5.
がやがやと人の声で賑わうギルドの広い建物の中は、以前ライセンスを取るための申請をした時と、変わりない様子だった。
様々な人が入り乱れ、ギルドの受付でクエストを受ける人もいれば、村長の言っていた掲示板を覗き込んでいる人、そして、村からこの建物へと入る丁度反対くらいの場所にも出入り口があり、ライセンスを取ったその時、ギルドで受けたクエストはその出入り口からクエストに向かうと聞いていた。
建物内はハンター同士の交流の場も含まれているからか、酒とご飯類が頼める場もあり、幾つかあるテーブルにはハンターたちが座って、クエストに向けてだろうご飯を食べている人も居れば、何人かで集まり酒を飲みつつテーブルの上のクエスト資料をだろう見て話し合っている姿もある。
ライセンスを取ってから初めて足を踏み入れたそこに、マイは「どうしよう」と立ち止まり思案した。
(村長には仲間を集めろと言われたが……いきなり知らない人に声を掛けれるほどコミュニケーション能力がわたしは高くないしなあ……)
考え、村長が言っていた「掲示板にパーティ募集と貼ってあるものもある」という言葉を思い出し、とりあえず掲示板を見てみようと顔を上げた瞬間だった。
どんっ、とギルド内を歩いていた人とぶつかってしまった。
「――あらっ、ごめんなさい」
「あっ、いえ、こちらこそすみません」
ぶつかったのは明らかにぼうっと突っ立っていた自分の方が悪いというのに、先に謝られてしまったことにマイが慌てて一歩身を引き、頭を下げるとその人から更に「あらっ?」と声が聞こえ、マイは顔を上げる。
光が当たると赤く見える黒髪短髪に、キリっと吊り上がった目に、赤いルージュをしているその人は迫力のある美人で、その人からじろじろと眺められたことにマイはたじろいだ。何の素材からできているのか、まだモンスターの種類を狩っていないマイには分からなかったが、対モンスター用の装備に身を包み、武骨なボウガンを背負っているその人は、いで立ちから明らかにハンターだった。
そしてその人は、マイのことをじろじろと見終えた結果、マイに向かってにこりと妖艶に微笑む。
「久しぶりねえ、元気そうでよかったわ」
「えっ……? えと、」
「ああ、覚えてないのも無理ないわ。前会った貴女は、気を失っていたし」
唐突に言われた発言に、記憶のない自分の知り合いなのかと一瞬思ったマイだったが、続いた言葉にはっとした。
それは、自分が動けるようになってから、村長から聞かされていたことである。雪山の崖から転落し、この村まで自分のことを背負って運んでくれたのは、とある女ハンターだったと。その人はすぐにクエストに旅立ってしまったから、今は何処に居るか分からないが、話によると暫くはこの村を拠点として動くと言っていたからその内会えるだろうと、そんなこと。
「あ……じゃあ、三ヶ月前、雪山でわたしのことを助けてくれたハンターっていうのは……」
「そ、私のことねえ。最初見た時は死体が転がってるのかと思ったけど、息してたから……あらあら凄い生命力って村に運んだのだけれど。もうすっかり元気そうね」
「その節はありがとうごさいました。お陰様で……」
「ふふっ、いいのよ。そうそう、自己紹介しておきましょうか。私はアルガ。貴女は?」
「わたしは――……マイ、だ」
言われて差し出された手に握手をして、笑いかけられたことに、マイもぎこちなく笑い返す。
「にしても貴女ハンターだったのね。私が拾った時は何も持ってなかったから、分からなかったけど……こんなところで突っ立ってどうしたの?」
「あ、いや、ハンターはつい最近始めたばかりで……だからギルドの使い勝手が分からなくてな……」
「つい最近……?」
「ああ。それで、村長とナビ―さんにギルドに行ってみるといいと言われて来てみた、というか」
「村長と――……ナビ―さんに言われたの?」
「えっ? ああ」
聞かれた質問に答えれば、アルガは何かを考えるように黙り込んでしまったため、マイは首を傾げた。
