ひとつ屋根の下、幼馴染みがお酒の勢いで結ばれる話

 蛍雪

本編

第1話まんざらでもない絡み酒


 気づかぬ間に眠りこけてしまったようで、壁に掛けられたデジタル時計には土曜の午前3時と表示されている。

ひとまずベッドから降りて壁にある照明のスイッチを探る途中で折りたたみ式の机にぶつかり空き缶が床に落ちる音が静かな部屋にカランと響いた。


 明るくなった部屋で真っ先に目に入るのは、酔いつぶれてぐうぐうと寝息を立てている片岡陽向かたおかひなたの姿だ。


 彼女との関係は幼馴染であり同居人、そしてだ。


 なぜ彼女が私の部屋で寝ているかというと今から5時間前のことである。


 


***





 私は大学のレポートをオンラインで提出した後、夕食と入浴を済ませていつでも寝られる服装でリビングのソファに腰掛けた。

 

 テレビにサブスクのホーム画面を映し出し、面白そうな映画を探す。今日は新着のホラー映画を観ることにした。

 

 陽向と映画を観るときは陽向の膝の間に座って観ることが多い。それがホラー作品になると吐息が耳にかかったり、耳元で悲鳴が炸裂したりして映画どころではなくなってしまうのだ。

 

 そのせいか1人の日はほとんどホラーを見ている気がする。

 

 あたたかいお茶を一口飲み再生ボタンを押すと映画が始まる。中盤まで観たところで睡魔に襲われた。


 見たことあるような話と安っぽいCGに最近よく見るアイドルの微妙な演技が相まって期待外れな作品と言わざるを得ない。


 このまま見続けるか別の作品を観るか迷っていると、玄関からガチャリと鍵が開く音がした。


 テレビの電源を落とし玄関へ向かうと、音を立てないようにゆっくりとドアを閉めている陽向と鉢合わせた。


「おかえりバイトお疲れ」

「あっ、ただいま」

「ごはん食べるなら温めるけど、どうする?」

「今日はいいや。賄い食べてきたし」

「そっか」


 軽い会話を交わし部屋に入る。彼女がうっすらと汗ばんでいることから10月の上旬だというのに、まだまだ外は暑いのだと見受けられる。


 日本の秋はどこへ行ってしまったのだろうか。





 ドライヤーの音が鳴り止み、しばらくしてから陽向がリビングに戻って来た。いつ見ても湯上り姿の陽向は艶っぽくて魅力的だと思う。


 陽向の一挙手一投足に見惚れていると私の視線に気が付いた彼女が甘えるような声で1つ提案した。


「今日は、なーちゃんの部屋で飲んでいい?」


 7月に誕生日を迎えた彼女は4日に一回のペースで私の部屋に飲みに来る。


 私は12月25日生まれなので、まだ飲酒はできない。

だから毎回酔っぱらいの相手をシラフですることになるのだ。


 陽向はいわゆる絡み酒で酔うとスキンシップが増える。抱きしめられるのは日常茶飯事、この前はキスまでしてきた。その上、起きたら大体忘れているたちの悪い酔っぱらいだ。


「やだよ、アンタ片付けてくれないじゃん」

「えぇ~せっかく前になーちゃんが言ってたコンビニのモンブラン買ってきたのにな~」とわざとらしく残念がりながらモンブランで釣ってくる。


 ウザいこともあるけれど別に本気で拒否しているわけではないし、役得だと思っている自分もいる。だからその言い訳に釣られることにした。





 ルイボスティーをマグカップに注ぎ私の部屋に向かうと、陽向が缶チューハイを持って待っていた。隣に座り乾杯すると陽向は缶を逆さにする勢いで、ごくごくと酒を流し込んでいる。

一気飲みは良くないと何度か言ったけれど彼女は聞く耳を持たなかった。


 その隣で私はモンブランを開封する。フィルムを取り去りフォークを突き立てた。

深夜に食べるスイーツに一人の乙女として思うところがないわけではないが、モンブランには抗うことのできない魅力がある。一口食べると栗の風味が口に広がり幸せになった。

 

「おいしい?」

隣に座っていた陽向が顔を近づけてくる。

「最高だね、買ってきてくれてありがとう。感謝」


礼を言うと陽向は「一口ちょうだい」と口を開ける。

震える手で一口分のモンブランをフォークで切り分け彼女の口に運ぶ。


「本当だ!おいしいね」とニコニコする彼女に見惚れていると不思議そうな顔で見つめかえされて思わず目を逸らす。


 モンブランを食べ終わり一息ついたところで陽向が四本目に手を伸ばそうとしたので、その手を引き留めた。


「もうやめときなさい、陽向そんなお酒強くないでしょ」

不満そうな顔で抗議をしてくる彼女だが呂律が回っていなしフニャフニャだ。


 陽向は前に家でしか飲まないと言っていた。それでも飲みすぎは良くないので止めることが多々ある。


「ふーん……じゃあゲームしようよ!」

「いいよ何する」


 私の部屋にはゲーム機があるので遊びには困らないはずだ。 

ゲーム機に手を伸ばすも彼女に手首をガッチリと阻まれた。


「そうじゃなくて!山手線ゲームしよ」


「いいけどお題は?」

「お互いの好きなところ!」


「は?」 相当酔っているなこのへべれけめが


「先行はなーちゃん!せーの!」

「優しいところ」

「全部!」

「…声」

「……うん」

「…もう寝なよ、片付けは明日でいいから」


 その後しばらく駄々をこねたり、おやすみのキスをねだられたりしたけれど彼女をどうにか寝かしつけた後に私も眠りについた。





***






 そして今に至る。


 変な時間に起きてしまった八つ当たりで陽向の頬を人差し指でつつく。

しっとりとした柔肌で指先が気持ちいい。

 

 出会った頃と変わらない寝顔になんだかほっこりする。


 私たちの関係は10年前に私が陽向がいる小学校に転校したところから始まった。

それからは中学、高校と一緒に過ごし、今も同じ大学に通っている。

 

 大学進学を機に上京することになり、親公認で同s…同居して一年半が経つが関係は今までとなにも変わらない。

酔い潰れた姿でさえ様になっている彼女は見た目だけなら完璧と言っても過言ではないだろう。


 出会った当初は大して変わらなかった体格もどこで差がついたのか、身長もスタイルも何1つ勝てる要素がない。時の流れは残酷だ……

 

 私は邪な気を起こす前に二度寝することにした。





 今日2度目に目を覚ますと、窓からは日が差し込み、すっかり昼になっている。

下半身に違和感を覚え、目視で確認すると私の太ももを抱き枕にして陽向が眠っていた。

 

 私は驚きと悲鳴を嚙み潰しながら手元のクッションで彼女の頭をたたく。

「起きろ、酔っぱらい」

 


 

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