第19話 愛蝶の仔
――――――
その夜、蝶を拾った。人の姿だった。
*
散策用のリュックにしてはやけに大きい。蝶の少年はそれに気づいてか気づかずか、僕の部屋のものを手当たり次第に触っている。やがて埃を被った天体望遠鏡を引っ張り出してきた。
「これ、なに?」
「天体望遠鏡だ、知らないのか。あぁ……」
少年の額からは触覚が、背中には蝶の翅が生えていた。
「ひとの持ち物を勝手に漁るのは感心しない」
「どーして?」
「きみの親はそんなことも――いや、もういらないから、やるよ」
「やった!」
「いいか少年、ひとに贈り物をされたら、『ありがとう』って言うんだ」
「うん!
ありがとぉ!」
異界に由来するわり、日本語が通じるのは、愛蝶には精神感応する作用があるかららしい。わかりやすく言えば、『心を読んでいる』。というか、周りの人間の思考、がより真に近い。
*
幻獣を見つけた者は、役所へそれを報告する義務を負う。
これは非親告罪で、報告しないで隠すなら、とりわけ額縁の条例では相応のペナルティがある。未登記の幻獣が、犯罪の温床となることを防ぐためだ。
「落とし仔と認められれば、
受付のお姉さんは、愛蝶の少年の行く末を慮ってくれていた。
「どのみちこうするほかないですから」
「優しいお兄さんに拾ってもらえてよかったね、ウォルプくん」
「うん!」
俺が、優しいだって?
一瞬、本気で鼻で笑いそうになっていた。ありえないからだ。
落とし仔を幻獣として登記するのは、結局少年をこの街、人間の社会へ縛り付けることにほかならない。
「公開オークションで買い手がつくまでの一週間は、あなたの元で管理されるということでよろしいでしょうか」
「えぇ、保護施設は狭いでしょうし」
受付嬢は困った顔をしている。幻獣の保護施設は、ときの児童養護施設や孤児院なんかがそうであるように、設備投資や個々のケアリングというやつになかなか融通がきかない。孤児でなくとも人類の三分の一が消し飛んで17年くらいするこの時代は、大変生きにくい。ましてや人ならざるものを育てるなどと、よほどの酔狂でなければできないだろう。
「飴川さんは……施設の現状をよくご存知なんですね?」
「オークションの入札を待って、商品へ餌付けするだけの場所じゃありませんか。
ろくな整備もせず、公営があの体たらくでいいかは疑問ですけど、そういうのは市議会にでも御用立てすべきでしょうかね」
「あぁ――かもしれませんね」
立場上、下手なことは言えない。今の相槌だって、こちらへ随分譲歩したものだろう。
手続きを終えて庁舎を出ると、声をかけられた。
「シズくん!」
「金華、先輩?」
彼女を見上げるウォルプの視線は怪訝だった。
「しずくにーの、カノジョ?」
「変なこと言うなよ、この」
呆れ顔で雫は少年の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ふふ、どう想う?」
「先輩、ガキをからかわないでください」
この人にはもっと相応しいひとがいる。雫は身の程を弁えているつもりだ。
「愛蝶の子ね、また珍しい、落とし仔なんてね。
この子、どうするの」
「どうもしません、オークションは一週間後になるそうです」
「元いたところへ返してやれない?」
「簡単に言ってくれますけど、そのたび迷宮巣の向こうへ、返還事業に探索隊を編制することはできないですよ、コストがかかり過ぎる」
「コストって、そんなこと言い訳にしてていいの」
「知りませんよ。それを決めるのは国やら自治体でしょう」
「そっかぁ、正論」
疑義を唱えながら、彼女はあっさりと引いた。
「いくら国やら自治体に面倒みきれないからって、好事家相手に公営オークションとか、世知辛いね」
「今更ですよ」
疑義を呈したところで、それは言葉だけのものだ。彼女自身になにができるというではあるまい。
このひとはそれになぁなぁで妥協する程度の、普通の人。まぁ、見てくれはいいんだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます