透明な時間の中で
ともね
第1話 変わらない場所
春の終わり、風が少しだけ夏を連れてきたころ。
私は、いつものカフェの窓際に座っていた。
仕事帰りの小さな休息。アイスコーヒーの氷がゆっくり溶けていくのを見つめながら、ふと――あの人のことを思い出していた。
ドアのベルが鳴った瞬間、条件反射みたいに顔を上げてしまう。
そんな癖、まだ抜けない。
そして今日もまた、同じように息をのむ。
そこにいたのは、涼風はやと。
高校のころ、ずっと隣にいた人。
何度も「またね」を繰り返して、何度も遠ざかっていった人。
「久しぶり」
声に出してみると、思ったよりも穏やかだった。
彼は少し髪が伸びて、スーツ姿が似合うようになっていた。
でも、笑った顔だけは変わらない。あの頃のまま。
「相変わらず、ここにいるんだな」
「うん。変わらない場所って、落ち着くから」
「俺は、変わりたくて仕方なかったけどな」
彼の言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
変わりたいと思う人と、変わりたくないと思う人。
あの頃の私たちは、同じ時間を生きていたのに、違う方向を見ていたのかもしれない。
――あの日、駅のホームで別れたとき。
「遠距離なんて無理だよ」と笑いながら、私は泣いた。
泣きながら笑って、強がって、結局何も言えなかった。
それが、私たちの最初の「さよなら」だった。
それから何度か、偶然みたいに再会した。
そのたびに少しだけ距離を測り直して、近づきすぎたらまた離れて。
まるで季節のように、同じ循環を繰り返してきた。
「今度こそ、ちゃんと話そうと思って」
彼が言った。
「話すことなんて、もうないよ」
「あるよ。俺、ずっと中途半端だったから」
その言葉が、胸の奥で静かに響いた。
“中途半端”という言葉が、私たちの時間そのものみたいで、苦しかった。
「……あの頃の私たち、きっと笑うね」
「どうして?」
「『また会ってるじゃん』って」
私たちは少し笑った。
だけどその笑いの奥に、言葉にならない痛みが残っていた。
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