19.




 三日かけてたどり着いた、ギルドによって整備されている件のモンスターへ挑むための待機場所。そこから崖下を覗き込めば件のモンスターの姿があり、それを目に留めてマイは思わず息を止めた。そんなマイの様子に気付いたヴェリスは、マイの肩を少し強めにぽんっと叩いてきた。


「お〜いマイちゃん、大丈夫? 息してるか~?」

「あ、ああ……すまない、ちょっと圧倒されて……」


 そうなるのも無理はない、件のモンスター――危険種大型甲殻種モンスター。期に数回、活火山ある地帯のほぼ同じ場所に同じような個体のそいつが湧く。繁殖方法は解明されておらず、ただ、湧いて出てくる時は周辺の火口が異様に活発化するため、それが観測されると同時にギルドにクエストが発生し、ハンターが派遣されるのだ。溶岩の奥から湧き出てくるそいつの性格は実に凶暴であり、ギルドの観測上火山から外へと出たそいつは通過地点のモンスターを全てなぎ倒して食らったという。また、どこからやってきているのか詳しくは解明されていないが、少なくとも溶岩の奥から湧き出てくるそいつの体温は以上に高温であり、森を歩けば本人は火を噴けるような器官はないが木々に火が点いたらしい。結果、ギルドでは生態系を壊しかねないそいつを「危険種」として分類し、観測されたら火山から出さないように即討伐、と定められたモンスターである。

 大型という名に恥じない、体躯は二十から三十メートル近くあるカメのような骨格のそいつ。そもそも溶岩に囲まれたこのフィールドはハンターにとってかなり過酷なフィールドであり、その上であの凶悪そうなモンスターと戦うとは、自分でこのクエストに来ておいてなんだが、ハンターって大概頭おかしいんじゃないかなとマイは思った。


「あっはっはっ! 大丈夫大丈夫っ。んなビビらんでも! 動きさえ掴めりゃ怖いモンスターじゃないさ」

「……お前は、怖くないのか?」


 ぽつりと聞かれたことにヴェリスは一度きょとっとしてから、すぐに目を細めて「いいや?」と肩をすくめて見せる。


「――俺は、どんな奴を前にしたっていつだってちゃんと怖いよ。でも、戦って勝つって覚悟決めて挑んでるからね。マイちゃんには、まだ覚悟とかも足りないんじゃないかな」


 優しい口調で言われたヴェリスの言葉に、やんわりと突き放されているような気がして、というよりも突き放されているのだろう。まだ君にはあいつに挑むには早い、と。

 それが分かり、マイはぐっと息を呑み込んだ。


「……わたしは、何をしたらいい? 教えを乞うたが、わたしは、何を……」


 聞けばヴェリスはマイに対してにっと歯を見せて笑い、ポーチからあるものをマイに差し出す。


「――はい、これっ! 全体回復薬十個~!」

「えっ、」

「マイちゃんには俺のHP管理してもらうよ。俺がヤバそうだったらそれ使ってくれりゃ、俺がキャンプ送りになることないし。ただ、使うとマイちゃんにヘイトが向くこともあると思うから、そうなったらもう何もしないでただ逃げて。とにかく生きて」

「はっ……」

「マイちゃんは、俺が良いって言うまで決して奴のことを攻撃しちゃならん。同じフィールドに立って、君はただ奴の行動を観察しろ。動きを把握するために、延々とただ見てるんだ」

「見て、る……」

「奴は体力が高い。だから一度またここに戻って態勢を立て直す必要が出てくるだろう。その時に、マイちゃんが俺が何故あの時あの位置に居たのか、何故そう動いていたのか聞くから、そういうの、全部ちゃんと理解することができていたらそこからは一緒に戦ってもいい。それまでは、ただ観察をすること。いいね?」

「分かっ、た」

「ハンターの戦いで最も重要なのは、己が生きていること――生きてさえいれば勝機は見出せる。力尽きてちゃ始まらん。まずは相手の動きを完璧に読み込んで、避けることを覚えるんだ。攻めの手を考えるのはその後さ――じゃあ、行こうか!」




 そう言って、モンスターのフィールドへと降りたったヴェリスは圧倒的だった。


 言うなれば――ヴェリスという人物は、化け物並みの強さを持っていたのである。


 出会った時や、道中のへらへらとした軽い感じは一体どこへ行ったのか、戦いに身を投じたヴェリスはひたすらに玄人だった。

 ヴェリスが使用していた武器はランス。扱い事態は単純なもので、攻撃パターンというものが多く存在しないシンプルで武骨な武器である。ただ、大きな槍に大きな盾を携えるランスは、武器を構えての移動は双剣などと比べてかなり遅く、扱い方を覚えやすい武器である反面、扱いにくいともされている武器だ。攻撃の手数は少なく、動きが遅いためそのモンスターの動きを完璧に捉えていないと上手く扱えない――ただ、それはどの武器にも言えることではあり、ヴェリスはというと、見事にそれを体現していた。

