第19話 掃除をする悠太と、詫びスイーツをもらう楓
家に帰って、ドアを閉めた瞬間。
俺は静かに宣言した。
「掃除をしよう」
誰に聞かせるでもなく、呟いたその一言。
だが、それはこの部屋において“革命宣言”に等しかった。
視線を巡らせば……。
床に散乱する洗濯物、机に積まれたカップ麺の残骸、謎に増殖したコンビニ袋。
どう見ても、“人間の生活”ではなく“野生の巣”。
「……このまま柊木さんが来たら、人生が終わる」
いや、“人生が始まる前に終わる”が正しい。
とにかく、俺は一刻も早く“人として最低限の体裁”を取り戻さねばならない。
「とりあえず、見られてマズいやつから片付けるか……」
俺は空き段ボールを引っ張り出し、“黒歴史ボックス”を作成した。
中身は主に、昔、深夜テンションで買った某アニメの限定グッズ一式。
「……これ、万一柊木さんに見つかったら即死だな」
反省の意味も込めて、ガムテで封印した。
次に取りかかったのは床掃除だ。
洗濯物を拾い、カップ麺の空をまとめ、ペットボトルをリサイクル袋へ。
「よし、だいぶマシになった……はず」
振り返ってみると、さっきより広くなった床。
だがその瞬間、壁際に寄せた段ボールの山が視界に入り――現実に戻る。
少なくとも“汚部屋”から“生活感ある部屋”くらいには進化したい。
そう思いながら、ベッドに腰を下ろす。
ずっしりと疲労が押し寄せてくる。
「……これ、休みの日までに終わるのか?」
思わず天井を見上げる。
天井も薄く汚れている気がして、精神的ダメージが倍増。
「いや、だめだ……柊木さんが来るのに、こんなんじゃ“終わってる男”だ……」
そう呟いて、もう一度立ち上がった。
掃除機を引っ張り出し、スイッチオン。
「ブォオオオ――」
音だけはやる気満々。
たぶん、今の俺の敵は“ゴミ”じゃなくて、“生活力の低さ”だ。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
side楓
休みの日の朝。
鏡の前で髪を整えながら、私はカバンの中身をチェックしていた。
「よし、ブルーレイ忘れずに……って、私、完全にデート前みたいじゃん」
そうツッコミを入れながらも、なんだか頬がゆるむ。
別にやましいことはない。今日は“映画を観るだけ”だ。
……たぶん。
その時――
「ピンポーン」
突然、インターホンが鳴った。
え、誰? 宅配? このタイミングで?
玄関を開けると、そこにいたのは――翔真だった。
「……何?」
「よっ。急に悪い。ちょっとだけいいか?」
彼の手には、見慣れたブランドの紙袋。
私の目がそれに向いた瞬間、翔真は気まずそうに笑って言った。
「最近、迷惑ばっかかけてたからさ。お詫びの品、ってやつ」
「……へぇ。珍しいじゃん、気が利くね」
「うるせーよ。ほら、お前好きだっただろ? この店のスイーツ」
そう言って差し出された袋の中には、私の好物――苺のロールケーキのロゴ。
……覚えてたんだ。ちょっと意外。
「ありがと。……一応、もらっとく」
「おう」
受け取ったところで、翔真の視線が私の服装に止まる。
その瞬間、嫌な予感がした。
「てかさ、どっか行くの?」
「え?」
「なんか、外出モードじゃね? 髪とか、服とか」
うわ、めんどくさい。めっちゃ見てるじゃん。
でもここで「悠太君の家に映画観に行く」とか言ったら、絶対めんどくさい方向に転がる。
「うん、まぁ……ちょっと出かけるだけ。一人でね」
軽く笑って誤魔化すと、翔真はほっとしたように息をついた。
「そ、そっか。……あー、変なこと言ったな。悪い」
苦笑しながら頭を掻く翔真。
なんかもう、見てるとこっちが気まずくなる。
「じゃ、私そろそろ行くね」
「あ、ああ。じゃあ、またな」
翔真は手を振って、少し名残惜しそうに帰って行った。
その背中を見送りながら、私はふぅと息を吐いた。
「……まったく。なんで今なんだか」
部屋に戻って、紙袋の中を覗く。
中には、ロールケーキが二つ。
「二つ……?」
なんでだろ。気を利かせたのか、それとも単なるセット売りか。
どっちにしても、悪くない。
「ま、せっかくだし――お土産に持って行くか」
私はロールケーキの紙袋を持って、鏡の前に立つ。
――よし、準備完了。
悠太君の家に行こう。
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