EP 8
完璧な虐殺(パーフェクト・ゲーム)
「T字」は完成した。
日本艦隊の全砲門が、ロシア艦隊の先頭艦「スワロフ」に牙を剥いた。
「撃ち方(ウチカタ)、始め!」
東郷の号令と共に、日本海海戦の火蓋は、満州の「神」の計算通りに切られた。
轟音。
だが、その轟音が「三笠」の艦橋に届くより早く、満州の坂上のテントから、次の「神託」が放たれていた。
【バッテリー残量: 5%】
「児玉さん、休む暇は無いぞ!」
坂上は、SDRが傍受するロシア艦隊の断末魔の悲鳴(内部通信)を、リアルタイムでAIに解析させていた。
「三笠に打電!」
「『敵旗艦スワロフ、第一射ニテ火災発生!』」
「『第二弾命中、艦橋ニ被害! 敵ノ指揮系統、混乱!』」
秋山真之は、その電文が届くと同時に、双眼鏡の先に「スワロフ」が黒煙と炎に包まれるのを見た。
満州の「目」は、砲弾が着弾し、煙が晴れるよりも「早く」、その「結果」を報告してきている。
「……全艦、射撃目標ヲ旗艦スワロフニ集中!」
もはや、これは「戦闘」ではなかった。
坂上のテントは、連合艦隊全艦の「中央射撃指揮所(FCS)」と化していた。
「敵戦艦ボロジノ、舵故障! 左ニ回頭シ、味方(ロシア)ノ戦列ヲ乱ス!」
「敵戦艦オスリャービャ、浸水発生! 速度低下!」
「巡洋艦オーロラ、戦線離脱ヲ企図! 針路XXX!」
坂上は、電力の枯渇も忘れ、憑かれたようにキーボードを叩き続けた。
彼の指先が、満州のテントから、日本海のロシア艦隊を「一隻ずつ」、確実に「消去(デリート)」していく。
【バッテリー残量: 4%】
「三笠」の艦橋で、秋山真之は、次々と届く「神託」を、ただ淡々と東郷に伝える機械と化していた。
「満州より入電。『ボロジノ、舵故障』」
「満州より入電。『オーロラ、逃走』。第二艦隊ニ迎撃ヲ命ジマス」
東郷平八郎は、まるで「目隠しをした相手と、相手の手札を全て見ながらポーカーをする」ような、この異常な戦闘を、ただ黙って遂行していた。
日本艦隊の砲弾は、吸い込まれるようにロシア艦隊の急所(バイタルパート)に命中し、ロシア艦隊の砲弾は、坂上のAIが予測した「回避針路」を取る日本艦隊の周囲で、虚しく水柱を上げるだけだった。
「……あり得ん」
児玉源太郎が、坂上のテントで呆然と呟いた。
「これは……海戦ではない。一方的な……虐殺だ」
その言葉に、坂上はハッとした。
彼は、PCのシミュレーション画面に目を落とした。
そこには、AIが予測した「最終的な戦果」が、冷酷な文字で表示されつつあった。
『ロシア艦隊: 撃沈 25隻、拿捕 5隻、逃走 3隻(軽微)』
『日本艦隊: 損害軽微(死者数名)』
「……完璧(パーフェクト)……だ」
坂上が、そう呟いた瞬間。
彼の脳裏に、強烈なイメージがフラッシュバックした。
それは、彼がJGSDF-CYBERの司令官としてアクセスした、旧軍の機密資料。
そして、彼が広島で育った時に、祖母から聞かされた記憶。
(――この「完璧すぎる勝利」こそが)
(――この「奇跡」こそが、日本海軍の「病」の始まりだ)
「大艦巨砲主義」。
「精神論」による「奇跡」の再現。
そして、その歪んだ勝利の信念が、40年後に生み出した、究極の「愚行」。
戦艦「大和」。
そして、桜花のマークが描かれた飛行服を着て、笑う「祖父」の顔。
「……待て」
坂上の血の気が、急速に引いていった。
「俺は、何をしている?」
この「完璧な勝利」こそが、日本海軍に「大艦巨砲は無敵である」「我々は奇跡を起こせる」という、致命的な「驕(おご)り」を植え付ける。
この「神がかり的な圧勝」が、未来の「情報」や「航空機」への転換を遅らせる「元凶」になる。
(俺は、祖父を……特攻(あの死)から救うために、ここにいるんじゃなかったのか?)
(違う。俺が今やっていることは、祖父を、より確実な「死の未来」へと、全力で叩き込んでいるのと同じだ!)
「……やめろ……」
彼は、PCの画面を睨みつけた。
海戦は、まだ終わっていない。
ロシア艦隊は壊滅状態だが、まだ数隻の主力艦が、最後の抵抗を続けている。
「三笠」からは、「全艦ニ告グ。残存艦ヲ掃討セヨ」という、勝利を確信する電文が飛んでいる。
坂上は、己の「ジレンマ」に気づき、戦慄した。
目の前の「勝利」を完璧なものにすれば、未来の「敗北(祖父の死)」が確定する。
彼は、PCの右下を見た。
絶望的な現実が、彼に「決断」を迫っていた。
【バッテリー残量: 3%】
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