マイに首を傾げられていることは無視し、またマイのことをじっと見つめ、アルガは思う。
(……つい最近、ね。なのに、あのナビ―さんにギルドに行けと言われた)
アルガは考えたそれに、一人「ふうん」と鼻を鳴らしてから、マイに向かってまたにこりと笑った。
「貴女、もしかしてパーティのメンバー探してるのかしら?」
「あ、ああ。一応そのつもりで……」
「なら――――よかったら私たちとパーティを組まない?」
唐突に持ち掛けられたそれに、マイは「え」と目を見開く。
「私、今三人パーティのリーダーをやってるんだけど……あと一人のメンバー探してるところだったのよねえ。三人って一番キリ悪いでしょ? こうして会ったのも何かの縁だし、どうかしら?」
「あ、いや、ありがたい申し出だがわたしは本当にハンターを始めたばかりで――……」
答えに迷っていた時だった。
「アっルガちゃ~~んっ!」
二重の声でアルガの名を呼ぶ声が聞こえ、マイが驚いてそちらに振り返るのに対し、アルガはややあって声に振り返る。
そこには、かなり長身で鍛えられた身体に、手入れの行き届いていない長めの銀髪を上の方で一つに束ね、垂れ目でへらりとした表情で、その背に太刀を背っている成人男性と、そんな男とかなりの身長差があり百五十センチもないだろう小柄で、ピンク色の長髪がいわゆる姫カットされていて高い位置でツインテールしている、長いまつ毛にくりくりとした可愛らしい目の、身の丈の半分以上のサイズはあるだろうハンマーを背負っている少女という二人組が居た。
声を掛けて来たのはその二人で間違いないのだろう、二人ともアルガに向かってぶんぶんと手を振っている。
「ノアール、ロクちゃん。何かしら、どうかした?」
「ん〜次は何のクエスト行くのかな~って……あー! 美人さんが居る!!」
アルガの呼んだ名前からして、おそらく「ロクちゃん」という女の子から指を差されそんなことを言われた結果、更に「ノアール」だろう男から「ホントだ! 美人さん!!」と言われたのだった。
「ねーアルガちゃん、この人誰~?」
「今、パーティに勧誘中なの。邪魔しちゃダメよ?」
「えー何なに!? この人パーティに入ってくれるの!?」
「えっ!? この美人さんと狩りに行けるの!?」
わあわあと騒ぎ立てられ、マイはまた慌てて否定の言葉を並べようとする。
「えっ、いや、しかしわたしはまだ本当にハンターを始めたばかりで足を引っ張ることに……!」
そう言ったマイに対して、アルガはふんと鼻を鳴らして、首を傾げた。
「誰だって始めはそうなの。最初からできる人なんて居ないわ。新人? 構わないわ、私たちは歓迎するわよ。ねえ、ノアール、ロクちゃん」
「オレはぜんぜんいーよ!」
「あたしもー!」
落ち着いたアルガに対して、かなり精神年齢の低そうな二人の答えだったが、温かい言葉には間違いなく、少し迷った後マイはふと笑い、頷いてみせる。
「――……ありがとう。わたしでよければお前たちのパーティに入れて欲しい」
「もちろん」
「これからよろしく頼む」
そうしてマイが頭を下げれば、正面から「わーいっ!」と歓喜の声が上がり、そんな声を上げたのはロクだった。
「あたし丁度これくらいのお姉ちゃん欲しかったんだ〜! あたしはロク! お名前なあに?」
「あ、わたしは、マイ、だ」
「じゃあマイちゃんって呼ぼ〜っと! これからよろしくね! マイちゃん!」
「あっ、じゃあオレもマイちゃんって呼ぶ! オレの名前は――……」
「のいれだよ!」
「違うから! ノアールだから!! のいれって呼ぶのロクちゃんだけだからね!!」
「といれでも大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないっ!!」
怒るノアールに対し、きゃははっと笑うロクを見ながらマイが「ええっと……のあーる? のいれ?」と首を傾げていれば、ノアールは口を尖らせる。
「ほら、オレの名前“N・o・i・r・e”でノアールだから、ロクちゃんがそれ知ってからずっとのいれって言ってくるんだよねえ……」