 件のモンスターの攻撃手段には、自身の声もあった。咆哮の種類は二種類存在し、衝撃波を伴う咆哮と伴わない咆哮があった。モンスターの咆哮は下手するとこちらが気絶しかねないくらいの音圧と振動であり、耳を塞いで耐える必要がある。ただ、音も衝撃だという原理に伴い、タイミングさえ合わせて回避行動をすれば、耳を塞ぐ必要なく、それを避けられる。しかし、音とはまた別の衝撃波を伴う咆哮はその咆哮を回避したところで、吹っ飛ばされてしまうわけなのだが――ヴェリスはというと、普通の咆哮は当たり前のようにステップで回避して、衝撃波を伴うものは盾でそれをガードし、カウンターで迎え撃っていた。大きな体躯を揺らして放たれるモンスターの攻撃を避ける、もしくはガードをしてカウンターを打つ、隙をついて攻撃する、その繰り返し。

 暴れているのだろうモンスターは、少し離れた位置から観察していたマイからしたら、まるでヴェリスの手の平の上で転がされているように見えていた。そうして、目で見て分かるくらいの速度でモンスターの体力が削られて行ったのだ。

 気付けば「休憩を挟む」と言っていたその休憩を挟まずして討伐は完了――普通はこのくらいかかるだろうという時間の、ものの四分の一ほどの時間で討伐が完了してしまい、モンスターがこと切れずずぅん……っ、と音を立てて地面に沈んだことにヴェリスは「あっ」と苦笑を浮かべる。


「……そーいやこれ、上位級だったかあ」


 ぽつりとつぶやかれた言葉にマイが何も返せないで居ると、ヴェリスはガシャンっと音を立てて武器を縮めて盾と共に背負うと、くるりとマイに振り返り「あはっ」と笑った。


「ごめんごめんっ! 早く討伐しすぎちゃったねえ〜! 如何せん、モンスターを前にすると手加減とかできんくてなあ。参考になった~?」

「……お前、」

「ん?」

「何でわたしなんかに声を掛けてきたんだ……?」


 結局、ヴェリスから渡されていた回復薬をマイは一度も使っていない。当然だ、ヴェリスはただの一度もモンスターから攻撃を受けていないのだから。すべての攻撃を、回避かガードでしのぎ切った。それも、回復薬をわざわざ渡された意味など分からないほど正確に。

