会うことはできないのだ。



 家族や、友人―――――




「ヤノト、下がれ」

「はっ?」




 刹那、周囲に暴風が吹き荒れ、俺の体から無数のドス黒い刃が放たれた。


 数にして100は下らない。あまりにも歪なソレは周囲の木々すらもなぎ倒し、あたりには土煙が巻き上がる。



 俺がやったのか...?


 声が出ず、当然誰も答えてはくれない。

 だがどっと押し寄せた疲労感が代わりに呼応してくれた。



「...ガハッ!!」



 息をするのも忘れていたようだ。貧血状態のように目の前が青黒く染まり、その場にうずくまる。おそらく顔色は相当悪いだろう。

 ようやく利くようになった体の自由を確かめながら荒い呼吸を整える。



「ッ!!そうだ、、イヴ!ヤノト!」



 こちらには当然害意などなかった。2人からすれば意識外の攻撃だろう。

 特にすぐ近くにいたヤノトは反応すらできなかったかもしれない...


 最悪の事態が頭をよぎる。

 ヤバいヤバい、俺は親身になって接してくれた2人を・・・


 戻りつつあった顔色を再び青くしながら顔をあげる



「ほぉら、やっぱり漏れたな!」

「...ありがとうございます。」



 土煙が収まると、そこにはやや不服そうな少年を抱えた勇者が、

 純白の騎士服に汚れ1つ付けず笑っていた―――





 *****





「さぁーーーーて異世界人キョウスケくん!出すもの出してスッキリしたかな?ごめんなさいをするなら今のうちだぞ?」


「本当に申し訳ございません」


「あれ?」



 イヴが若干苛つきに全身を光らせながら口を開くや否や間髪入れずに考えうる中で最上級の謝意を示す。


 そう、土下座だ。


 当たり前のことだろう。いくらわざとではないからと言って「うっかり殺しかけちゃいました!」なんてふざけてるにもほどがある。



「へ、へへへ。この度は光の勇者様に未然に防いでいただき、感謝の念に堪えませんですハイ...!!あ、靴!靴とか舐めましょうか!?」



 両手を擦りに擦りまくって、元からなけなしのプライドすらどこかに投げ捨てて許しを請う。


 実際のとこ被害は出なかったし、一応謝罪は聞いてくれると受け取れる先の発言。そして俺が立場的に非常に重要視されることもあり、この場で処刑!とかはないだろうと心の中では踏んでいる。


 踏んでいるがなあなあで済まされるわけにはいかない。

 こんな俺のプライドでよければいくらでもぶち壊すし必要とあらば靴もピッカピカに磨く舐めまわす覚悟がある。



「どうしようヤノト。謝罪を求めたのはこちらだがこうもみじめに謝られるとは思ってなかったぞ...」


「情けなくてこちらが悪いように思えてきましたね」




 2人がとんでもなく複雑そうな顔を向けてきた。

 怒ってはいないらしい、どちからというと憐れみとか、かわいそうなものを見ているようだ。




「はあ。...イヴさんはともかく俺は気にしてませんよ、ケガないですし。それよりも何があったんですか、わざとではないのでしょう?」

「ヤノト様...!!」

「ヤノトです」


 「私だって気にしてないもん」と途中イヴが膨れたのを無視してヤノトは態度を変えずに話しかけてくれた。

 俺に害意がないことに気づいていてくれたようだ。


 謝罪を受け入れてくれたこと、改めて大事が無かったことに安堵する。

 しかしそう落ち着いてもいられない、話さなければならないことがある。



「実は1つ、気づいたことがあるんだ。」


「気づいたこと、ですか...?」


「記憶がない」


「...は?」



 そう、記憶がないんだ。


 ―――――いやゴメン、ちょっと盛った。


 正確には"記憶が欠落している"。



 確かに俺はこの魔法という未知の力がある世界とは異なる地の出身だ、それは断言できる。


 サッカーやレスリングなど、多数のスポーツに手を出してきた運動少年で、本を読むのも好きだったから語彙力はなくもない方、多分...。

 お勉強はもちろん大嫌いだし苦手だ。ちなみに彼女もいない。


 そんな探せばどこにでもいる人間のどこにでもある人生。



 だが、俺を育ててくれた両親や、苦楽を共にした友人の顔や名前が思い出せない。



 それだけじゃない。生まれ育った町、数千回は歩いた散歩コース、初めて涙を流した小説のタイトル、全職業レベルカンストまでやり込んだゲームの名前...



