掌に恐怖を

岩久 津樹

彼女

「もう出て行って!」

 彼女のヒステリックな叫び声に、私は思わず肩を上げて驚いた。同棲を始めて一年半になる彼女は、最近かなり機嫌が悪そうだ。

「いつもそうじゃん! 帰りが遅くなるなら連絡くれって言ってるのに!」

 今日はとくに機嫌が悪いようだ。彼女の叫び声は止まることはなかった。

「だからスマホの充電が切れたって言ってるだろ?」

「コンビニで充電器とか買えばいいじゃん!」

「なんでわざわざ買わなきゃいけねえんだよ!」

 ヒートアップしていく喧嘩に嫌気が差してくる。顔を合わせれば喧嘩を繰り返す二人の終わりは刻一刻と近づいていた。

「いいから出て行って! もう帰ってこないで!」

 今日一番の彼女の叫び声に、私は立ち上がり無言で玄関に向け歩き出した。

 ギィ……バタン。

 玄関が開く音が聞こえた。

 ギィ……バタン。

 私は玄関を開けた。

 ギィ……バタン。

 私は玄関を開けた。

「出て行ってって言ったでしょ!」

 彼女の叫び声が先ほどより鮮明に聞こえる。壁越しでしか聞いたことのない彼女の叫び声。

 私は廊下をゆっくりと歩き扉を開いた。

 彼女の今までとは違う叫び声が響いた。

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