第16話 一週間後

「この前の三日もあっという間だったけど、結局お流れだったよねぇ……」


 一週間はまたあっという間に過ぎ、殆ど男所帯で肩身の狭い思いをしたノイであったが、ようやく向こう側へ戻れる日がやってきた。


「きみも災難だったな、駐留がもっとも長いのは、きみと影縞くんだったか」

「あ、はい。ほんとは天知教官もなんですけれど」


 実行部隊の隊長は秋津と名乗った。


「ふむ……参考がてら、きみたちの部隊についてもう詳しく聞かせてくれないか。

 敵の正体を暴くのに、有用かもしれない」

「やっぱり、飴川アドバイザーは敵、なんですか」

「アドバイザーねぇ、やつは自らその任を放り出した、立場は同情できなくもないが、どうせ人間ではないのだし、額縁市は彼をそのように扱わない。彼は幸せでいたければ、そも生きていてはならなかった」


 その言葉は矛盾している。


「アドバイザーに、居場所なんてなかったってことですか」

「生き残ったところで、市のモルモットとして飼い殺しにされるがオチだ。

 苦痛は少ないほうがよかろうて」

「――」


 ノイは彼を静かに睨む。

 そこへ――、リヒトがやってくる。



 拘束された金華は、金属探知機をはじめとした所持品や不審物の検査を甘んじて受け入れた。


「どうやって、飴川雫、あの人でなしから逃れたんです?」

「彼は自ら、私を手放しましたよ。

 この一週間、私を人質として以上の価値なんて見出さなかったってことです。……正直、疲れました。不審物の検査も受けましたし、あとは市へ戻ってから、精密検査でもなんでも受けます」

「あぁ、そうなるでしょうね、教官殿。

 正直、今回はあなたたち素人の手に負えるようなことではなかったという話です」

「これから――彼を追撃しますか?」


 秋津は首を横に振る。


「あいにく、飯のタネが尽きましてね。

 ゲートが再度開いたはいいですけれど、であれば次の作戦は、やつを徹底して潰すものになる。一度は逃げられましたからね……奴の精霊としての力を想定した、あらゆる展開が必要だ。

 見張りを残したその他総員を撤収し、市の本部に一度指示を仰ぎます」



 庁舎で副市長が、ふたたび報告を受けていた。

 秋津を前に、つまらなそうな顔を浮かべいる。


「天知教官が、飴川雫と内通している可能性は?」

「なくはないでしょう。

 ただ、精密検査の結果は異常ありませんでした」

「ふん、万一にやつの子でも孕んでいたら、また面白くなりそうなものだったが……それもなしということか」


(そうしてまた人紛いのモルモットが欲しいか、下衆な話だ)


 市に雇われている、自分のようなのにそれを批難する権利はないとわかっているものの、幻獣や落とし仔を種族もろともに骨までしゃぶりつくそう、額縁市の徹底ぶりはいまに始まったものでもないというに、あまり慣れるものではない。


「また一週間は、彼女を軟禁することになろうが、肝心の飴川雫オリジナルを野放しにしたことの釈明が欲しいものだな。

 加えて奴は、迷宮巣めいきゅうそうという我々の生命線を以後もおびやかしている。

 補給を終えたなら、直ちにやつの排除へ向かうように。

 生死は問わん、必ずやつの本体を回収してこい」



 金華は自宅待機の日々を過ごしながら、いまでもゲートの向こう側に潜伏する雫を想っていた。


 ――この先、先輩がこちら側で飯を食える保障なんてないんです。


 そういって彼が、最後のカロリーバーを差し出したときの話。


 ――嬉しかったんです、初めて自分をほんとうに認めてくれるひとを見つけられたことが。それだけで俺の人生、案外無駄じゃなかったかもなって、想えるくらい。このまま実行部隊に追われ続ければ、結局血生臭いことになる。俺は先輩に生きて欲しいし、これは僕たちがお互い、前を向いて、自分に誇れる選択をするってことなんだと想います。



 彼女は自分の下腹を押さえてぼやく。


「結局、残んなかったなぁ……」


 あれから月のモノは普通にきているし、ほっとしたようで物悲しくもある。本当なら今すぐにでもまた向こう側へ行って、彼に会いたいけれど、額縁市に目を付けられては、結局彼と一緒にい続けることはできないんだろう。



 雫は洞窟内へ、天知機の残骸を回収して運び込んだ。

 ナイアスに言われる。


「良かったんですか、キンカさんを向こうへ帰して?」

「文明人だからねぇ」

「ブンメイジン?」

「あぁ、べつにどうでもいい。

 あのひとが生きて幸せでいてくれるなら」

「それでほかの恋人とか生えてくるかもしれませんよ?」

「こういうのはたぶん、過程が大事なんだよ」


 自分は先輩に、必要なことはきちんと伝えたつもりでいる。


「言ってあげたんですか、愛してるって」

「うん。今生の別れで、出し惜しんでいい言葉なんてないし」

「だけどまだ、あなたが死ぬと決まったわけじゃ」

「額縁市の役人は、ハイエナみたいなもん――屍肉でも、そこに資源があるとみれば、もったいないからと隅々までしゃぶりつくす。

 そうでなくとも、僕は彼らに喧嘩売っちゃったからね」


 やがて嘆息する。


(どうして俺は、あのひとを抱いちゃったんだろう?

 もし孕んだりしたら、それこそあのひとが市に狙われかねないのに)


 自分とあのひとの間で子どもができたところで、額縁市がいまのままなら、けしていい未来を送ることのできないだろう。愛してるなんて安っぽい感傷のメロドラマで済む話じゃないっての。


「これからどうするんです?」

「実行部隊が手薄なうち、迷宮巣を完全に塞げないかと奇襲をかけたけど、機体を削られて返り討ちだからなぁ。やっぱ本職の軍人たちは、甘くないよね。一度やったら、対策を講じてくる。

 こっちはひとりでない頭絞らなきゃならないってのに、段々限界だ。

 せっかくウォルプをお母さんのところへ帰してあげられたってのに……」

「サイケー様からは、必要とあればあなたの支援をするように言付かっております」

「ありがとう。だけど、あいつら相手にはいま、僕自身具体的な有効だがないんだよねえ。時間をかけるほど、人員は補強され、対策も練られる。

 加えて残る郷のエルフらも結託して、ヤシャの討伐隊を編成しているんだろう?

 これはもう正直、詰み、なんだよねぇ。

 ナイアス、きみは危なくなる前に必ず逃げてくれ」


 彼女から返事はなかった。


「……けどまぁ、復讐すらなくしたら、俺は何をあてに生き延びるんだか」

「ずっと愛蝶の郷にいてくださっても、よろしいのですよ」

「それで迷惑はかけられないよ。

 向こうは現代兵器を抱えてやってくる、最悪は土地を焼くだろうね。

 そうなってから悔いても遅いんだ」


 金華にあげたはずのじゃがパープルのストラップが、彼女の携帯端末とともにコクピットのなかに落ちている。


「そりゃ、乗り捨てるときに小物まで気を使えないか、仕方ない」


 もとは雫がやったことが原因だ。携帯端末の背面からバッテリーを外して、懐に両方放り込む。

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