 生きるのにこそ影響はないが、俺という存在を構成していた何もかもがその詳細をぼかして

 "そういうものがあった"程度にしか認識できないのだ。

 もしかすると覚えていないだけで彼女もいたのかもしれない。




「記憶喪失、というやつでしょうか...」


「キミも大変だな...」



 ゲーム、などの単語に途中途中疑問を抱きながらも2人とも俺の現状を理解し、身を案じてくれた。



 ちなみに今は目が醒めた時と同様に酷く落ち着いている。

 記憶がないことに対しても特に思うところはない。


 "関心がない"のとは違う。顔も名前も思い出せない両親のことは好きだと思えるし、声も分からない友人たちとの日常も愛しく思える。


 ただ、悲しもうにも何故か"それは既に乗り越えただろう"と言わんばかりの諦めにも似た静寂が広がるだけだ。



「2人とも心配かけたね。もう大丈夫だ、そろそろ行こうぜ」



 実際にもう大丈夫なのだが、2人は俺が悲しみや不安を押し隠してると思ったようだ。心なしか俺への視線が穏やかな気がする。



 本当に気のいい奴らだ。一緒に過ごした時間はすごく短いが俺はこの2人のことがいたく気に入ってしまっている。こいつらの為に世界を救う使命を背負えるレベルだ。

 そんなことを思いながら俺たちは再び歩き出した。



 あ、その前に1つ。



「イヴ、もし俺が街中とかでまたおかしくなったら遠慮なくぶった斬ってくれ。」


「む?」


 流石に記憶喪失以上の衝撃は中々無いだろうが、可能性は0ではない。

 もし罪なき人に被害が及ぶくらいなら斬り捨ててくれたほうが幾分かマシだ。


 最も、当然死にたくはないのでそうならないように細心の注意はするし、もし最悪の事態になったとしても楽に殺してほしくはあるけど。



「んー、断る!」


「いや、冗談じゃなくってな...」


 イヴは顎に手を置いて一瞬考える素振りを見せた後に断ってきた。

 真剣に言ったのだが、"斬ってくれ"とは突拍子もなかったか。



「安心しろ、もしそんなことがあってもキミも周りも全部私が助けるよ」

「イヴ様..!!」

「はははは!もっと言ってくれ!」



 反論しようとする俺を手で制し、ウインクをしながら"キミを守る"と言ってくれた。

 このイケメン美女、そんなにも俺のことを....!!



「いや、あなたに死なれると困るんですって..」



 目を輝かせる俺になんか横槍が入った気がするが、おそらく気のせいだろうな





 *****






 そこから小一時間ほど歩いたらようやく森を抜けることができた。

 見渡す限りの草原が広がっており、風が心地いい。

 そういえば今って季節は何なんだろう。

 ...いや異世界に季節とかあるのかは知らないけど。


 ヤノトに聞こうとしたが寸前で思いとどまる。

 また難しいこと言われるかもしれないし、もう相槌のレパートリーはとっくに尽きている。


「ここから町に行くんだよね?」


「そうですよ」


「...見たところそれらしいものはないんだけど、どこ?」


「方角的にはあちらですね」



 ヤノトが指した先を見ると、遥か遠い場所に小さく山があるのが見えた。

 曰く俺たちがいるこの森は本当に人里離れた地らしく、山を3つくらい越えてようやく町に辿り着けるらしい。


 おいおい兄弟、冗談を言ってくれるほど俺に心を開いてくれたのかい?


 そう言ったら面倒くさそうにため息を吐かれた。

 え、マジでこれを歩くの?

 普通に月単位でかかりそうなんだけど。


 確かにどれだけ歩くかの指定はされていない、それでもちょっと出鼻を挫かれた気分だ。


 いや冒険とか憧れるし、このメンバーに不満なんて全くないよ?本当に


 でも俺とていろんな人と話したいし、お城や町とか楽しみにしてたからさ。そういうのがお預けっていうのはちょっとね....


 そんな感じにちょっとナイーブになりながらうじうじしていたら、

 イヴが俺に背を向けて屈み、「んっ!」と言って目くばせしてきた。



 何をしているんだコイツは。ポーズ的には「おんぶされろ」って感じだが、まさか俺を抱えて走って町まで運ぶよ~!というわけではあるまいな。



「早く乗りなよ」



 というわけではあるらしいです。

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終わる世界の救い方 鋭打 @SeiDa8412

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