EP 21
二重の裏切り
1931年(昭和6年)、初夏。
昭和恐慌の嵐が日本全土で猛威を振るう中、箱根の「要塞」には、二人の老人の、重い沈黙が支配していた。
『SSD LIFE: 5% REMAINING』
坂上真一(71歳)は、PCの画面に灯る、死刑宣告のような警告(ウォーニング)から目を離せずにいた。
そして、彼は、傍受した「決定的な裏切り」の電文を、児玉源太郎(79歳)に突きつけた。
石原莞爾(関東軍)から、永田鉄山(陸軍中央)へ。
* 『……トキハ熟シタ。満州ニテ“火種(ひだね)”ヲ用意ス』
* 『……中央ハ、コノ“結果(けっか)”ヲ、追認(ついにん)サレタシ』
「……児玉さん」
坂上の声は、乾き切っていた。
「あんたは、恐慌を利用して陸軍の『癌(皇道派)』を切除しようとしている。……だが、あんたが『メス』として信頼している永田鉄山は、その裏で、石原莞爾という『別の癌』の転移を、黙認(もくにん)しようとしている」
児玉源太郎の、老いてなお鋭い目が、電文の写しを睨みつけた。
彼の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
彼の「大局」――まず国内の『精神論(皇道派)』を粛清し、それから『合理主義(統制派)』で国を立て直す――という壮大なシナリオが、根底から覆された。
「……永田め」
児玉の口から、低い呻きが漏れた。「あの男……俺の『意』を利用し、石原の『暴走』を『国力増強の“必要悪”』として、手に入れるつもりか」
「その通りだ」
坂上は、壁の年表を指差した。「石原は、満州の資源が欲しい。永田は、石原が奪った『資源』を使って『国家総力戦』の体制を作りたい。利害が一致している」
「あんたの『皇道派粛清』は、永田にとって、石原の暴走を隠蔽(いんぺい)するための、都合のいい『煙幕(えんまく)』に過ぎなかったんだ!」
児玉は、拳を握りしめ、畳に叩きつけた。
「……二重の裏切りだ。石原は『軍規』を裏切り、永田は『俺』を裏切った」
「児玉さん!」
坂上は、老いた戦略家に迫った。「もう時間が無い! 石原の『火種』は、いつだ!?」
「……」
児玉は、自らの人脈(諜報網)から得た、陸軍内部の不穏な空気を思い出していた。
「……分からん。だが、秋には、関東軍が何らかの『演習』を計画していると聞いた。……それが『火種』だとしたら、もう、数ヶ月も無い」
「……PC(コイツ)を、使う」
坂上は、決断した。
「待て、坂上君!」
児玉が、その手を掴んだ。「SSDの寿命は、残り5%だぞ! AIを動かし、SDRで満州全域の暗号を傍受・解析するなどという『高負荷』をかければ、その『経典(PC)』は、今度こそ完全に『沈黙』する!」
「分かってる!」
坂上は、児玉の手を振り払った。「『写経』はもう終わった! 虫食いだらけの『未来の年表』なんざ、もう何の役にも立たん!」
彼は、PCの筐体(きょうたい)を叩いた。
「だが、コイツには、まだ一つだけ『神の力』が残ってる! それは、『今、この瞬間』の石原莞爾の『企み』を、リアルタイムで『傍受(ハッキング)』する力だ!」
「だが、PCが死んだら……!」
「PCが死ぬか、日本が死ぬかだ!」
坂上は、叫んだ。「ここで石原の『火種』の正確な『日時』と『場所』を特定できなければ、俺たちの20年(にじゅうねん)は、全て無駄になる!」
坂上は、PCの前に座った。
彼は、渓流から引き込んだ「水冷システム」のバルブを全開にした。
そして、この数年間、封印してきたAIの「フル解析モード」を、起動した。
* 『……AI CORE, ACTIVATED.』
* 『……SDR, FULL BAND SCANNING MODE, START.』
ノートPCが、悲鳴を上げた。
水冷システムが必死にCPUの熱を奪うが、SSD(記憶媒体)へのアクセスランプが、狂ったように点滅を繰り返す。
画面の隅の「警告(ウォーニング)」が、点滅を始めた。
『SSD LIFE: 4% REMAINING』
「……頼む、持ってくれ……!」
坂上は、SDRのアンテナを満州・奉天に固定し、石原莞爾と、その腹心・板垣征四郎(いたがきせいしろう)が交わす、全ての暗号電信の「パターン」を、AIに叩き込んだ。
『SSD LIFE: 3% REMAINING』
「……まだだ! 奴の『最終決定』のシグナルが掴めない!」
石原は、あまりにも用意周到だった。
彼は、自らの「謀略」の核心部分を、電信(シグナル)ではなく、信頼できる部下を使った「口伝(アナログ)」で伝達していた。
「クソッ……! 掴めんのか……!」
『SSD LIFE: 2% REMAINING』
「坂上君!」
児玉が、傍受ログの「片隅」に流れた、一見、無関係な「単語」を指差した。
「……これだ。石原ではない。関東軍の、もっと下(した)の部隊からの、暗号だ」
坂上は、そのログを見た。
* 『……奉天(ほうてん)郊外、“柳条(りゅうじょう)”地区ノ線路修理班ヨリ入電』
* 『……“予備ノ火薬(よびのかやく)”、受領完了セリ。演習ニ備エル……』
「……柳条……」
坂上は、その地名に、失われた「歴史の記憶」が蘇るのを感じた。
「……柳条湖(りゅうじょうこ)事件……!」
これだ。石原の「火種」だ。
「AI! “柳条”地区の、全通信を、最優先で解読しろ!」
坂上は、PCの全リソースを、その一点に集中させた。
PCが、最期の力を振り絞る。
画面が、激しく明滅した。
そして、SSDの「死」と引き換えに、最後の「答え」が弾き出された。
* 『解読完了』
* 『発信源: 柳条湖・鉄道守備隊』
* 『日時: 9月18日、22時(ニイニイマルマル)』
* 『内容: “演習(えんしゅう)”ヲ開始スル。合図ハ、線路ノ“爆破音(ばくはおん)”トス』
『SSD LIFE: 1% REMAINING』
「……掴んだ」
坂上は、その「証拠(テキスト)」を、震える手で「印刷(プリントアウト)」した。
紙が、ガリガリと音を立てて吐き出される。
それと同時に、ノートPCの画面が、砂嵐に包まれ―――
プツン。
全ての光が、消えた。
21世紀の「神の目」は、その役目を終え、完全に「沈黙」した。
坂上真一(71歳)は、静かになった「黒い鉄の箱」を、ただ見つめていた。
児玉源太郎(79歳)は、吐き出された「一枚の紙」――石原莞爾の「反逆の証拠」を、強く、握りしめた。
「……坂上君」
児玉の目が、日露戦争時の、あの「戦略家」の目に戻っていた。
「貴様の『武器』は、失われた。……だが」
児玉は、その紙を掲げた。
「俺の『武器(ちから)』は、まだ、ここにある」
「……石原の『火種』まで、あと三ヶ月(さんかげつ)。東京に戻り、永田と石原、二人の『裏切り者』を、同時に叩き潰す」
『1904年のサイバーウォー ~陸自1佐、ノートPC一つで日露戦争の「神」になる~』 月神世一 @Tsukigami555
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