46.




(さて……情報収集は終わったし、一度近くの村に戻るか)


 思って、野営道具をハンターポーチに片付けた瞬間だった。感じた気配にすぐさま臨戦態勢になり、獲物に手を掛けつつそちらに目を向けた。が、


「――久しいな、ヴェリス」


 現れたその姿にふっと警戒を解いて、名前を呼ばれたヴェリスは「何だよ」と息を吐いた。


「気配消して近づくなってえの、何かと思うだろうが……ベン」


 草木の陰から姿を現したのは、ロクの護衛であるベンだった。

 ちなみに、ヴェリスとベンは知人であり、ヴェリスが共闘してもいいと思っている数少ない人間の一人であるため、時間が合えば共に狩りに行くような仲でもある。それに伴い、ヴェリスはロクの正体も知っていた。

 ただ、現状ロクと関わり合ったことはなく、道すがらマイたちがパーティで居るのを見かけた時に、「何かすごい子がメンバーに居るなあ」と思ったものだった。


「悪いな、癖なんだ」

「まあいいけどよ。ところでお前の方から来るなんて珍しいこともあったもんだな? 何か用か」


 地図を広げ、帰還する村までの道のりを確認しつつ問いかければ、ベンは小さく「ああ」と頷いた。


「――お前に、口止めをするよう命令された」


 静かに、ぽつりと言われたそんなことに、ヴェリスが「うん……?」と地図から顔を上げてベンに目を向けると、ベンはいつも通り表情無く続けた。


「お前がこの地域に居るということは……彼女について知ったんだろう」

「…………」

「俺はそれを、お前が誰にも口外しないようにしろと命令された」

「はあん……命令の主はあのお嬢様か」


 村の位置を確認し終え、ヴェリスは地図を鞄にしまい込み、ベンに向かってはあっと息を吐く。


「なあ、一応聞いとくがお前はそれが正しいと思ってんのか? その事実をあのお嬢様だけが抱えるってことだろ。あそこのメンバーは四人でちゃんとしたパーティだ、組んでもう短くない。お互いちゃんとした仲間なんだろ? 損得で結んでる関係じゃないんだって、俺はそう見えてるけど」

「…………」

「家族とか、そういう関係に近いんじゃないかと思ったんだが――あの子の……マイちゃんの過去を知っていながら隠ぺいするのは、正しいことなのか?」


 問いかけられたそれに、ベンは目を閉じて息を吸い込んだ。


「……俺にとって、ロクの命令だけが絶対だ」


 そんなベンの答えにヴェリスはつまらなさそうに「あ、そ」と返し、不敵な笑みを浮かべる。


「――で? 俺が今“おっけ~了解”って言わなかったらお前はどうする気だ? 俺のこと消すつもりか?」

「……そうなっても、仕方ない」


 ヴェリスの答えに、ベンが腰に差していた剣に手を掛けた瞬間だった。


「――――オイ、誰に向かって口聞いてんだ? お前の前に居るのは“最強”の称号を与えられた人間だぞ」


 息ができなくなりそうなほどの威圧感と、冷や汗が噴き出るほどの殺気を放ちながら言われたそれに、ベンは一瞬息を止めたが強く剣を握ることで意識を保ち、ヴェリスを睨んだ。


