第2話「奇跡の野菜と村の温もり」

 雪白カブと名付けたその野菜の収穫は、カイトに確かな自信と当面の食料をもたらした。スープにすれば、他にほとんど調味料を入れずとも野菜の旨味だけで身体の芯から温まるような深い味わいになる。薄く切って焼けば、表面は香ばしく中はとろりとした食感で、まるで上質な芋のようだった。


 数日間、カイトは様々な調理法で雪白カブを堪能し、その万能性と桁外れの美味しさに改めて驚いていた。この感動を自分だけで味わうのはもったいない。そう思った彼は、収穫したカブの一部を籠に入れ、村の中心部へと向かうことにした。


 カイトが住むヴェルデ村は、十数軒の家が点在するだけの小さな村だ。村人たちの表情は、痩せた土地での厳しい生活を反映してかどこか険しく、活気も乏しい。見慣れないカイトの姿に、人々は訝しげな視線を向ける。


『無理もないか。今までの "カイト" は、ほとんど家から出なかったみたいだしな』


 彼は少し緊張しながらも、村の長老であるトーマスという老人の家を訪ねた。トーマスは、しわの深い顔に聡明な光を宿した老人で、カイトの両親のこともよく知っているようだった。


「おお、カイト坊やか。珍しいな、お前さんがわしの家を訪ねてくるとは」


 トーマスは杖をつきながら、ゆっくりとカイトを招き入れた。


「こんにちは、トーマスさん。これ、うちの畑で採れたものなんですけど、よかったら食べてみてください」


 カイトがおずおずと雪白カブの入った籠を差し出すと、トーマスの目がわずかに見開かれた。


「畑で? お前さんのあの土地で、こんな見事なカブが採れるとは……」


 半信半疑のトーマスだったが、カイトの真剣な眼差しを見て一つ受け取ると、そばにあったナイフで小さく切り分けた。

 そしてそれをゆっくりと口に運ぶ。


 次の瞬間、トーマスの時間が止まった。彼のしわ深い目が見開かれ、驚愕の色が浮かぶ。ゆっくりとカブを咀嚼しごくりと飲み込むと、彼は深いため息をついた。


「こ、これは……なんという甘みと生命力だ。わしは長年生きとるが、こんな野菜は生まれて初めて食べたぞ」


 その反応に、カイトはほっと胸をなでおろした。


「本当ですか! よかった」


 トーマスはカイトの顔をじっと見つめた。その目には先ほどの訝しげな色はなく、温かい光が宿っていた。


「カイト坊や。お前さん、何か特別なことをしたのか?」


「いえ、普通に土を耕して種をまいただけですよ。土地が良かったのかもしれません」


『万能農具』のことは伏せて、当たり障りのない嘘をつく。トーマスはそれ以上深くは追及せず、ただ深くうなずいた。


「そうか……そうか。これは神の恵みやもしれんな。ありがたく頂戴するよ」


 この出来事がきっかけとなり、村におけるカイトの立場は少しずつ変化していった。トーマスがカイトのカブを絶賛したことで、他の村人たちも興味を持つようになったのだ。カイトは収穫した雪白カブを、惜しみなく村人たちに分け与えた。


 最初は遠巻きに見ていた人々も、一口食べると誰もがその味に驚嘆した。


「こんなうまいもん、食ったことねえ!」


「身体の調子がいい気がするぜ。力が湧いてくるようだ」


 子供たちは、おやつのように生の雪白カブをかじり、その甘さに歓声を上げた。村人たちの険しい表情は和らぎ、食卓には笑顔が増えた。カイトの家の前には、物々交換のために自分たちの作った干し肉や乏しいながらも貴重な塩を持ってきてくれる人々が現れるようになった。


 ある日のこと、一人の女性がカイトのもとを訪れた。彼女は幼い娘を連れており、その娘は顔色が悪くずっと咳き込んでいる。


「カイトさん……お願いがあります。あなたのカブを、少しだけこの子に分けてはいただけないでしょうか。この子、もう何日もまともに食事ができていなくて……」


 女性は目に涙を浮かべ、深く頭を下げた。カイトはもちろん断る理由などない。


「もちろんです。たくさん持っていってください。スープにすると、身体が温まりますよ」


 彼は一番大きく育った雪白カブをいくつか選び、女性に手渡した。彼女は何度も頭を下げて帰っていった。


 数日後、その親子が再びカイトの家を訪れた。娘は以前とは比べ物にならないほど顔色も良く、元気に走り回っている。


「カイトさん! 本当に、本当にありがとうございました! あなたのカブを食べさせてから、あの子の咳がぴたりと止まってすっかり元気になったんです!」


 女性は感極まった様子で、カイトの手を握った。


『特別な力を宿す、か。こういうことだったのか』


『万能農具』がもたらす作物の効果は、ただ美味しいだけではなかった。人々の身体を癒し、元気にする力がある。その事実を目の当たりにし、カイトの胸は熱くなった。


 前世では、誰かのために何かをしているという実感はほとんどなかった。ただ与えられた業務をこなし、数字に追われる毎日。しかし今は、自分の作ったものが目の前の人々の笑顔と健康に繋がっている。


 ヴェルデ村に、小さな、しかし確かな変化が生まれ始めていた。それはカイトがこの世界で得た、最初の温かい繋がりとかけがえのない喜びだった。彼はもっと多くの作物を作り、この村をもっと豊かにしたいと心から願うようになっていた。

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