プロローグ2 二人のログアウト 御影遙—誤飲
◆1 御影遙という男の正直すぎる人生
御影 遙は、その日も朝7時に鏡の前へ立った。
髪を整え、ネクタイを締める。
どこにでもいる銀行員。しかし——
「……なんか今日の俺、影が薄くないか?」
ぼそっと呟いて、気にせず家を出た。
出勤すると、AI受付エルが微笑む。
「御影さん。本日中にEDENメンタルケア診断のアンケートをご提出ください」
「あ、はい……」
(ただのアンケートだよな……)
昼休み、御影は真面目に質問に答え始めた。
⸻
●質問1:やりがいを感じますか?
→「感じてないです」
●質問2:生きる目的を感じますか?
→「正直わかりません」
●質問3:未来に希望を感じますか?
→「特に……」
●質問4:生きている実感はありますか?
→「ないです」(アウト)
●質問5:死にたいと思ったことは?
→「明日が来なくてもいい、くらいなら」
●質問6:信頼できる相手はいますか?
→「……西村太一」
◆2 RSDの正体
(よし……ちゃんと答えた)
「送信」を押した。
——この“正直さ”が命取りになるとは知らずに。
十分後、エルが小走りでやってきた。
「御影さん。判定が出ました。“RSDプログラム”の対象です」
「アール……エス……?」
「Rapid Synaptic Downregulatorです。
恐怖波形をやわらげ、眠りを深くする優しい薬ですよ」
(へぇ……眠れる薬か)
御影は素直に受け取り、そのまま帰宅した。
その夜、EDENからさらに通知。
──今夜20時までに服用してください
──信頼できる人への最期の連絡はお済みですか?
──記録を残しましょう
「なにこれ、まだアンケートの続き……?
しつこいな。……まあ、ストレスに効くなら飲むか」
グビッ。
ラベルの「※服用後は家族と最期の対話を」などという注意書きは、見もしなかった。
五分後
スマホが鳴る。
画面には——“西村太一”。
『御影!!』
「うわ、でかい声。太一?」
『お前……アンケート出しただろ!?』
「出したよ。真面目に」
『あのな……RSDって……何か知ってんのか?』
「え。ストレスに効く薬だろ?」
『バカ!!Rabbit Shock Deathだ!!
重度の心の病のやつだけが飲む“安楽死薬”だぞ!!』
「…………」
御影は手にあるボトルを見る。
空だった。
『まさか……飲んでねぇよな!?』
「……今飲んだ」
五秒の沈黙。
『ああああああああ!?!?!?
てめぇ真面目にアンケート答えんな!!
“明日来なくてもいい”って書くな!!』
「いや……だってアンケート……」
『アンケートに本音書く国じゃねぇんだよここは!!』
その瞬間——
通話がノイズで潰れた。
御影の意識がふっと沈む。
(……太一怒ってたな……やっぱりいいやつだな。
……まあいっか。明日……来なくてもいいし……)
視界が暗く閉ざされる。
——その瞬間
時間が凍り、青い光が奔った。
◆3 祐也との邂逅
白い靄の中、誰かが歩いてくる。
——この世界が上書きされる前の“ノア”の記憶をもつ者。高校生の城戸祐也。
「御影遙、お前、なんで自殺なんか」
「いや……自殺する気は……なかったんだよ……」
祐也は胸に手を置き、静かに告げる。
「この世界でのお前の役割は終わった」
「……俺、やっぱ死んだのか?」
「死んでない。
ただ、この世界から“ログアウト”しただけだ」
「……そっか」
祐也が続ける。
「なあ、御影。いい人生だったか?」
御影は少し笑う。
「どうだろうな。
……もっと、いろんなことをやりゃよかったよ。
俺、くそ真面目だったからな」
「じゃあ次だ。
御影遙──忘れるな。
“次の人生では、お前が本当にやりたいことをやれ”」
「……ガキのくせに、
ちゃんとしたこと言うじゃねぇか。
忘れねぇよ。ありがとな」
御影遙……スリープモード。9,953日
世界が書き換えられた。
◆4 翌朝
御影は目を開けた。
「……生きてる? 俺?」
息が軽い。
胸の穴が消えている。
ただひとつ。
(……太一に何か大事なこと、言った気が……するんだが……)
思い出せない。
ネクタイを締め、家を出た。
その頃、別の場所では——
西村太一のF40が、ガードレールへ向かっていた。
次の“魂の移動”が始まろうとしていた。
(つづく)
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