22.
「あれっ? マイちゃん、双剣じゃないんだ?」
集合場所にて、遅れてやって来たロクから挨拶の後そう言われ、マイは言葉を濁すように「ああ……」と呟く。ロクの言葉に、すでに集まっていたアルガとノアールからもマイは目を向けられた。
「そういえば、双剣作るってこの間言ってたねえ。素材足りなくて作れなかった?」
「ううん? 加工屋のおじちゃんに頼んでたよね、作成。あたしてっきり今日はそれで来るんだと思ってたから」
「それなんだが……よくよく考えたらわたしは双剣用の装備をまだ持っていなくてだな……」
「ああ、弓からじゃさすがにスキルが違いすぎるわよね。じゃあそっちの素材が足りなかったのかしら?」
「まあ、そんなところだ」
「なら今度はマイちゃんの双剣用装備の素材集めに行かなきゃだね! しばらくはあたしのハンマーの強化素材取りに行くの手伝ってもらっちゃったし~」
「えっ! 次はオレの太刀の素材取りに行くんだよね!?」
「ノアールは後でいいんじゃない?」
「話が違う~っ!!」
「ははは……いや、わたしのは後でいいから。弓では問題なく戦えるんだし……」
「本っ当にオレに優しいのマイちゃんだけだよ~……」
べそをかくノアールにマイは苦笑を浮かべつつ、一通りいつもの流れの会話が終わると、アルガが「じゃあ、行きましょう」と先導し歩き出した。皆が歩いて行く最後尾を歩き出して、気付かれないようにふと息を吐く。
あの後――出来上がった双剣を受け取った後、マイはそれを持って訓練所を訪れていた。訓練所には最初にギルドから配られる各武器の使用感を試せる場所のほかに、ハンターが作成した武器の使用感を試せるトレーニングルームが存在するのだ。マイはそのトレーニングルームの一室を借りて、一人でまたあの双剣を握ってみていた。
けれど、最初に握った時に見たあの謎の幻影を見ることはもうなくて、あれが何だったのか未だに全く分からない。ただ、一瞬だったけれど、見えたあの光景は何でか妙に生々しくて、それから――――とても、怖かった。
それを知ることを、本能的によくないことだと思うけれど、何故か同時に知らなければならないと思っているのも確かであり、それがどうしてかはやっぱり分からない。
(一瞬見えたあの人も誰だったのか……男なのか女なのかも分からなかったが、ただ……わたしに向かって手を伸ばしてきていた……)
何も分からないけれど、その中で一つだけ分かることもあった。おそらく、多分、確実に――一瞬だけ見えたあれは、自分が忘れてしまっている、何らかの記憶なのだろうと。そして、あれが忘れてしまっている記憶だとしたら、マイはただ「怖い」と思った。
自分のことを何一つ分からないのを、どうにかしたいとは今も思っている。けれど、何故だろう、それを思い出すのが酷く怖いと感じてしまっていた。
――「君の失くした記憶は、君が失くしたかった記憶かもしれないよ」――
以前関わった、ヴェリスの言葉を思い返してマイから自嘲的な笑みが零れ落ちる。
(案外、本当にそうなのかもな……きっと、だから、こんなに怖いんだろう)
それに対して、こんなにも恐怖を感じるのならば、思い出さなくてもいいのかもしれない。なのに、自分の中の知らないどこかが、それを「思い出せ」とも言ってきているのも感じていた。
(わたしは……それを知って、わたしのままで居られるだろうか……)
自分が「マイ」になる前に、一体どこで何をしていたのか。どうして、記憶が抜け落ちてしまっているのか。
前を歩く三人の姿を見て、マイはぐっと唇を噛んだ。
記憶のない自分を、当たり前のように受け入れてくれて、仲間になってくれた、わたしの、初めての仲間。
彼らの存在はもう、自分にとってかけがえのないもので、唯一のものだ。
何もなかった自分に、初めてできた、確かに大切だと思えるもの。
(失くしたく、ないなあ……)
そう思うけれど、何もかも不確定である今、マイにはそうするための方法が何一つ分からなかった。
*
「アルガって、色んなこと知ってそうだよな」
狩場までは徒歩で二日かかる道のりであるため、一行が予定通りのポイントでテントを張り野営をする中で、マイはアルガと二人きりになったタイミングでふとそんなことを言った。ちなみに、ロクとノアールは就寝済みである。
こういったモンスターが出るような場所での野宿の場合、このパーティでは二人起きていて二人寝るという体制を取ることにしていて、今日はアルガとマイが夜通し起きている当番だった。
