第43話 愛する者にしか
こちら側の世界には、エルフや巨人をはじめとしたいくつかの知性体が混在しており、そこにはヒト族も含まれているのだが、額縁市や派遣部隊の確認する限りで、こちらから接触できた事例はない。
すくなくともかの大精霊が懸想した男というのは、人間だったらしい。
「飴川くん、これを持っていけ」
「――、俺はあなたの作戦に乗らないんですよ?」
「いずれにせよ、渡すつもりだった」「この場で開いてもいいですか」
「構わない」
水瀬が手渡したアタッシュケースの中身は、ケラティオンの駆動系に増設できるカートリッジ状のユニットだった。
「これは?」
「補助脳と呼ばれる、人形用の有機的演算拡張領域ユニットだ。
人工知能でもあるから、きみなら或いはうまく育てることができるやもしれない」
「タダってんじゃないですよね」
「あまり物置に眠らせてやりたくないんだ。
毎日、声をかけてやるとかでもいい」
「お花の水やりでもないんですから」
「面白いこと言うねぇきみ。
それは僕のかつての上司や同僚が『人形だけでも異能だけでも届かない場所へ届かせてくれる』、そういう力を願って開発したもののひとつだ」
「人形だけでも……」
「異能にできることなんて、いつだって中間項だよ。
普通、たとえばサイコキネシスが使えたらそれが凄いってなる?」
「視覚的には、そうかも。物を壊したり」
「ものを壊したら、そこから次は?
壊すだけなら、火薬なりダイナマイトなり、切削機でもできることじゃない。いくら見てくれが凄かろうと、結局はそれを『なにに役立てるか、道具だけで至らないことの』そういう発想が求められる時代だ」
「その結果が、魂魄鎧だってんですか」
「それも含まれる」
「俺は人でなしですよ、これをどう悪用するか、わかったものじゃないはずです」
「……きみの孤独だった時間を、或いは埋めてくれるかもしれない。
そいつはきみだけのための、白紙の
「データを、採りたいんです?」
「あー、そういうことじゃない。
これは僕の、ほんの気まぐれだと想って」
「そうですか。ありがたく、受け取っておきます」
水瀬から策謀の気配がしないのが意外で、雫は恭しく頭を下げてしまった。
「きみは池緒くんに、身内への愛は崇高か、と言ったよな」
「……あなたなら、その答えを知っているんですか?」
「それは人の各々が人生を通して見つけていくものだよ、いいも悪いもあるだろ。
ひとが本当の意味で自由になれるのは、誰かを愛し始めたそのときからだ。片方だけじゃなく、そこには当然、己も含まれているべきでしょ」
「!」
「君はいま、ようやっとその面白さに手が届こうとしてるんじゃない?」
水瀬が立ち去ると、雫はアタッシュケースを静かに抱きしめていた。
今度は金華が寄ってきたので、彼は訊いた。
「あの人のために世界で大勢が死んだなんて、信じ難いな」
「でもたぶん、人を愛し抜くひとにしか人を救えない。
それを愚直に貫いた人なのかも……なんだか、さ」
雫は無言で、彼女の手を握って寄せる。
愛蝶の領内へ行ってのち、ナイアスを通じてサイケーは頻繁にこちらとコンタクトを取った。
向こうではそう言えば、金華を人質にとっての一週間でありながら、慣習を教わるうちに現地式の沐浴も受けたりと、案外充実した時間だった。食事は金華のというか、純粋に向こうの人間の口には合わないものもあったので、結局軍用の糧食を切り崩す羽目にはなったが。
「あれはあれで、楽しい時間だったよね。
新婚さんみたいで」
「うわぁ部下のことまる一週間ほったらかしでそれは、上司にしたくない人だなぁ」
「そこをいじる?
いーもんどうせ向いてないし、こうなったらシズくんが働いて稼いでさ、私が専業主婦なってもいいんじゃん?」
「金華さんって、実はそういう家庭的なことに憧れのあったりするんですね」
「ここから新しく、いろんな思い出を作ってきたいの。
施設にいた頃、つってもシズくんとは別のとこだったようだけど、毎日とにかく退屈でさ。いやおかしな話なんだけど、うちらっていち早く自立した大人にならないと、生きてく場所なんてないんだって、そういう強迫観念?
あるじゃない、場の空気として。
毎日を必死になるしかなくて、いざ公務員になれたら喜んでもらえたけど、私にとってのそれはあんまり家庭的な温かみのある歓迎じゃなかったんだって、早いうちに自覚しちゃって、いつまでこんなつまんない人生続くんだろうって思ってたらさ。
シズくんのこと、見つけちゃった」
そう語る声の、やたらと艶っぽいのだ。
「池緒くんのこと、それでどうするの」
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