「――例え刺し違えても、俺は……」


 そう言ったベンにヴェリスはやれやれと息を吐いて、脅すために出していた威圧感と殺気を消し、ベンに歩み寄ってその肩をぽんと叩いた。


「止めとけ止めとけ、俺とお前じゃ刺し違えることもできねーよ。圧倒的にお前が負けて終わりさ」

「ヴェリス」

「言わねぇっての、約束する。俺が約束破らない男だって知ってるだろ?」


 ウインクしながらそう言ったヴェリスに、ベンは剣にかけていた手を下ろす。


「……すまない」

「べっつに。お前も大変だな、誰かの下で動くのはよ」

「……? 大変ではない。俺は自分でそう決めて動いている」

「ああ、そう。まあいーけど……なあ、お前さ、だからマイちゃんのこと危険視してんのか?」

「そうだ」


 頷いたベンに怪訝な顔をし、ヴェリスは「ふむ」と頷いた。


「お前が調べた彼女の話をちょーっと教えてくれないか?」

「……? お前が集めた内容とほとんど変わらないど思うが」

「いーからいーから。ざっくり短めに」

「……彼女はあるギルドでハンターを狩るハンターとして育てられた存在だと。そして、三年ほど前任務中に突如姿を消した」


 ベンの口から出たそれらに、うんうんとヴェリスは頷きつつ「そうだな」と同意した後、すぐに「だが」と漏らす。


「俺はそれに違和感を覚えたさ」

「何……?」

「俺も同じ話をここいらのギルドの人間に聞いた。でも変なんだよなあ。任務中に姿を消したっていうにゃ、記憶を失ったマイちゃんが発見された時の格好がおかしい。第一発見者のアルガから聞かなかったか? 崖下で倒れてたマイちゃんは、殆ど何も装備していなかったし物も持っていなかったって」

「っ!」

「ちゃんと教育されたハンターが、任務に出ている最中に何らかの事故で記憶喪失になったとして、そんな格好なことあるか? それに、発見された場所もおかしいだろ。エルレ村近くの雪山の麓なんて、マイちゃんが居ただろうあのギルドの管轄外もいいところだろうが」

「それはそう、だが……」


 ヴェリスの言葉に考え込み、黙り込んだベンにヴェリスは「でだ、」と不敵な笑みを見せた。


「俺はとある子からある話を聞いた。猫の獣人族の――その子は記憶を失う前のマイちゃんだろう人物によく手紙を届けていたらしくてな、その人物がよく一緒に居た男も同時期に見なくなったらしく」

「それが何だ?」

「更に聞き進めたら、男は密猟しているハンターだとさ。それで大体予想はつかんか」


 言われたそれにベンはきょとりとし、「全く分からん」と答えれば、ヴェリスはがくりとこけて苦笑を漏らす。


「まあそうか……お前仕事人間だもんなあ……」

「結論を言ってくれ」

「あーつまり、マイちゃんはハンターを狩るハンターだったんだろ? で、同時期に姿を消したとなると……最悪の想像はこうだ。ハンターを狩るハンターの対象は密猟者で……それはマイちゃんとよく一緒に居た男だった。その男がマイちゃんの恋人で、マイちゃんはその男を殺してしまい……その重圧に耐えきれなくなってあのギルドから逃げ出した、とかな――で、自らの記憶に蓋をした」

「……もしそうだったとして、お前が手にした情報は確かなのか? その猫の獣人族とやらは何故お前にそんなに情報をくれたんだ」

「まあその昔、命救ったことあった子だったから? あとさ、お前も言われたろ。マイちゃんだろう人物の情報をくれた奴に……写真と、彼女を見かけたら教えて欲しいってな」


 言いながら懐から一枚の写真をヴェリスは取り出し、ベンに見せるようにした。その写真にはギルドナイトの装備を纏っている、長い髪を一つに束ねた一人の女性が映っている。何の感情も映らない目をしたその人は、よく見ればマイにそっくりだった。

 そして、ベンはその写真を知っていた。ヴェリスの言うように、同じく渡されていたから。


 そんな写真をヴェリスは破いて風に乗せ捨ててしまうと、くるりと踵を返した。


「その子は、任務中に姿を消したんじゃなくて、自らそこから逃げ出したんだろうさ。んで、それがマイちゃんってわけだ」

「…………」

「探されるなんて、よっぽどいい“駒”だったんだろうな? ただ……ネコちゃんに色々と話を聞いて、俺はあのギルドを許せそうになくてな」

「どういうことだ……?」

「ハンターを狩るハンターが相手の命を奪うのは普通、抵抗されてやむをえない場合だけだ。勿論、密猟なんか行う奴相手じゃそうなることは多いとは思う。でもだ、密猟は重罪だが、法に則って罰を与えるもんだろ――――けど、ネコちゃんから聞いた彼女の話は違った。そして、その指示を出してたのはあの糞みてえなギルドの上官で……それを命令しているそいつはもう、ただの猟奇殺人者だろ。おそらく洗脳されてた彼女は、完全にただの被害者だ」


 言って、ヴェリスはベンに振り向き、ふと笑みを浮かべる。


「俺が関わったマイちゃんっていう人物は、馬鹿みてーにお人好しで、異常に責任感が強くて、ただただ優しい子だった。それはきっと、彼女の本質で――だから、耐えきれなくなって記憶に蓋をしたんだと俺は思う」