「あ、そういう……じゃあ、ノアール、でいいんだな?」
「うんっ! これからよろしくね、マイちゃん!」
「ああ、よろしく。ノアール」
そうしてにこりと笑いかけてみれば、にこーっ!と倍の笑顔をノアールは返してきたのだった。
「あっ、そーだ! じゃあマイちゃん、ハンターカード交換しよーよ!」
「ハンター……カード?」
「あれっ? 知らないの? ほら、こういうカードだけど」
ノアールから差し出された手の平サイズのカードを受け取り、マイは首を傾げる。
「……何だ? これ」
「えっ! ホントに知らなかった! これはね〜その人のハンターとしての情報が乗ってる所謂自己紹介カード……名刺? みたいな! あそこの受付でライセンス見せたら十枚単位ですぐに発行してくれるから貰って来て! んで、ちょーだいっ!」
言われるがままその受付に導かれ、マイが「そんなものがあるんだなあ」と思いつつ十枚発行してもらい、振り返ればノアールとロクが両手を差し出し、目で「ちょーだいっ!」と言ってきているのが見え、その手の上にマイはカードを置いた。
結果、ロクからもハンターカードが渡され、またアルガに「じゃあ私も」と交換し合う。
自分のカードの残りはポーチにしまい、貰った三人のカード眺めてマイは「ん?」と疑問の声を上げた。
「……カードの色って、選べるのか?」
「えっ?」
「ほら、わたしのカードとお前たちのカードで色が違うから……ノアールとロクは同じ色で、アルガは違うし」
言った通り、今発行してもらったマイのハンターカードは灰色であり、貰ったノアールとロクのハンターカードは紺色、アルガのハンターカードは水色である。
「ああ、違うよ〜。それ、ランクごとに色違うんだって! 一目見て分かるように」
「ランクごと……?」
「マイちゃんのこのカードの色が下位級のハンターカードで〜あたしたちの紺色は上位級のカードだよ!」
言われたそれを考えて、マイは冷静に答えを導き、その顔になんとも言えない表情を浮かべた。
「えーっと、つまり……、アルガのランクは……」
「――勿論、高難易度よ」
にこっと微笑みながら言われたそれだったが、マイは笑顔を返せない。何故なら、ハンターの中で最高ランクである「高難易度」に到達できるハンターというのは、全体の二十パーセントと言われているからである。ちなみに、下位級から上位級に到達できるハンターは全体五十パーセントであるから、別に珍しくはない。
けれど、「高難易度」に到達しているハンターはハンターとしてかなり凄腕と言っていい存在だった。
確かにアルガの雰囲気などを見て、「玄人のハンターなんだろうな」とマイは思っていたが、自分が思っていたよりも「かなりの凄腕なのでは……」と気付き、マイは何とも言えない表情を浮かべたのである。
そもそも、アルガを抜きに考えても自分だけが下位級であることに、ただただ動揺した。
「え……、あの、本当にわたしで良かったのか……? まだ、下位級なんだが……」
「えー? いーよいーよ! オレらもついこの間上位級のライセンス取れたばっかだもん。ね〜ロクちゃん」
「そーそー! 武器と防具作るのにモンスターの素材全然足りてないから、どんなモンスターでも行きたいし! 下位級でも!」
「そ、そういうものなのか……? アルガは……」
「私は楽しい狩りが出来ればオールオッケーだから。人の手伝いが元々好きなのよ」
語尾にハートマークが着いているような調子で言われたそれには、嘘偽りなく感じ、マイは「そうか……?」と苦笑を漏らす。
「さて、じゃあこんな所で立ち話もなんだし、あそこのテーブル空いてるから、今後についてとか話し合いましょうか。もっと詳しい自己紹介もしたいところだし……いいかしらね、皆」
「おーっ!」
「はーいっ!」
「あ、ああ……」
運がいいのか悪いのか、ギルドに足を踏み入れて十分も経たないうちに、こうしてマイのパーティメンバーは出来上がったのだった。
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