9.



「あっ! アルガちゃーん! マイちゃーんっ!」


 自分たちの姿を見つけたロクは、随分視力がいいのか大分遠い位置から、そんな風に声を出してぶんぶんと手を大きく振りながら駆け寄ってきた。

 あれからアルガから急ぎ足に採取ポイントを教えられ、ぐるりと円形に反対方向からノアールたちの居るはずである第八区域にたどり着いたのは、およそ一時間後のこと。狩りが終わり次第、無線機に連絡が入る予定であったが、まだ連絡は入っていなく、マイは当然まだ交戦しているだろうと、戦うつもり満々でその区域に足を踏み入れたのだが、元気よくロクに出迎えられたことに思わず首を傾げる。

 まだ戦っているはずであるロクだというのに、まるでもう戦いは終わったと言わんばかりの様子に、マイが「まさか」と思いアルガに目を向ければ、アルガはロクのことを睨んだのだった。


「ロクちゃん……あなたまた、捕獲道具忘れたのね?」

「あ〜バレちゃった! だってあたしが持って来なくてもアルガちゃんかノアールが持って来てるだろうから~」

「え……? 捕獲?」


 当たり前のように始まった二人の会話に、マイは信じられないものでも見るような目を向ける。その理由は、アルガの口から出た「捕獲」という言葉にあった。

 モンスターの捕獲――狩猟対象のモンスターは通常は討伐、つまり殺すことでクエスト達成となる。ただ、もう一つのクエスト達成方法として、麻酔を与えて捕獲するという方法もあるのだ。そして、捕獲するには当然モンスターが元気いっぱいの状態では麻酔が効かないため、弱らせてから麻酔を与えることでモンスターがしばらく麻酔から目覚めなくさせる必要がある。その弱らせる、というのがどれくらいかといえばモンスターのヒットポイントの八割は削ってからではないと捕獲できなく、いうなれば倒す一歩手前まで弱らせないとならないのだが――今アルガとロクのした会話から察するに、自分たちの討伐対象であるモンスターが、もうそこまで追い込まれているということを示していた。


 思わず「嘘だろ」という思いで目を見開いていると、不意にザザッと無線機が音を立てた。


『――ちょっと、ロクちゃん! どこ行ったの!? まだ終わってな――ぉわっ! ああもう、しつこいなあ!!』


 モンスターと交戦しながら無線を飛ばしてきたのだろうノアールの声は、音質が悪く、声も大きかった。思い切り現在戦っています、という声色のノアールに対してアルガもロクも慌てる様子など見せず、どころか言われたロクは「え~?」とのんびり不服そうな声を上げて無線機を手に取る。


「あたしさっき言ったじゃ~ん、もう捕獲できるよーって~」

『それは聞いたっ、けど、捕獲道具は!? オレ、罠しか持ってないって! 麻酔持ってない!!』

「え〜? ノアールも持ってなかったんだ〜! てっきり持ってるかと思って!」

『だからオレに丸投げしてこっち来てないんだ!? ああじゃあもういいね! 倒すよ!? 捕獲したいわけじゃないんだよね!?』

「うん。そっちの方が早いかな~って思っただけだから!」

『何それ! ロクちゃんのバカーっ!! ――――っ、はい、いっちょ上がり! 終わった! アルガちゃーん! マイちゃーん! 終わったよ~!』


 ノアールがロクに対して「バカ」と叫んでものの十秒後くらいだった。ノアールから討伐対象のモンスターを倒し終わったという報告が入ったのは。

 ノアールの無線に対して「今から向かうから、どこ?」と聞くアルガの言葉に、すぐに『隣の第九区域!』と聞こえると、アルガはロクに対してにこりと笑みを浮かべる。


「ロクちゃん?」

「お説教ヤダー! 忘れ物しません! ごめんなさいっ!!」

「分かってるならいいのよ。さ、行きましょ。マイちゃん」


 そうして、ややあってアルガから目を向けられ、マイはただただ戸惑った。


「え、ええ? ほ、本当に倒し終わった、のか……?」

「? ええ、ノアールがそう言ってたし」

「わ、わたし、姿すら見ていない、んだが……」

「元々その予定だったじゃない? 死骸なら見れるわよ。素材の剥ぎ取りだけしに行きましょ――ロクちゃん、反対。こっち」


 ノアールの言った第九区域に向かって走り出そうとしたロクの襟首をつかんで止め、アルガはロクの背を第九区域に向かって押す。


「ほら、マイちゃんも行くわよ」

「あ、ああ……」


 言われて第九区域に向かって、マイは本当にこんなことってあるのかと思った。


 普通二時間から五時間討伐にかかると言われていた、炎属性の獣竜種モンスター。向かった第九区域内には、それの死骸とノアールの姿があった。

 ノアールは三人の姿を見つけると、「こっちこっち~!」とロクと同じようにぶんぶん大きく手を振ってきた。


「さっきギルドと観測隊の方に無線入れといたから、あとはもう帰っていいよ~って!」

「そ、ありがとうノアール。お疲れ様」


 にこりと笑うアルガに隠れるようにしていたロクを見つけたノアールは、ずいっとロクに一歩踏み出して、眉を吊り上げる。


「ロ・ク・ちゃ〜ん? オレが何言いたいか分かってるよね~?」

「だあ~ってノアールが忘れ物してるって思わなかったも~ん」

「それを言うならロクちゃんも忘れ物してるってことだからね!? そもそも捕獲の予定なんかなかったじゃん!!」

「いっつもだったら予定してなくても持って来てるくせに〜! べーっだ!!」


 小さい子供の言い合いのようなことをする二人を他所に、アルガに手招きされたマイは倒されてるモンスターの傍に歩み寄った。モンスターは確かにすでにこと切れていて、一方のノアールとロクは大した怪我などしているように見えない。


