第47話:すれ違いの始まりと“会いたい”を言えない理由

翌朝。

広報フロアはいつも通り騒がしくて、いつも通り忙しくて。

でも――私だけ“いつも通り”じゃなかった。


(昨日、あんなふうに抱きしめられたのに……

 今日はもう“違う場所の人”なんだよね)


デスクに座ると、

向かいの席の成田が缶コーヒーを置いてきた。


「真由、ほら。顔死んでたから買ってきた」


「……死んでないよ」


「いや死んでる。こないだの“繋がらないWi-Fi顔”よりひどい」


「それ例えに使わないで……」


でも、図星だった。


(……昨日の“会えた嬉しさ”が残ってるのに、

 今日の“会えなさそうな現実”が重くのしかかってる)


そんな気持ちを見透かすように、美咲が近づいてくる。


「真由ちゃん、昨日の投稿見たわよ」


「へ? な、何の話ですか……?」


「“離れてるほど想いが強くなる”ってやつ。

 あれ完全に“惚気”だからね?」


「惚気なんてしてないです!」


「してるのよ。自覚しなさい」


(……うぅぅぅ……)


広報部はこういうとき本当容赦ない。



午前の仕事は、正直ほぼ“意識が半分飛んでいた”。

気づけば昼。


(誠さんから……まだ連絡ないな)


別フロアで会議尽くしなのは知ってる。

“週1会う”って決めたけど、昨日は“5分”だけだった。


それでも嬉しかった。


でも――今日が始まると、すぐ寂しさが押し寄せてくる。


(……こんなはずじゃなかったのに)


胸がぎゅっと締めつけられて、

自分で思ってたよりずっと“弱い”のが悔しい。


その時。


スマホが震えた。


(誠さん……?)


違った。

母からのメッセージだった。


「……はぁ」


何度も自分に言い聞かせる。


(会えないのが普通になる。

 “会えた日”だけを信じればいい)


それなのに、心は言うことを聞かない。



午後。

広報部の席がざわっとした。


「ねぇっ! 藤原さん、見た!?」

「統括室の新プロジェクト、今日メディア向けの発表だったって!」


胸がドクンと鳴る。


(……そんな大事な日なのに、

 誠さんから何も連絡来ないんだ)


いや、仕事なんだから当たり前。

わかってる。

それでも――胸の奥がちくりと痛い。


美咲が深刻そうに言う。


「しかも統括室、今日取材の対応もあったらしいわよ。

 あの人数じゃ回せなかったんじゃない?」


「……取材……?」


「そう。だから柊課長は今日ずっとバタバタだったみたい。

 あっちの部署の子が言ってた」


(誠さん……)


そうか。

そんな日だったのか。

連絡がなくても仕方ない。


そう思えるはずなのに。


(……会いたい、って言いたいけど言えない)


“負担になりたくない”

“ワガママ言いたくない”


忠実な“いい部下”と、

“恋してる私”が戦ってる。


この気持ち、誠さんに見せるのが怖い。



夕方。


やっとスマホが震いた。


《誠:すまない。今日はもう話せそうにない》


(……そうか)


《真由:大丈夫です。お疲れさまです。》


本当は“寂しい”なんて言いたくない。

言えば、甘えになると思った。


でも。


誠さんから返ってきた一文が――胸を刺した。


《誠:無理をさせているのはわかってる。すまない》


(……違う。そうじゃないのに)


“無理してない”って、言いたい。

でも、言えない。


私が言う前に、誠さんが“謝って”しまうから。


それがまた苦しくて。


(どうして……こんなに近いのに……

 こんなに遠いって感じるんだろう)



夜。


帰りのエレベーター。

誰もいない箱の中で、ため息がこぼれる。


(……誠さんに会いたい)


ようやく口に出せた言葉は、小さすぎて消えた。


ビルを出ようとしたそのとき――


後ろから腕を掴まれた。


「真由」


「え……っ」


振り向くと、

ネクタイが少し乱れた誠さんが立っていた。


息が少し上がってる。


「ど、どうしたんですか!?」


「……エレベーターで降りる君が見えた。

 追いかけないと、と思った」


「追いかけ……?」


「今日一度も、君の声を聞いてない」


その言葉だけで、涙がこみ上げそうになる。


「……誠さん、忙しいのに……」


「忙しくても関係ない。

 “会いたいと思ったときに会えない”のが一番きつい」


(……あぁ)


涙が出そうなのをごまかすために、うつむいた。


「真由」


「……はい」


「俺に言ってほしい」


「……な、何を……?」


誠さんは迷いなく言った。


「“会いたい”って言ってくれ」


息が止まる。


「我慢するんじゃない。

 遠慮もいらない。

 君が言わないと……俺は勝手に距離を感じる」


(……っ)


ダメだ。

涙が溢れそう。


「……誠さん……会いたかったです」


言った瞬間、腕を引かれて抱きしめられた。


強く。

でも優しく。


「……俺もだ。

 今日、一番聞きたかった言葉だ」


「……っ」


「これからもっと忙しくなる。

 もっと会えない日が増える。

 だからこそ――」


耳元で低く囁かれる。


「“会いたい”は、言葉にしてほしい」


胸がいっぱいになって、

私は小さく頷いた。


「……言います。ちゃんと」


「ありがとう」


少し離れた目の奥に、

ずっと変わらない“誠実な誠さん”がいた。



夜。


家に着いてスマホを見ると、通知が一件。


《@WORK_LIFE_BALANCE》

「“会いたい”は弱さじゃない。

 相手を信じている証だ。」


私はすぐに返した。


《@mayu_worklife》

「じゃあ私は、もっと素直になります。」


送信してベッドに倒れ込む。


(……明日は、素直に会いたいって言えるかな)


きっと言える。

だって――

言いたいと思える人がいるから。

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