「藪から棒になあに? 何か聞きたいことでもあるの?」
マイの言葉に首を傾げつつ、アルガはコーヒーを淹れたカップを二つ持ち、一つを焚き火の前に座るマイに渡し、マイの向かい側に座る。そんなアルガに「ありがとう」と言い、マイは苦笑を浮かべた。
「いや、まあ聞きたいことというか、気になることがあって」
「何?」
「アルガは、騎士団について詳しいだろうか?」
聞かれたそれに「騎士団……」と小さく繰り返して、アルガはカップのコーヒーを一口嚥下すると、何かを考えるように空に目を向ける。
「詳しいと言えば詳しいけど……マイちゃんが言ってるのがどっちかによるわねえ」
「えっ? どっちって?」
聞き返されたことはすでにマイの知識にはなかったことであり、アルガはそれに「ええ」と頷いてみせた。
「ひとえに騎士団って言っても、大きく分けて二つ存在するのよ。一つは国を守るために国に所属している王国騎士団……世間一般的に言われている騎士団っていうのはこっちの方ね。国家資格もあるものだから。それから、もう一つはギルドに所属してる自治体みたいな感じの騎士団ね。こっちは国の騎士団と名前を区別するために今は“ギルドナイト”なんて呼ばれてるわ」
「へえ……そうだったんだな」
「ええ。で、マイちゃんが聞きたいのはどっちの話?」
「う〜ん……多分ギルドナイトの方、かな? この間作った双剣なんだが、加工屋にデザインの話で“ギルドの騎士団が使う剣からもらってる”って聞いて……」
「ああ、それならギルドナイトの方ね。双剣で騎士団の〜って言ったらギルドナイトが使う剣のことだろうから。で? 何が気になったのかしら」
「大した話じゃないんだ。単に、武器を作る時にその話を聞いて、騎士団とはよく耳にするが何をしている人たちなんだろうなあと思ってな」
何でもないようなふりをしつつ、そんな言葉を吐きながら、マイは自分が作成を頼んだあの武器のことを思い返す。
今までハンターになってから、何もマイがずっと双剣を使ったことがなかったわけではない。それこそアルガらと出会う前一人で狩りをしていた時は、ずっと双剣を使用していた――けれど、あの双剣を握った時のような幻影を見たことはなかった。
言うなれば記憶の欠片、それを呼び起こしたのはおそらくあの双剣だったからだろうとマイは推測している。
トレーニングルームで何度もその剣を使い藁筒を切り倒したけれど、結局あの幻影をもう一度見ることはなかったとしても、感じたことはあった。その双剣に、今までずっと使っていたようだと――そんな、既視感を。
そうなると、自分はもしかすると騎士団に所属していたのではないのだろうか、という考えがマイの中に浮かんだのだ。ただ同時に、そうだとしたら自分の見たあの恐ろしい幻影は一体何だったのか、騎士団とは何をしているところなのかと気になった。
「そうねえ……基本的には私たちとそんなに変わらないとは思うわよ」
「えっ? わたしたちって……ハンターと、ってことか?」
「ええ。そもそも、ギルドナイトの人たちってハンター上がりが多いから。各ギルドにてギルドの人間にハンターがギルドナイトにならないかーって誘われてなることが多いのよ。勿論、採用試験も年に一回設けられてたりして、そこからなってる人たちも居るけど」
「ん? んん? ハンターがギルドナイトになるのか……?」
「なるっていうか、それは個人の自由。ある程度優秀で、人格的に問題のない人物であればギルドから声が掛かることがあるって話よ。でも、声かけられたらなる人が多いんじゃないかしら。ハンターと違って固定給だし」
「そうなのか……まあ、確かにハンターは能力給っていうか、クエスト成功すればするだけ貰えるって感じだもんな」
「ええ。でもギルドナイトの方はギルドに雇われるわけだから、ギルドから月に固定給が支払われるのと、プラスで任務によっての危険度で歩合が発生する感じだから……ハンターよりお金事情は安定はしてるわねえ。武器とか防具なんかもギルドから完全支給されるはずだし」
「へえ~……やっぱり詳しいんだな、アルガは」
「まあ、私は何回か誘われたことあるから。全部断ってるけど」
「えっ、そうなのか? 何で?」
「そりゃ好きな時に好きなことできないもの。狩るモンスターだって自分で選んだ方がいいじゃない?」
