第2話 すれ違う記憶
あの日から二週間。
彼から連絡はなかった。
もう会うことはないだろうと思っていた。
だけど、仕事帰りの夜、駅の改札で再び彼を見つけた。
スマホを見ながら歩いてくる姿。変わらない歩き方。
人波の中でも、ひとりだけ輪郭が滲まない。
「……また、偶然だね」
声をかけると、彼は少し驚いたあと、笑った。
「偶然ばっかりだな、俺たち」
「そうだね。もう慣れちゃった」
夜風が少し冷たくて、彼のスーツの袖が私の手にかすかに触れた。
鼓動が跳ねる。懐かしくて、苦しい。
「送ってく」
「いいよ、近いから」
「いいんだ。どうせ、今日で最後かもしれないし」
その一言に、足が止まった。
「最後って言わないでよ」
思わずそう言っていた。自分でも驚くくらい強い声で。
彼は少し黙って、そして柔らかく笑った。
「じゃあ……最後じゃなくなるように、ちゃんと話そうか」
駅前のベンチに並んで座った。
夜風が髪を撫でて、遠くで電車の音が響いた。
「ことは、あの頃さ……俺、言えなかったことがある」
「なに?」
「本当は、別れたくなかった」
心臓が一瞬止まったみたいだった。
視界が滲んで、息が浅くなる。
「でも、言ってくれなかったじゃん」
「言えなかったんだ。俺、自分のことでいっぱいいっぱいで」
「……ずるいね」
「うん、ずるかった」
夜の街灯が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
沈黙の中で、時間がまた透明に流れていく。
「ねえ、ことは」
「なに?」
「もし、行く前にもう一回会えたら……それは“偶然”じゃなくて、“選んだ”ことにしていい?」
その言葉が夜気の中に静かに落ちた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……いいよ」
それだけ言うのがやっとだった。
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