11.



 月も高く昇った深夜、雪山に近いエルレ村は冷たい空気に包まれていた。

 村人は皆寝静まったような時間帯であり、村の中に人は居ない。ただ、ギルドやその関連である訓練所は一応いつでも利用できるようになっているが、受付の人というのは夜行性に近い猫の獣人族が多くなる。

 こなしたクエストの完了手続きをギルドで済ませたマイは、自分の借家に向かった。


 近付いた自分の借家の窓に目を向け、マイは「あ」と思う。


 灯りが点いていた。

 マイが面倒を見ることとなったラピスは、自分に対してとても恩を感じてくれているからか、こうして自分が深夜に戻る時「先に寝てていい」と言っておいてあるが、ラピスは殆どちゃんと起きてくれていて、「おかえりにゃさい」と言ってくれる。それを純粋に嬉しくも思うけれど、小さく申し訳なさも浮かぶ。


(自分がいつ帰るか分からないのにな……今日も待っててくれたのか)


 思いながら、マイはドアに手をかけて、ゆっくりと開けた。


「ただいま……」

「――おかえりなさい」


 返って来た声に、マイははっとして顔を上げる。確実にラピスの声じゃなく、その上でその声に怒りが孕んでいたのに、ごくりと息を呑んだ。

 自分に「おかえりなさい」と言った人物は、ダイニングテーブルの備え付けの椅子に足を組んで座っていて、テーブルに肘をついてじっとこちらを見てきていた。


 アルガ――そこに居た彼女は、マイと視線をぶつけるとにこりと深い笑みを浮かべて、ややあってから口を開く。


「荷物、下ろしたら?」


 言われたそれに、時間が止まってしまったように動きを止めていたマイだったが、「あっ、ああ」と背負っていた鞄や武器を、定位置としている場所に置いた。


「装備も、外して」


 言われた通りに身に着けていた対モンスター用の装備を外し、それもいつも片している場所に置く。


「――で、そこに座りなさい」


 最終的に、命令形でそう言われてアルガに指差されたのは、アルガの座っている椅子の向かい側。何も言えず、静かにマイがそこに腰を下ろすと、アルガは胸の下で腕を組んだ。


「私が何を言いたいか、分かるわね」

「はい、いや、えっと……」

「言い訳があるなら、聞くけれど」

「……すまない」


 アルガの圧に負けて、マイの口から出たのは結局謝罪の言葉だった。

 パーティで動いている間、フィールドの採取ポイントのツアーをしている時、マイはアルガから言われていたことがあった。


 ――しばらくは自分が何もできないようで歯がゆいだろうけれど、我慢して

 ――私の目から見て、マイちゃんはすぐにでも強くなるから、今は焦らなくていい

 ――休息日はちゃんと休むこと

 ――休むのも、仕事のうちよ


 それらを、マイは盛大に無視していたのである。


「今日は、何に行っていたのかしら」

「……炎属性の、飛竜種に」

「それを一日とかからず倒してくるなんて、さすがねえ」

「い、いや……」

「で、今から約五時間後には私たちで狩りに行くことになってるけど……その用意してから眠るとしたら、大体三、四時間? そんな、十分な休息も取れていない状態で来るつもりだった?」

「…………」


 反論の余地はなく、ただただマイが黙っていれば、アルガは「はーっ」とため息を吐いた。


「マイちゃん、どうしてあなたそんな無茶するの? この一ヶ月、ずっとそうだったって聞いたわ。ラピスちゃんに」

「無茶を、しているつもりは……」

「休まずに狩りに行くことが? 無茶に決まってるじゃない。そんなに焦らなくても――……」


 アルガから言われたそれに、マイはぶんっと首を横に振る。


「焦るに、決まってるじゃないか……」

「え?」

「だって、わたしなんかをパーティに入れてくれたお前たちに、釣り合うようになりたい」

「…………」

「そうしないと、わたしは、」


 マイの言葉に、アルガは目を見開いた。そうして考える、マイの言葉について。


 わたし「なんか」――何を指しているのか、きっとそれは、「記憶がない」わたし「なんか」ということなのだろう。

 それを体感することはできないし、だからその立場になって考えることなど、アルガにはできなかった。その上、まだ仲間になってから日も浅い今、それをすべて否定することもできないと思い、また「はあっ」と息を吐く。


