最後の魔法はひとを待つための魔法だった
まるねこ
第1話 プロローグ
「ユーグ師匠! 私、この先どうすればいいんですか」
「クロエ、お前は私の次に偉大な魔女になるだろう。この家をお前にやる。大事に使え。前々から最後の秘術を行うと言っていただろう? 生まれ変わったら私がこの家に戻ってくるからクロエ、もしここを出るのならこの家は封印しておいてくれ」
「でも、でも、秘術が失敗したらどうするんですかっ」
「どちらにせよ私はもう長くはない。最後にお前に会うことができたのだ。最後の賭けに出てもいいだろう」
私にユーグ師匠を止めることはできない。
涙を流しながら彼の言葉に従うだけだ。
この国、いやこの世界で唯一と言っていい。
大魔法使いユーグはずっと不老不死を望み研究し、不老不死には至らなかったが、寿命を大幅に伸ばすことには成功した。
その結果、彼はおよそ二百年という長い時を大魔法使いとして生きてきた。だが肉体は限界を迎えつつあるようだ。
ユーグ師匠の身体はここ一ヶ月の間に徐々に動くことができなくなり、二日前からとうとう寝たきりになってしまった。
彼は二百年の間に精神転生術という魔法を編み出し、自身の身体を実験体にして魔法を行うことになっている。
この魔法は何度も動物で実験したというが、本当に成功するのかは疑問が残る。
私はユーグ師匠に拾われてまだ六年ぽっちだ。
ユーグ師匠は魔法のことになるととっても厳しくて、よく怒られた。
でも師匠はとっても優しかった。
家事が苦手で、私がユーグ師匠の食事を用意したり、掃除をしたり、いっぱいお話をしたり、いっぱい聞いてくれたり……私にとって幸せな日々だった。
私は師匠が大好きで、大好きで仕方がなかった。
分かっていたとはいえ、これから一人で生きていかなければならないと思うと悲しくて、寂しくて涙が止まらない。
「本当にするんですか?」
「ああ、私の考えでは五十年後くらいに生まれ変わっている予定だ。こればかりはいつとはっきり言えんがな。さあ、クロエ。準備を」
「……はい。師匠」
私自身、ユーグ師匠の肉体に限界がきていることも分かっている。
魔法で引き延ばした肉体はいつ崩壊してもおかしくない。
そうなれば、再び会うことは叶わないかもしれない。
私は涙を拭い、もう泣かないと心に決めた。
師匠の指示通り、薬草を煎じたものを水差しに淹れ、ゆっくりと師匠の口に入れる。
特殊な水で身体を清めた後、ペースト状になった薬草を身体に塗り、事前に準備していた大きな魔法円が書き込まれた床の中央に師匠を寝かせる。
「クロエ、もっと優しくせんか」
「師匠、とっても優しくしていますよ」
師匠に軽口を叩いてみせる。
強気な言葉とは裏腹に手は震えている。
「……師匠、準備が出来ました」
私は魔法円の上からそっと離れた。
「私はもう目も見えぬが、感覚で分かる。ちゃんと魔法円は出来ている。これから私は生まれ変わるのが楽しみでしかたがない。若返ったら黒髪の美人な女と結婚する予定だ。いいだろう?」
「そうですね。楽しみにしています。生まれ変わって結婚相手が見つかったらお祝いに駆けつけますよ」
「ああ、そうしてくれ。もし、私が目覚めてクロエが独り身だったなら私が最後まで看取ってやろう」
「ええ、その時はお願いしますね。……では、師匠始めます」
「ああ」
私は長い長い詠唱を始める。
師匠の身体からも魔力が流れ出し、魔法円が淡く光り始めた。
―蒼穹を穿つ魔力により、深淵より魂の糸を紡ぎ直し、記憶を縫い合わせて転生の門を開かん。未来の光芒を掲げ、再びこの世に戻らん―
最後の言葉で師匠は強い光に包まれた。
「……クロエ、またな」
その言葉を最後に光は天に帰るように消えてしまった。肉体だけが残されている。
「師匠、いっちゃった……」
本当に一人きりになっちゃった。
そこから師匠を隣の魔法円に移動させ師匠の言いつけを守るべく次の詠唱を始める。
―天に還し魂の記憶。風を読み、土を感じ、空を見上げ、森の知識を受け継ぐ。その記憶は我々の身体に刻まれ、受け継がれ、古の知恵は次代へ。神々の祝福を次代へ。光り輝く未来への道標とならん―
最後の言葉を読み上げた時、肉体は光と共に砂粒へと変わっていった。
静まりかえった部屋。
先ほどまでの人の温かさは嘘のよう。
泣かないと決めたのに。
涙が止めどなく溢れてくる。
私は涙を拭いながら一人静かに師匠の遺骸が砂粒になったものを無言のままかき集め、瓶に詰めていく。
師匠は最後の最後まで魔法使いだった。私は残されたこの砂粒を日を分けて少しずつ取り込んでいかなければならない。
普通の人にはない感覚だろう。
魔法使いや魔女は亡くなってからも身体は魔力を帯び、記憶が残っているという話だ。
体内へ取り込むと、故人の知識が受け継がれるという。
数いる魔法使い達は長老が亡くなると、その身体の一部を受け取り、自らの体内に取り込む。
ユーグ師匠は他の魔女たちに死を伝えず、唯一の弟子である私が全て取り込むことを常々言っていた。
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