「……だから、彼女は危険ではないと?」

「俺の考えはそうだ。記憶を思い出して、これまでの記憶が残ったままだとしたらマイちゃんはきっと――あのパーティから姿を消すんじゃないかな」

「だがそれらも、お前の想像に過ぎない」

「ああ、その通り。俺の想像だし、何なら願望も入ってる。ただ、彼女が可哀想な子には違いないさ」


 そこまで言うとヴェリスは歩き出し、思い出したようにわざとらしく「ああ、そうそうっ」と声を上げた。


「黙ってるっていうの、頷いたがもちろんタダでじゃねーぞ。交換条件な!」

「……どんなだ」

「簡単だよ――もし、この先何かあってマイちゃんのことでどうこうすることがありゃ、俺を頼れってアルガちゃんに伝えといて。使える情報色々と持ってるから」

「それだけか?」

「おう、そんだけだ。じゃーな、ベン。またな~」


 手を振ってベンを置き去りにし、ヴェリスはあることを思い返した。

 それは、自分がマイの過去の情報を集める際に出会ったとある男のこと。男は気味の悪い笑みをずっとその顔に張り付けながら、自分と会話をしていた。「人を探している」と言った自分の言葉に「奇遇だ」と言ってきて、自分はマイのことは何も話さないようにしつつ酒を飲ませてそいつに話させ、結果嫌な思いをした。


 ――『アレはとても具合が良かった』

 ――『勝手に居なくならないよう調教をした』

 ――『従順で使い勝手が良かった』


 手が出なかったのが奇跡だと言ってもいい。それらが、本当にマイの話だったのか分からなかったから我慢できたことだ。

 けれど、その男は最後に『この子を見たらうちのギルドまで連絡をくれ』と、件の写真を渡してきたのだ。そして、その写真を見た瞬間、自分の怒りは山を越え、いっそのこと冷静になった。


「……胸糞悪い」


 チッと舌打ちをして、ヴェリスは思う。


(マイちゃんは……多分あいつの駒で、愛玩動物みたいなもんだったんだろう)


 それを知り、彼女が何をしていたのかまで突き止めて、ヴェリスは改めてあの男を殴っておけばよかったと思った。


(でも、んなことしちまえばマイちゃんの居場所がバレかねんしなあ……)


 ギルドから“最強”の称号を与えられているとはいえ、ヴェリスは一介のハンターでしかない。ハンターとして有名人ではあるが、ハンターとして有名人なだけだ。権力的なものは何も持ち合わせていない、ただのハンターである。政治的な後ろ盾は何も持っていないし、持つ気もないヴェリスであるから、基本貴族や権力者が属しているギルドから「罪人だ」とされてしまえば、そうなるしかなくなってしまうだろう。

 マイが居ただろうあのギルドの例の男も、貴族階級を持つ人物だった。もしそいつから罪人扱いされてしまったとして、それを覆すにはそいつ以上の権力者が後ろ盾してくれる以外にない。

 そして、それが出来る現状ヴェリスが思いつくマイに近しい人物は――……


(……ローザノイン・シェーンブルク=ヴィドゲンシュタイン――――彼女が動いてくれれば、あるいは)


 ハンターとして多くの土地へ向かい、たくさんのギルドを見てきたヴェリスはそれこそ腐ったギルドなど多く見て来ていた。ただ、それらをどうにかする術はヴェリス自身にはないため、王都に勤務する信頼できる知人にその事実を伝えるくらいしかできていない。


(マイちゃんがこのまま何も気付かず平穏に暮らせるならそれでいいんだろう。だが、探されている時点でそれはもう難しい話だ……あの子が平穏に暮らすにゃ、あの腐ったギルドをぶっ潰す必要があるだろう)


 弱小ギルドを一つ潰すことくらいならヴェリス一人でもできたが、その後処理を考えると感情論だけですべきことではないため、ヴェリスから動くことはできなくヴェリスは「んー……」と悩ましい声を上げてため息を吐いた。


(とりあえず俺はもうちょいあのギルドを解散させるべく証拠を集めとくかねえ。んで、アルガちゃんから要望あったらすぐ渡せるようにしとこう)


 そんなことを思い、ヴェリスはいつもの生活に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る