聖女が落ちてきたので、私は王太子妃を辞退いたしますね?

gacchi(がっち)

第1話 聖女が落ちて来た

その日、何もない場所から突然聖女が落ちてきた。

空中に人が現れたと思ったら、少しの間ふわふわと漂っていた。

誰かがそれを見つけ、騒ぎ始めると聖女はそのままストンと落ちてきた。


聖女が落ちた場所は王宮の中庭。池の上だった。


バシャーン


大きな音と共に水しぶきがあがる。

一瞬、誰もが動きを止めた。

王宮の中庭とはいえ、この池は水深が深い。

泳げる人間でなければ助けに入ることはできない。

護衛騎士の中でも泳げるものは少なく、この場にいたのは一人だけだった。


「っ!! 人!? 落ちた!? ルカス、助けるんだ!」


「……助けるんですね?わかりました」


王太子マルセルの指示で護衛のルカスが飛び込んで助ける。

ルカスは聖女を池から引き上げると、こちらへと向かってくる。


驚いているマルセル様へと近づいたルカスは、

聖女の服を魔術で乾かし、マルセル様にそのまま聖女様を渡した。


「え?」


だが、マルセル様は意味がわかっていなかったようでうろたえている。

ルカスはどうしたらいいのかと私へ視線を向けた。


「マルセル様、この女性は聖女様です。

 助けたからには王族であるマルセル様が声をかけなければいけません」


仕方なくマルセル様に後ろから声をかけると、

ようやくその少女が聖女様だと理解したようで、抱きかかえ直して声をかけた。

おそるおそる、ではあったが。


「……聖女よ、大丈夫か?」


「ん……」


「おい、生きているのか? 聖女!」


マルセル様の声が聞こえたのか、少しだけ唇が震えたように見えた。

何度も声をかけられているのにあまり反応が無くぐったりした様子に、

このままではいけないと近くにいた女官を呼び寄せた。


「マルセル様、聖女様の意識はすぐに戻らないようです

 急いで聖女様の部屋を用意して休ませましょう」


「おお、そうか」


マルセル様が聖女様を抱きかかえたまま、王宮へと歩き出す。

女官はマルセル様を部屋へ案内しようとして、私へ問いかける。


「セレスティナ様、聖女様の部屋はどちらに?」


「聖女様を助けたのはマルセル様です。

 王太子妃の部屋はもう使えるようになっているのでしょう?」


「……っ!……よろしいのですか?」


予想していなかったのか女官の顔が青ざめる。

王太子妃の部屋を使わせるということは、聖女様が王太子妃になるということ。


そして、その場合は王太子の婚約者である私が王太子妃になることはない。

幼いころから婚約者だった私は、王宮の中ではもうすでに王太子妃のように扱われていた。

その地位を聖女様に明け渡すという意思表示にもなる。


……長年一緒にいた女官たちは、私がそのまま王太子妃になってほしかったのだ。

何も知らない聖女様ではなく、もうすでに実務を担っている私に。

それをわかっていながら何事もなかったように指示を出した。


「いいの。すぐに聖女様を部屋に案内して」


「……かしこまりました」

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