「そうか……いや、うん、そうか……?」
「私は安定よりも、自由であることの方が重要なのよ」
そう言い切ったアルガの言葉に「アルガらしいな」と思いつつ苦笑を浮かべていれば、アルガはふと息を吐いて「ただ」と呟いた。
「ギルドナイトについて私が知ってるのはこのくらいね。誘われたから給料事情は知ってるけど……本当には何をしているのかは詳しくはそんなに分からないわ」
「え……」
「一応誘われたときに、どんなことをするのか多少は聞いたけど……ギルドナイトの主な仕事は、そのギルドのある村や町の脅威となりうるモンスターを優先的に討伐することから始め、同じく周辺モンスターの調査、自分たちには手に負えないモンスターが出現した場合、討伐できうるハンターが到着するまでの足止めとか、それからギルド内でたまに素行の悪いハンターが報酬金にケチ付けたりすることがあるでしょう? そういうのの粛清とか……だからある程度優秀で常識的なハンターに声が掛かるわけだけど」
言われたことにマイはギルド建物内のことを思い返し、確かに何人かハンターではなく騎士っぽい同じ装備をした人が、ギルド内の隅に立っていたなと思う。
「聞いたのは、ハンターの仕事にちょっとお役所仕事みたいなのが増えるってだけだったけど……ギルドナイトについては分からないことが多いわ。何せ、さっき言ったように自治体みたいなものだからその場所によって多分、かなり違うのよね」
「そういうものなのか……?」
「まあ……それこそ、私たちが今利用しているエルレ村のギルドはかなりいい環境のギルドになるんだけど、場所によってはギルド自体が素行が悪いようなギルドもあるし……本当、さまざまなのよ。それに、私たちには関係のないことだけど、怖い噂もあるわけだし」
「怖い噂?」
「ええ。私たちが狩っているモンスターはギルドによって数が管理されてるっていうのは、もちろん知ってるわね?」
「ああ。基本的にモンスターをモンスターという名前では呼んでいるが無差別に殺していいわけではなくて、わたしたちとは共生関係にあるわけだから、人が住む場所まで来てしまっているようなモンスターや、観測上異常発生してしまっているモンスターを間引くように……それらがクエストとしてギルドから発行されて、わたしたちハンターがこうして出向しているんだろ?」
「そう。だから基本的にはクエスト内に記載されているモンスター以外は狩猟してはならないわ。特殊な状況にて、ギルドに緊急要請を掛けて許可されればそれもよくなるし、逆にギルドからの連絡で近場のハンターにそれの討伐要請が出たりして狩猟することはあるけれど……モンスターの狩猟に関しては全てギルドが担っているの。ハンターの独断で捕獲ならまだしも、殺してはならない」
「ああ、そうだな」
「許可のないモンスターを狩ってしまえば、それは密猟になってしまうわけだけれど――ハンターによる密猟っていうのは、後を絶たないのよ」
アルガの口から出た言葉に「密猟……?」と繰り返すと、アルガはふと息を吐きながら「そう」と短く頷いた。
「マイちゃんも思ったことはない? モンスターの素材が高く売れるなあって」
「んー……まあ? レア度にもよるが、強いモンスターの素材であればあるほど、高値ではあるな」
「今のマイちゃんだと、強いモンスターを倒してもその素材は武器や防具の作成に消えていくわけだけど……ある程度それも終わってしまうと、当然素材は要らなくなって、使い道のない素材は売ることになるわよね。そうなるとこう思う人も出てくるのよ」
「こう……?」
「――――このモンスターの素材を売れば、金になるって。その人にとって狩ることが大変じゃないモンスターの素材も、高値で売れると気付けば金のためにハンターをやってる人間なんか、特にそう思うでしょうね。けどギルドに数を管理されてる以上そのモンスターがクエストとして常に出ているわけではないから、密猟に走るハンターが出るのよ。モンスターの素材自体も生活上服とか、家具とか、何にでも使えるから値は下がらないし」
「そうか……」
「当然密猟扱いになってしまうモンスターは絶対数が少ないわけだから、絶滅してしまう恐れがあるし、生態系が狂い兼ねない。だからハンターの密猟は重罪とされているのだけれど……ここで出てくるのが怖い噂ね」