 だから、モンスターの討伐が完了してマイの口から零れ落ちたのは、そんな言葉だった。


 それを聞いたヴェリスは、ややあってマイに笑いかける。


「――人助けが、俺の趣味だから」


 答えられたのはそんな言葉で、マイは「はあーっ」と息を吐いた。そんなマイにヴェリスは歩み寄り、すれ違いざまにぽんっとマイの肩を叩く。


「さて、俺はギルドに討伐完了の報告をしてくるから、マイちゃんはモンスターの素材を剥ぎ取ってくるといいさ。はい、お疲れお疲れ~っ!」


 そう言って、からからと笑うヴェリスに振り返り、離れていく背中を見つめながらマイは思った。


 ――元々観察眼は鋭い方だという自信はあるけれど、ヴェリスの強さがどのくらいか分からなかったのかこのせいか

 ――こいつが、強すぎるから分からなかったのか


 とんでもない男と「友達」になってしまったものだとマイが息を吐くと、ヴェリスは「あっ」と声を上げて顔だけマイに振り返る。


「で、早く倒しすぎといてあれだけど、マイちゃん何か参考になった~?」


 改めてゆるりと聞かれたことにマイはぐっと一度口を引き締め、はあっと息を吐く。


「あれだけお手本のように倒してくれたんだ……参考になり過ぎたくらいだ」

「ふうん。……奴が立ったら?」

「衝撃波を伴う咆哮が来る」

「俺が基本的に奴の右側に構えてたのは?」

「骨格の問題か、奴の攻撃が基本的に左に寄っているからだろう。右側に居た方が避けるのも、ガードするのも見てからできるからそれらがしやすい」

「弱点は?」

「執拗に狙っていたから頭だろ。それから……固い外角に覆われていない腹だろう?」

「奴が地面に潜ってフィールドの端に移動したら?」

「フィールド全体に扇形の攻撃が来るから、奴の後ろ側に回り込まなければならない」


 ヴェリスの設問に対して淡々とマイが答えれば、ヴェリスはにっと笑って「おっけえ〜っ」と言った。


「ご〜かく! 後の細々したところは帰路でサービスで教えてあげよう! 早く討伐しすぎちゃったお詫びも兼ねてね~」


 そうして、ウインクをしてから歩いて行くヴェリスにマイはやはりため息を吐くのだった。






「ま~しかし、半年でこのランク帯に居るって改めて思うとすっごいよねえ~マイちゃん」


 ギルドへの報告も終えた帰り道、行きと同じように声を掛けてくるヴぇ位r巣にマイは「ははは」と乾いた笑いを浮かべる。


「お前にそれを言われると……いっそ自信を無くすよ……」

「いやいや、でも俺はあれだから。見込みのない奴にゃ指導なんかしないからさ」


 さらりと言われたヴェリスの言葉にマイがヴェリスに目を向ければ、ヴェリスは続けた。


「――君はちゃんと強くなるよ。その見込みが、君にはある」


 そんなヴェリスの言葉にマイは小さく「そうか……」と返し、ふと笑う。


「そうだといいんだが……」


 ぽつりと呟かれたマイの言葉にヴェリスは激励するようマイの肩をバシバシと叩いて、「なるなる! 大丈夫だってえの!」と笑い飛ばした。


「こうして友達になったのも何かの縁だしね! マイちゃんが声かけてくれて暇だったら付き合うよ〜? こういうの」

「ああ、ありがとう。お前から教われることは多くありそうだしな」

「ところでマイちゃんさあ、俺から質問してばっかだけどマイちゃんから俺に聞きたいことないの?」


 唐突に変わった話にマイは「えっ?」と首を傾げる。


「聞きたいこと……あのモンスターの弱点属性、とかか?」

「そーいうんじゃなくて! それはそれで教えるけど〜……俺について、聞きたいことはない? まあ、ないなら無いで別にいいけど」


 言われてはたりとし、マイは少しだけ考えるようにしてからヴェリスに目を向けた。


「あるには……ある」

「おっ、なになに? 言ってごらん!」

「じゃあ聞かせてもらうが……お前は何でこんなことをやっているんだ?」

「こんなことって?」

「お前の趣味とやらの人助けだ。本当に本気で理由もなくそれをやっているのだとしたら、わたしはお前に恐怖を覚えるよ。……お前はどう考えたってわたしや、わたしの仲間たちよりも実力が遥かに上だ。そして、そんな実力を有するハンターなど世界に一握りしか存在しない。その一握りの存在であるお前は、ハンターとして引く手数多なんじゃないのか?」

「んー……まあ、そーね。俺のスケジュールは一年先まで埋まってるよん。でも、その中で暇見つけてはこういうことしてるんだけど」

「それが、何故だと思うのは当然だろう? 理由、あるんだろ」


 真っ直ぐにそう聞いてくるマイにヴェリスは苦笑を漏らし、空を仰ぐ。


「マイちゃんって本当に人の機微に敏感なんだねえ。まー、マイちゃんは話しにくいような自分のことも話してくれたし、友達にもなったわけだから言ってもいいかなあ」

「いや、言いにくいことならば別に……」

「いーのいーの。俺が話しておきたいって思ったし〜。……ま、最大の理由は罪滅ぼし、だなあ」


 へらりと笑って言われた言葉をマイが同じく「罪滅ぼし……?」と呟けば、ヴェリスは頷いた。


「俺さあ、今でこそハンターやってっけど、元々は騎士団に所属してたんだよねえ」

「そうなのか」

「んで、ある時小隊の隊長になってさ、まー色々あって部下を一人死なせちまってなあ。さらに色々あって、俺はハンターになって、自分なりに人を助けながら生きようって思っててな。だから、俺のこれについてマイちゃんは感謝とか、そういうん全然しなくっていい――それこそ、これは俺の自己満足だからさ」


 今はまだ細かく話してくれるつもりはないのだろう、本当にざっくりと話をされ、その時のヴェリスの心情などは何一つ分からなかったけれど、人助けを趣味とするヴェリスのその理由が少しだけ分かり、マイは目を伏せる。


「……お前とはいい友人になれそうだよ。いつか酒を飲んで話し合いたいものだ。まあ、わたし……酒は飲めないんだが」

「おっ、マイちゃんも酒飲めないの? 俺も俺も!」

「そんなに酒を飲めそうな見た目をしておいてか?」

「人のこと見た目だけで判断しちゃダメだぞ〜? 俺は弱いとは違うけど、飲めんのは本当だから。マイちゃんは弱いの?」

「ああ、以前仲間たちと飲んだらコップ一杯も飲まない内に記憶が消えた。仲間によると寝たと言っていたが、視線を逸らされていたから何かやらかしたんだろうが、覚えていなくてな……聞いても教えてくれなかったし……」

「あっはっはっ! そりゃ弱いね〜! ふうん、じゃ、ま、いつか――というか、今度は一緒にご飯でも行こうか。年齢に順じて美味しい店、い~っぱい知ってるからさ!」

「ああ――それは、楽しそうだ」


 そうして穏やかに笑い合い、二人はエルレ村を目指して歩いた。

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