「――あら、ノアールこれ、尻尾はどこ?」

「あ〜アルガちゃんこいつの尻尾欲しかったんでしょ? 部位破壊で尻尾切っといたよ。あっちに落ちてると思うけど」

「よく覚えてたわね、上出来よ。一つ文句があるとしたら、倒すのが早すぎてマイちゃんにあんまりフィールドの説明できなかったってくらいかしらねえ」

「オレ悪くないよ!? 手加減してたもん! 悪いのロクちゃんの方でしょ! 絶対!!」

「え~手加減って言われても、ハンマーなのに頭以外叩いても楽しくないもんっ」

「ほらあ!」


 それが当たり前のことのように話す三人に、マイにはただただ乾いた笑いが浮かんだ。

 モンスターには人と同じく、弱点が存在する。そして、その弱点というのは野生動物である以上、大体が人と同じであると言っても過言ではない。つまり、総じてモンスターの弱点というのは頭だ。

 モンスターを早く倒したいのならば、弱点である頭を重点的に叩けば、モンスターのヒットポイントを効率的に削ることができるわけだが、一方で部位破壊というものが存在する。尻尾の長いモンスターであれば、切断できるし、またそういった部位破壊をしなければ手に入らないモンスター素材というのがあるのだ。そのため、素材が欲しいのならば部位破壊を狙うのだが、代わりに部位破壊をしていると討伐時間が伸びてしまうという難点もある。


 そうであるはずなのに――目の前のノアールとロクは、部位破壊をしながらも、通常かかるであろうと言われていた討伐時間よりも、半分以下で狩っている。


(化け物か、こいつら……規格外、というか……)


 それを普通に受け止めて話しているアルガもきっと、そちら側の人間なのだろうと、簡単に予想できた。


「……なあ、アルガ」

「何かしら」

「わたし、間違って誘われてないか……?」


 自分がこの三人と見合うようにはまるで思えず、ついアルガにそう言ってみれば、アルガは「いいえ?」と首を傾げる。


「今戦ってるのは下位級のモンスターなんだから、こんなものよ。一応言っておいてあげるけど、マイちゃんが考えてるこのモンスターの討伐時間っていうのは、下位級ハンターが普通かかる時間よ?」

「え?」

「あの二人、上位級ハンターで、その上武器も上位級のものなんだから……逆にこれくらいで倒してなかったら、クビにしてたわ」

「……そんなに下位級と上位級の差って、あるのか」


 アルガの言葉に浮かんだ疑問を口にすれば、アルガはふふんっとマイに対して強気に笑ってみせた。


「――あなたも、そこまで行けば分かるわよ。それまではまあ、今日みたいについて来たらいいから」

「はあ……」

「ちなみに最終的には、私のとこまで来てもらう必要あるから。で、私はその見込みがある人としか、パーティ組んでないの」

「アルガの居る、ところ……」


 高難易度――そのライセンスを持っているハンターは、ハンター全体の二十パーセント。ハンターのライセンスを取ること自体は容易いため、ライセンスの総数から割り出されているその二十パーセントという数字は、かなり多く見えているものだと何処かの本でマイは読んだ。実際は、高難易度のライセンスを取得できるのは十パーセントのハンターだろうと。

 百人ハンターが居たとして、そのうちの九十人は、何らかの理由で高難易度のライセンスを取得できない。取れるのは、ハンターとして本物である十人だけ。


 そんな割合の場所にいるアルガに、初めて会ったその時かなり驚いたわけであるが、自分がそこに行く素質があると言われても、マイには全く想像のできない話だった。


「……二人は行けそうだと思うが、わたしはどうだかなあ」

「自信ないのねえ。記憶がないからかしら?」

「かもな」


 話して、マイは「はあっ」とため息を吐く。

 そうして思ったのは――村に帰ったら、バリーに指導を受けて空き時間全てを使って特訓しよう……なんていうことだった。







「――ん? ノアール、左腕どうした? 赤くなってるけど」

「へ? あっ! ほんとだ! おっかしいなあ~オレ、モンスターからの攻撃一発ももらった覚えないけど……」

「……は? 一発も?」

「うん、ゼロ被弾! アルガちゃんがいっつもそうやって心がけてるから、俺も見習ってさ~」

(……アルガは遠距離武器だから、近距離武器のノアールたちと比べて防御力がそもそも薄いし、それを心がけるのは分かる、が)

「ヒットポイントも減った覚えないけどなあ?」

(近距離武器のお前がそれを心がけて体現してるのは、それは……)

「どーしてだろ~……あ、分かった! これロクちゃんでしょ!」

「え~? あたし?」

「絶対そうだ! 一回吹っ飛ばされたもん! ロクちゃんに!!」

「頭に攻撃しに来るノアールが悪いんじゃな~い?」

「なんか今日、オレ、ロクちゃんにずっと虐められてる気がする……っ」

「今日の運勢が最悪なんだよ! きっと!」

「そうだとしても、大体ロクちゃんのせいなんだからね!!」

「……なあ、ロクもモンスターから攻撃食らわないようにしてたとか」

「ん? うん! 今日あたし絶好調だったから、ノアールと違ってホントにゼロ被弾だよ!」

「仲間同士はノーカンだから! オレもゼロ被弾だよ!!」

「あたしノアールの攻撃にも当たってないも~ん」


(……あれ? なんかもう、こんなこと思うわたしがおかしいのかな……?)

「マイちゃん」

「あ、アルガ……」

「一応言っておいてあげるけど、あの子たちちょっと可笑しいから」

「そ、そうか……」


(でも、この可笑しいのにこれからわたしはついて行かないといけない、んだよなあ……?)

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