言って、アルガは手に持っていたカップを近くの地面に置いて、足を組む。アルガの言う「怖い噂」というものの見当がまるでつかず、マイが首を傾げていればアルガは焚き火を見つめた。
「――――ギルドには、ハンターを狩るハンターが存在している、って」
「ハンターを狩る、ハンター……?」
「ええ。まあ、簡単に言うなれば対ハンター用の暗殺者ってところかしら。密猟をするハンターはギルドからすると敵であるから、それを行ったハンターは秘密裏にギルドに消されているってもっぱら噂ねえ。ちなみに、噂なのは誰もそれを見たことがないから、だけど」
「見たことがないっていうのは」
「そりゃ、ハンターが狩りを行うフィールドは広いもの。そのハンターがクエストを受けてフィールドに出て帰ってこなかったとしても、その原因調査には行くけれど死体探しには行かないわ。フィールドに出て死んでしまえば、ほとんどの場合死体は回収されることはない。肉食や雑食のモンスターも多く存在するから、単に事故死として処理される――元々、ハンターなんてそんな職業なわけだし」
「そうか……密猟者であれば、それこそフィールドに出る必要があるから何らかのクエストを受けて出て行く方が怪しまれないもんな。そしてその過程で――……」
「そう、ギルドによって消されている――……なあんて、そんな噂があるのよねえ」
「ハンターを狩る、ハンター……」
「……まあ、私は噂じゃなくて実際存在してるんじゃないかって思うけど」
「何でだ?」
「密猟の噂があったハンターがクエストに出たまま帰ってこないっていうのは何人か見たことあるし、何よりも私はフィールドで鋭利な刃物のようなもので首を切り落とされていた死体を見たことがあるから。所持品も残ってたし、確認したら密猟の噂のあるハンターの一人だったのよねえ」
「――え」
「もちろんギルドにそれを報告したけれど、フィールドで死んでいた以上その死因は基本的にモンスターによる事故死としか処理されないって。人の手でそれが行われていたとしても、目撃者が居たり、その犯人が自首でもしない限りそれが殺人なのかは分からないし、当然調べられもしない。フィールドに出たまま帰ってこないハンターなんて、年間百を超えるんだから。それに、鋭利な刃物のような爪や尻尾を振り回すモンスターも実際居るわけだし?」
「まあそうか……そうだな」
「これらはあくまで噂だから、密猟を行わせないためにギルド自身が流したものである可能性もあるけど……そんな話もあるわよって話。当然、普通に」
アルガの話に「なるほどなあ」とマイが言えば、アルガはにこりとマイに笑いかけてきたのだった。それに何となく首を傾げながら笑い返してみれば、アルガは楽しそうに「ふふっ」と声を上げた。
「ギルドナイトの話はこれくらいしかできないわけだけど、これで良かったかしら?」
「ん、ああ。充分……――あ、そうだ、わたしからしたらギルドナイトについて詳しかったと思うが、アルガは騎士団についてはもっと詳しいのか?」
マイから聞かれたそれに、アルガは鞄から今向かっているモンスターの資料だろう紙束を取り出し、それに目を落としながら「ええ、まあね」と笑みを浮かべる。
「――私、元々騎士団の人間だったから」
「へ~……えっ?」
「ちゃんと国家資格も持ってたのよね」
「えっ!?」
ちなみに、マイはアルガにこのことを聞く前に自ら「騎士団」について調べては居た。そして、アルガの話を聞いて自分の調べていた騎士団というのは「ギルドナイト」ではなく、「騎士団」の方であり、自分が知りたかったのは「ギルドナイト」のことだったため、アルガの話を聞きながら若干「調べたの無駄だったな」なんて思っていた。
そうであるため、マイが情報収集した「騎士団」の情報というのは、アルガが勤めていたという「騎士団」の方であり、拙いながらも集めれた自分の「騎士団」についての情報から、アルガの口から出た「元騎士団だった」という発言は驚くべきものだったのだ。
何故なら、世間的に見て「騎士団」という職業は、武力を有する者たちにとって憧れで、目指すべき職業であり、実力はどうあれハンターよりも立派な職業だと言えるものであるから。更には、その中でも国家資格を与えられている騎士団員というのは、騎士団の中でも十パーセントほどだとマイはどこかの本で読んでいた。
驚くマイの表情から、それらを読み取ったアルガは妖艶に笑い、マイに向かって首を傾げる。
「なあに? そんなに驚いちゃって」
