第30話:“好き”の先にある選択

金曜日。

社内チャットに一通の通達が流れた。


【上層部通知】

「業務上の公平性を保つため、広報・営業の人事再配置を検討中」


(……再配置?)


その言葉が、まるで冷たい風みたいに

オフィスをざわつかせた。


「やっぱりあの二人の件だよね」

「どっちか異動って話、ほんと?」

「プロジェクト成功してるのに、もったいないよな」


(そんな……!)


デスクの向こう。

柊はいつも通りの表情でパソコンを見ていた。

でも――その手は、微かに震えていた。



昼。

屋上。

二人きり。


「……異動の話、聞きました」

「ああ」

「課長が知らなかったわけ、ないですよね」

「誠、だ」

「……誤魔化さないでください」


柊はため息をついた。


「正式な決定ではない。だが、可能性はある」

「どうして言ってくれなかったんですか」

「君を不安にさせたくなかった」

「不安に決まってます!」


真由の声が少し震える。


「“信頼と恋の両立”って、あんなに堂々と言ったのに……

 結局、上から切られちゃうんですね」

「そう簡単には切らせない」

「でも、現実は上が決めます!」


柊が静かに近づく。


「じゃあ、俺たちは何のためにここまで来た?」

「……!」

「信頼を築くって言ったのは君だ」

「……そうですけど……!」


沈黙。

屋上の風だけが吹き抜ける。



「……課長がいなくなったら、

 私、多分……また頑張れなくなります」


柊の瞳が揺れた。


「真由」

「だって、課長がいたから、

 “頑張ってもいい世界”だって思えたのに……」

「……ありがとう」

「でも、それってダメなんですよね。

 “依存”って言われるんでしょうね」

「違う」

「え?」

「信じてる相手がいるから頑張れる――それは、依存じゃない」

「……」

「それを“絆”って言うんだ」


(……また、ずるい言い方)


真由は小さく笑った。

でも、その笑顔は少し寂しげだった。



夕方。

会議室。

上層部ミーティング。


部長「柊君、君の異動先候補が決まった」

「……どこですか」

「本社戦略部。新規ブランド立ち上げプロジェクトだ」

「……つまり、BRIDGEから外れると」

「ああ」


(そんな……)


部長「もちろん、実績は評価している。

 だが、“公私の線引き”は必要だ」


柊はゆっくり立ち上がる。


「……わかりました」

「了解してくれるか」

「はい。ただ――」

「ただ?」

「藤原真由は、俺のチームの一員として最後まで責任を取らせてください」


部長が眉を上げた。

「……強いな、君は」

「彼女も強い。だから、俺も負けられないんです」



夜。

プロジェクトルーム。

誰もいないオフィスで、二人だけ。


「……聞きました。異動のこと」

「ああ」

「やっぱり……本当なんですね」

「一時的だ。新ブランドを軌道に乗せたら戻る」

「……約束ですか?」

「約束だ」


真由は笑う。

涙をこらえたまま。


「……だったら、私も頑張ります」

「うん」

「泣かないように、ちゃんと見送ります」

「泣いてもいい」

「やだ。見送る時は、笑ってたいです」


柊がゆっくりと手を伸ばし、

真由の髪に触れた。


「……君は、本当に強くなったな」

「課長のせいです」

「誠、だ」

「誠さんの、せいです」


二人は笑い合った。

だけど、笑いながら涙がこぼれた。



その夜。

Xに、二つの投稿が上がる。


《@WORK_LIFE_BALANCE》

「“好き”の先にあるのは、別れじゃない。

 信じて進む“選択”だ。」


《@mayu_worklife》

「離れても、心の距離は変わりません。」


コメント欄には、

“この二人、強すぎる”

“信頼の形が美しい”


(――“選択”って、別れることじゃない。

 きっと、“信じ続ける”ことなんだ)

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