「……色々と言いたいことはあるけど、今は止めておくわ」

「え……」

「ただ、明日はクエスト行くの中止にするから」

「っ! どうして、」

「どうしてって、それを貴方が言うの? 貴方のせいで中止するわ。ロクとノアールには、ちゃんと明日貴方から謝りなさい」


 アルガからの厳しい言葉に、やはりマイは反論できず小さく「分かった……」と俯いた。


「……私、今日はこのままマイちゃんのこと見張らせてもらうから、とりあえず汗流して来なさい」

「見張るって、」

「ちゃんと休むかどうか。眠るまでずっと見張っててあげるわ」

「そ、それは、逆に眠れないんじゃー……」

「今の私に逆らうことできるのかしら?」

「…………いや、悪かった」


 言って、肩を落として浴室へと消えていくマイを視線で送り、アルガははあっとため息を吐く。


「……ごめんなさいね、ラピスちゃん。待たせてくれてありがとう」


 そんなアルガの声に、ひょこりと奥の部屋から姿を現したラピスは、アルガの近くまで寄ってくるとプルプルと首を横に振った。


「こちらこそ、だんにゃさまが……。ラピスも、にゃんどか言いはしてたにゃ。焦らにゃくていいって」

「あら、そうなの? でも、こんな風に焦らせるくらいなら……私たちのパーティに誘わない方がよかったかもしれないわね……」

「そんにゃことにゃいにゃ! ……実はラピスは、今までたくさんのハンターさんの下で働いてきたにゃ。だから、ラピスには分かるにゃ。アルガたちは……すっごく優しい人たちだにゃ。ロクも、ノアールも、すっごくすっごくあったかい人たちだにゃ」

「ラピスちゃん……」

「……そのにゃかでも、一番優しいのはだんにゃさまにゃ。優しいから、責任感が強くて、焦るんにゃ」


 ラピスの言葉にアルガはふと笑い、「そうね」と頷く。


「マイちゃん、前からああだったのかしらね」

「にゃあ……記憶がにゃくにゃる前、にゃ?」

「ええ」

「ラピスもそうにゃった後のだんにゃさましか知らにゃいにゃあ。でもきっと、そうだったんだと思うにゃあ」

「ま、ひとまずお互いマイちゃんから目を離さないようにしなくちゃね?」


 そうしてアルガからウインクを向けられたラピスは、「だんにゃさまと仲間ににゃってくれて、ありがとうにゃ!」といい、それにアルガはくすりと笑って「こちらこそ」と言うのだった。







 翌日、集合時間の集合場所にて何も知らずに、準備万端でやってきたノアールとロクに、マイは頭を下げた。

 内容は、「休息日であるはずの昨日、自分がクエストに出ていたため、アルガからストップをかけられた」と、「自分の勝手な行動のせいで、今日行くはずだったクエストは中止にする」と、それに伴って「自分勝手のせいですまない」――そんな謝り。

 昨夜、アルガから「貴方のせいで中止する。ちゃんと謝りなさい」と厳しい言葉を言われていたため、当然マイはそう言った結果、ロクとノアールから非難の言葉を受けることを覚悟していた。けれど、二人の返答は、マイが思っていたものとは百八十度違うものだった。


「――えっ!? マイちゃんこの一ヶ月そんなタイムスケジュールで動いてたの!?」

「無茶しすぎだよ!! 寝なきゃ人間ダメになるよ!?」

「そうそう! 今日ももう帰って寝た方がいいんじゃないの!?」

「ていうか、一人で狩り行って怪我したりしてないの!?」

「それもそうだ! 大丈夫!? 元気っ!?」


 押し寄せる波のように、二人から顔を覗き込まれながら言われ、マイは思わず身を引きながら「だ、大丈夫……元気……」と答えた。

 すると、二人が更に声をそろえて「本当っ!?」と言ってきたため、マイは横に居たアルガに助けを求める意味で目を向ける。けれど、アルガはそんなマイの視線をふいっと顔を背けることで無視をした。

 結果、更に「よく見たら目が充血してる!」「手もマメ出来てボロボロじゃん!」「ちゃんと休まなきゃ!」「休むのも大事なんだよ!!」とたくさんを言われ、確かに非難の言葉を受けてはいるが、思っていたものと種類が違いすぎ、マイはたじろぐことしかできなかった。


 そうして、明らかに困り果ててオロオロとしだしたマイに、アルガはふっと息を吐いて笑う。


「――マイちゃん、反省した?」

「は、反省した……」

「私はお説教、苦手だから……これからもこういうことがあったら、お説教は二人に任せるから」

「えっ」


 えっと言ったマイの言葉から、「アルガから説教された方がいい」という意味が読み取れ、アルガはただにこりと笑みを返した。


「じゃ、ロクちゃん、ノアール、今日も休息日にするから……そうねえ、二人でマイちゃんの世話でもしてあげたら?」

「え、」

「ほら、一人にするとまたどこか行っちゃうかもしれないし?」

「確かに! じゃあオレ、ご飯作るよ! 意外と料理得意だからねっ」

「じゃああたしはマイちゃんと添い寝しようかな〜! 話したいこともたくさんあるし~!」

「…………もう、好きにしてくれ」


 わあわあと賑やかに騒ぐロクとノアールを見てから、マイはやれやれと息を吐いて、くすくすと笑うアルガを見て、同じく笑ったのだった。

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