「い、いや……国家資格を持っていたなら、なんで今ハンターをやっているんだろうな~とな……」
「ああ、簡単な話よ――楽しくなかったから辞めたの」
「えっ?」
「騎士団の仕事……お国を守るために動くのはもちろん誇れたことだったけれど、楽しくはなかったから」
「楽しくなかった……」
「ええ。つまらなくもなかったんだけど、楽しくもなかったから辞めたのよ」
意外なところから聞けてしまったアルガのそんな過去に、マイは小さく「そうか……」と呟いてアルガに目を向けた。
「ならわたしは……ラッキーだったな」
「え?」
「アルガがハンターになっていなければ、わたしは多分ここに居ないだろう。だから、アルガがハンターになったこと感謝しないとな――あ、じゃあ今アルガは楽しいんだろうか?」
そんなマイの言葉にアルガは一度目を大きく開き、すぐに可笑しそうにくすくすと笑うと「ええ」と頷き息を吐く。
「とても楽しいわよ――あなたたちのような仲間にも巡り合えたわけだし?」
「そうか――わたしもだ。今更だがありがとうな、わたしのことを拾ってくれて」
「……マイちゃんのことを拾ったのは完全な気まぐれだったけど、まあ、いい拾い物をしたわねえ、私」
「物って……」
「ああ、そうね。じゃあ大切な仲間、かしら?」
「からかうなよ」
「ふふっ」
そうして笑うアルガと同じく笑いながら目を細め、マイは思った。
自分はこのまま、何も知ることもなくただ「マイ」として生きて行けばいいんじゃないかと。
自分の中から消えてしまった記憶に対して、今のところ感じている感情は「恐怖」のそれだけであり、思い出すことは酷く怖い。そうであるならば、もういっそ知ろうとすることをせず、ずっと思い出さなければこのまま居られるんだろうと、そう思う。
そう思うのに。
(……どうしてわたしは、それを思い出さなければならないと、どこかで感じているんだろう)
あの双剣を握ってから、自分の中のどこかからそんな叫びを感じ取っていた。それを感じながら、目の前で笑うアルガを始め、ロク、ノアール、そしてラピスの姿を思い浮かべてマイは目を閉じる。
今の自分にできた、大切な存在たち。失くしたくないと、そう思うもの。
だから、今はまだ、とマイはその叫びから目を逸らすことを決めたのだった。
*
「ねえ、アルガちゃん」
翌日、アルガの指示によりノアールとマイの先導で狩場まで歩く中、ふと小さな声で名前を呼ばれ、アルガは視線だけロクに向けた。ロクの視線は真っすぐに前を歩く二人に向いていて、何となく今からする話は、前を歩く二人には聞かれたくないことなのだろうと感づき、アルガも小声で返事をすることにする。
「何?」
「昨日……マイちゃんと何か話してたよね。何話してたの?」
聞かれたのはそんなことであり、わざわざそんなことを探るように聞いて来る理由がアルガには分からなかったが、答えない理由もないため「別に」とすぐに答えた。
「気になることがあるから、って聞かれたことに答えただけよ。特筆して話すようなことでもなかったと思うけど」
「気になることって?」
「マイちゃん、この間ギルドナイトの双剣作ったんでしょう? それでギルドナイトって何してるところなのかって聞かれただけ」
「……様子がおかしかったとか、ない?」
「マイちゃんが? ……ええ、別にいつも通りだったけど」
そんな自分の答えに、ロクがほっと息を吐いたことに気付いたけれど、アルガは何も言わずロクの言葉を待った。
「そっか。ならいいんだ」
「……私に何か伝えておくことはないの?」
「今は、何も」
そう言われたことにアルガはふと息を吐いてから、マイに目を見つめる。
ノアールと地図を覗きあい、首を捻りながら道を指差すマイの姿に「マイちゃんも大概方向音痴よね」と笑いが込み上げた。
「……ロクちゃん、私は多分、貴女の味方だから」
「え……――ベンお兄ちゃんが、何か言った?」
「いいえ? でもそうね、何も言われなかったから、マイちゃんに何かあるんだろうってことは分かるわ。ただ、私は下手に詮索したりしない」
「………………」
「私も――……マイちゃんがいいって、そう思うから」
アルガから言われたそんな言葉に、ロクは一度ぐっと奥歯をかみしめてから、小さく「ありがとう」と呟いたのだった。
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